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■2004年12月7日 朝日新聞朝刊「オシムの提言」より

監督のあるべき姿は、一つに定義付けできない。誰かのマネをして同じことをしても、優勝はできない。一方、自分一人の力だけでやっていけるわけでもない。選手や組織のことを考慮しつつ、それぞれの考えや個性を生かしていければいい。



■2004年12月7日 朝日新聞朝刊「オシムの提言」より

あまり指示を出さないジーコ監督を「放任主義」と言った人もいるようだが、何も言わない方が、時には言葉をより伝えることもあるものだ。



■2004年11月30日 磐田戦後の会見「来季の指揮について」

正直、私は年をとっている。もっと若ければ確実に監督を引き受けるだろう。今の仕事には満足しているし、日本の環境も素晴らしい。しかし、余命が短い中で、これからをどう生きるかが大切になってくる。正直、この2年間で約60試合してきたが、負けたのは10数試合しかない。連敗はないし、臨海でも1敗しかしていない。ただ、この状況が続いたとしても、半年後にはダメになるかもしれない。私が人生で学んできたのは、いいときはいいということなんだ(笑)。プレッシャーの中、心臓にも悪い。これからは若い人間で平均年齢を下げてもいいんじゃないかな。そういう意味で目先にとらわれず、先を見ていく必要もある。



■2004年11月30日 磐田戦後の会見「1年を終えた感想」

ウチにもいい部分はあるが、大事なゲームで負担になってしまう面もある。何かが欠けているのだ。だからこそ、2位という順位には私自身が驚いている。ただ、この順位まできたのは、ジェフには何かがあるという証拠でもある。そして、この順位になっても、しっかり分析することが大切といえるだろう。



■2004年11月30日 朝日新聞朝刊「オシムの提言」より

サポーターは初優勝を期待したのだろうが、残念ながら体制はまだ整っていなかった。私も失望し、「どうしたらいいのか」と自問した。何か糸口が見えれば解決できる。だが、今も模索は続いている。来季については、決めていない。監督には毎年、前年以上の成績を残す義務が課される。そんな中、クラブ側もただ繰り返して「次は優勝だ」と言うのではなく、「どうすれば優勝できるか」を具体的に考えるべきだ。全員に「もう一つ上へ行こう」という真剣な思いがなければ、状況は変わらない。



■2004年11月23日 FC東京戦後の会見

今、南米でも欧州でもサッカーが行われているが、昔に比べて非常に危険な状態に陥っている。サポーターと審判、サポーターと選手、あるいはサポーター同士の争いも起こっている。サッカーとは美しいスポーツだったが、今は先にお金が絡んだビジネス化しているのが原因かもしれない。非常に残念なことだが、そういう話は置いておいて、FC東京のカップ戦優勝に改めておめでとうといいたい。心の奥底から思っている。ジュビロでもアントラーズでもレッズでもない、FC東京の優勝というところに価値がある。FC東京が成しえたのは、お金のないクラブでも優勝できるということだ。



■2004年11月23日 朝日新聞朝刊「オシムの提言」より

誰かを「不要だ」などと言う人間は、いつか自分もそういう立場に陥るようになる。人生とはそういうものだ。その時、自分はどう感じるか、考えてみるがいい。ただ中田英を含めた、海外組に一つ、注文がある。外国のリーグやクラブで見たこと、聞いたことを自分の中で消化するだけではなく、母国に持ち帰って広めるべきだ。そういう先駆者の自覚と行動も、日本サッカーの質を上げる原動力の一つだから。



■2004年11月20日 神戸戦後の会見「クラブや選手、サポーターのすべてが、来季も監督を続けることを望んでいるとしたら」

そこが問題なのだ。ウチは勝ったり負けたりしているチームだが、その中で心臓が持つかどうかわからないのだよ(笑)。とにかくヨーロッパで死ぬか日本で死ぬか、まだ決めていない。



■2004年11月20日 神戸戦後の会見にて「どういう形でモチベーションを上げたのか」

まずいいたいのは、ウチが優勝を狙えるチームだとは思わないし、少なくとも私は狙っていなかった。別に夢を見るのは構わないけどね。どういう形で上げた? 答えは簡単で、モチベーションを持っている人間を起用するだけだ。確かにケガ人が出たことでチャンスをつかんだ面もあるが、要田や芳賀、あるいは若手選手が、今、モチベーションを持たなくてどうするのか。そういったチャンスを生かさない人間なら、サッカーをやめたほうがいい。



■2004年11月16日 朝日新聞朝刊「オシムの提言」より(1)

例えばフィジカル面を補うため、身長190センチの選手をそろえてもまったくサッカーにならない。同じように欧州やブラジルから選手5人を連れてきて勝ったとしても、価値や意味はあるだろうか?ないだろう。



■2004年11月16日 朝日新聞朝刊「オシムの提言」より(2)

日本の長所は、あくせく、すばやく動き回れる点だ。体が小さい分、ぴったり厳しいマークにつくこともできる。日本人としての特性を、自分たちのやり方で生かさねば、もったいない。体の大小や、肌の色など関係ない。知恵と工夫次第では、弱点を利点に変えることもできる。だからサッカーは、おもしろいのだ。



■2004年11月14日 札幌戦後の会見「今年1年を振り返って」

どういう視点でみるかで違うが、客観的に見れば、J1の12〜8位ぐらいの実力だろう。ただ、頑張った中で上位に来ているのもたしか。そして、上位の中でのプレッシャーに耐えられないのも事実。私は『ジェフが一番いい選手を持っているチームだ』という話は一度も聞いたことがない。代表選手もほとんどいないし、若い選手が多い。そういった中でも、努力してボールを動かして、努力していまの位置を勝ち取った。運が悪い部分ではケガ人が多い。ケガ人が多い中で代わりとなる選手がいない。それがジェフの問題。レッズやマリノス、ジュビロとは違う。ジェフは一人のレギュラー選手がケガをしたら苦しい状態。それは試合に出ていると思う。うちよりいいチームはうちよりいい監督がいるんじゃないですか? 実際に、いるのがいまの自分のポジションだ。



■2004年10月31日 G大阪戦の監督会見にて 1

サッカーというものは、試合の流れを先に読むことが大事。例えば、後半28分の失点シーンでいうと、われわれが攻めていてオフサイドで選手が残っていて、そこからカウンターで失点した。あのような状況を想定し、素早くアクションをとらなければならないのだ。選手交代も同じ。しっかりアップさせ、状況に応じて選手交代を行わなければいけない。例えば選手を代えて点を取られれば監督が悪いことになるし、代えないで点を取られても監督が悪いことになる。要するに、記者の皆さんが正しいんですよ。



■2004年10月31日 G大阪戦の監督会見にて 2

「ジェフを率いて好成績を挙げており評価も高い。例えば、レッズのようなチームを率いるのと、どっちが好きか?」
評価されている?私はそう思わない。実際に選手がやっていることが私の能力だと思っているからだ。だから、この質問には答える気がない。



■2004年10月23日 名古屋戦の監督会見にて

大事なのは自分たちのことを考えること。ことわざで『自分が持っている馬と自分を信じろ』というのがある。今はそういった心境だ。



■2004年10月19日 朝日新聞朝刊「オシムの提言」より(1)

優勝経験がないからか、市原の選手は勝ち方を知らない。これまでも、相手を恐れてミスを連発し、崩れてしまうことがあった。大事なのは「自分たちはもっとできる、勝てる」と信じること。そのためには、どんな状況でも、自分は何をなすべきかを把握しなければならない。実戦に近い練習試合や狭いスペースでのパス練習を繰り返してきた。強くなったと言われるが、選手には、まだまだ伸びしろがあると思っている。



■2004年10月19日 朝日新聞朝刊「オシムの提言」より(2)

市原の監督を引き受けたのは、「あるものを生かして結果を残す」という自分のビジョンにあったからだ。ここまで予算がなく、観客も少ないクラブだとはわからなかった。しかし引き受けると決めたのだから、がっかりしている場合ではない。「他にもっといい選手やチームはある」と言うのは簡単だ。市原には実際、選手を買う資金などない。しかし前向きに考え、進んでいきたい。



■2004年10月17日 清水戦試合後会見にて 初出場の水野選手について

今日、彼が何分プレーしたと思う?おそらく彼は、計算することなく全力でプレーしたはずだ。彼にはまだまだ時間があるし、少し抑えたほうがいい。だから、水野に関して今日は話すのをやめておくよ。ジェフはジェフであって、選手を買ってこれるようなチームではない。ただ、うれしいことにウチにはあのような若手が3〜4人いる。次の試合は、また別の若手が出てくるかもしれない。



■2004年10月17日 清水戦試合後会見にて

今考えれば、巻が絶好のシュートを外したことでエスパルスが追いついたわけだし、普通は勢いをつけてそのまま勝つところだが、ジェフは頑張った。やるべきことをやって勝ったと思う。人生でもそうだが大事なのはバランス。何ができて何ができないのかを、きっちりとらえておく必要がある。レッズ戦で大敗したものの、今日勝つことができて、チームが持っているものを元に戻せたのは大きい。ただ、喜びすぎないように、今日は苦いお茶を持ってきたけどね(笑)



■2004年10月2日 浦和戦試合後会見にて

ウチはレイソル戦で3人のFWを失った。3人とも足が早いし、今日の試合に出ていれば、ものすごく危険なプレーができたと思う。そういう意味で痛い敗戦だが、もちろんウチがこれから何かを成し遂げようとするなら、修正点をトレーニングで直していくしかない。とにかく今日はナイーブな試合をしてしまった。そこが問題点であり、そういう意味では完全なプロチームと呼べるまでには達していない。


■2004年9月26日 柏戦試合後会見にて「レイソルのアグレッシブさは予想していたとおりか」

私の予想どおりではあったが、私だけが予想しても仕方がない。選手が準備すべきだし、今日はなかなか対応できなかった。生活でも何でもそうだが、アグレッシブさに対応できないなら別の方法を見つけるべき。



■2004年9月23日 大分戦試合後会見にて1

グラウンドへ出るのに勇気を持たない選手はいないだろう。たとえいたとしても、私はそういう選手は使わないし、勇気を必要としないスポーツに転向すればいい。



■2004年9月23日 大分戦試合後会見にて2「林選手について」

彼は自分の人生、サッカーをロマンチックにとらえすぎている。フランス語でボエムという言葉をご存知だろうか。他の人とは違ったことをやって、興味を持たせようとする人のことをいう。何が起こっても自分には関係ない顔をするが、才能はある。しかし、他の人も同じ才能を持っていることを気づいていない。でも、私はボエムが好きなんだけどね。本題から外れるので、このへんでやめておくよ。



■2004年9月19日 C大阪戦の監督会見にて「今シーズン初めて完封されたが」の質問に対して

なぜ点を取れなかったかというと、セレッソにはちゃんとGKがいてDFがいたから。とにかくゴールとは、「入れたい」という思いがあって入るもの。そして、セレッソはゴールが入るだろうというチャンスをしっかり作っていた。逆に、ジェフはそういうチャンスさえ作れていなかった。ウチもきれいにボールを回していたかもしれないが、それはラールクラールと呼ばれる芸術家がおこす芸術。効率のいいプレーではなく芸術的なものをしてしまったが、サッカーとはそれだけでは成り立たない。



■2004年8月29日 鹿島戦の試合後の監督会見にて

監督というものは、常に何がうまくいっていないかを探さないといけない。私はブラシのようなもの。常にホコリをはらうことをしないといけないのだ。



■2004年8月21日 新潟戦の監督会見にて「アルビレックスの戦い方は予想どおりでしたか?」という質問に対して。

アルビレックスとは以前も試合をしているので、お互いの手の内を知っているという部分もある。ただ、お互いを完全に知り尽くしていればやることがないし、そういう試合は魅力がない。それなりにいい部分があったと思う。



■2004年8月14日 広島戦の監督会見にて「この暑い中、クレバーに走るにはどうしたらいいのか?」という質問に対して

賢い=できるだけ経済的という意味だ。自分勝手なプレーをせずに、とにかくシンプルなサッカーを心がける。日本にも多かれ少なかれ賢い選手はいるが、例えば先が読めるような選手が真のクレバーなプレーヤーといえるだろう。 5秒先を読めれば40メートルのダッシュをしなくてもいいはずだし、力を蓄えられる。



■2004年8月14日 広島戦の試合後の監督会見にて

今日のJリーグ全体の結果を見ると、日本もプロらしくなったと思う。どのチームも簡単には勝たせてくれない。それに、ドイツやイギリス、フランスのリーグを見ても1節というのは難しいもの。そういう苦しい状況の中、今日の試合をモノにできたのは大きい。



■2004年8月1日 UNITED No.114「オシム語録from vs レアルマドリード」より

レアルと違い、ジェフは今いる選手で戦っていかなければならない。人生もそう。自分たちが歩むべき道を探していかなければならないのだ。日常生活の中で、平坦な道のりはない。上に上がっていくには何らかの危険を冒し、何かを犠牲にしなければならないのだ。



■2004年8月1日 UNITED No.114「ギリシャの優勝とセカンドステージ」より

今回はギリシャが優勝しましたが、あの中に有名な選手はいますか?いません。彼らは自分たちがやるべきこと、それ以上でもそれ以下でもない自分たちができることを、試合で最大限に成し遂げました。11人で戦うサッカーにおいては、それこそが一番重要なのです。例えば、ジダンはジダンでいいでしょう。でも、サッカーとはひとりの選手の質では決まらないもの。チームがどういうプレーをするかこそが最も大事になります。



■2004年7月29日 レアルマドリード戦後の会見にて

自分たちができることをした。最後まで走ったと思う。ただ、今日の試合でできること、できないことがハッキリしたと思う。それに、レアルのようなサッカーがあるということを、肌で感じてくれたのではないだろうか。現実的に、理想的なサッカーとはないもの。しかし、理想に一番近いのがレアルのサッカーでもある。手でボールを扱っているような確実さ。本当に素晴らしいサッカーだ。



■2004年7月29日 レアルマドリード戦後の会見にて

レアルはビッグクラブ。私が何をいったって新しい言葉にはならないだろうし、それが当てはまるレベルのチームでもない。これだけ走って質の高いレアルを見れたのだから、ファンも満足では。サッカーとはどういうプレーをすればいいのか、それを知っているチーム。特に、トップクラスの選手はシンプルにプレーするものであり、それが一番美しいものだ。観客はドリブルを期待していたかもしれないけど、それはサッカーではないし、ウチもレアルのようなプレーを目指したい。



■2004年7月27日 レアルマドリード来日会見で「レアルとの対戦によってどういったことを学びたいか?」と質問されて

レアルから学ぶことは正直難しいと思っています。もしレアルと対戦してサッカーが学べるような、そういうチームならば、レアルはレアルではないのです。サッカーがそんな簡単なスポーツならばレアルはこんな素晴らしい選手たちを買う必要もないでしょう。それなりに別のチームから学ぶことは大事なんですが、やはりやれることをしっかりやるということが大事でしょう。この試合で対戦したあとに学べることが多いと思います。レアルはこれだけのすばらしい選手たちが集まってひとつのチームが成り立っているのだと思います。とにかくうちは全力で走って闘うだけです。



■2004年7月24日 浦和戦後の会見にて

いい意味で水本は予想を裏切ってくれました。ものすごくいいプレーをした。しっかりとエメルソンを抑えた。また、結城も永井をしっかりと抑えた。そういった部分が今日のジェフのプラス材料だった。もう一つは、うちのFW陣の身体的準備がしっかりと整えば、これからは2トップ、3トップの選択肢がどんどん増えると思う。



■2004年7月17日 浦和戦後の会見にて

集中を続けられない選手は、これから試合に出場するのが難しくなるだろう。それだけ重要なことであり、ものすごく大事な要素なのだ。例えば近代サッカーでは、練習試合でも勝たなくてはならない。そういうプレッシャーに耐えられるかがポイントであり、それはウチだけでなく日本全体の問題ともいえる。


■2004年7月17日 浦和戦後の会見にて

まるで壊れたビデオのように、同じシーンがグルグルと回っている。昨シーズンから同じシーンばかりなのだ。先制しながら追いつかれ、あるいは逆転負け。それが10回も続いているということは、機械が壊れている証拠にほかならない。


■2004年6月26日 清水戦の試合後の記者会見にて

近代サッカーは効率的な質が重要。それを備えているのがマリノスであり、実際に1点差勝ちのゲームが多い。1-0も5-0も同じ勝ち点3なのだ。それがチームのキャラクターであり強さ。



■2004年6月26日 1stステージ最終節清水戦後の会見にて

昔の降格争いから考えれば大きな一歩を踏み出してはいるが、甘んじたら先はない。落ちなければ満足していたサポーターも今は違う。これからの私の仕事は、ファーストステージで犯したミス繰り返さないようにすること。それができれば大きな進歩だが、できるかどうか心配もしている。



■2004年6月20日 大分戦後の会見にて

ホームゲームで1点を失ったチームは、観客からも後押しされて攻めざるを得ない。そこで、どうしてもリスクを冒さざるを得なくなる。



■2004年6月20日 大分戦後の会見にて「中盤が開いてディフェンスラインが下がり気味だったが」の問いに

私はあまりそう思わない。試合中の一部分でそういう時間帯があったかしれないが、ウチはレアルじゃないし、 必ず中盤を支配しないといけないわけではない。



■2004年6月16日 FC東京戦後の会見にて

だれかがぼーっとしていて失点してしまっている。ジェフの問題は、家でゆっくり眠れていない選手がいる。
だから、その代わりにグラウンドで寝ている。その代償は大きい。



■2004年6月16日 FC東京戦後の会見にて

正直、5点入れられてもおかしくない試合だった。でも、勇気が幸運をもたらした。



■2004年6月16日 FC東京戦後の会見にて、次節主要選手3人の出場停止について聞かれ

今は、太陽を雲が覆っている状態だが、晴れるかどうかはまだわからない。
晴れる要素としては、今までプレーしてない選手にチャンスがあるということで、晴れてほしいと思っている。



■2004年6月16日 FC東京戦後の会見にて

たとえ予言者でも、前半、いきなりあのような(退場)ことが起こるということは予言できなかったでしょう。
もし、開始直後にあのようなことが起こるということを予言できる監督がいたとしたら、監督以外の職業をしているだろう。
予言者のほうがもっともうかるのでは?



■2004年6月16日 FC東京戦後の会見にてレフリーのジャッジについて聞かれ

私たちはちゃんと従った。しっかり選手を退場させた。イエローカードをいっぱい受けたことだけを話したいのではなく、少し厳しすぎたように思う。
残念なのは、FKのときに選手は早くリスタートして試合のリズムをつかもうとしているのに、多少のポイントのズレに対してやり直させていた点。
それは、両チームにとってよくないことではないだろうか。実際、二人が退場になったのは、ウチのチームにとってはいい勉強になったと思う。
ただ、審判はもうちょっと試合のリズムを考えてほしい。そうすればもっといい試合になったと思う。それから、これは批判ではないことを理解してほしい。



■2004年6月5日 大分戦後の会見にて

ボスニアに『馬をプレゼントされるときに、馬の歯までは見ないと』いうことわざがある。
今日の試合はそういう感じだった。



■2004年6月5日 大分戦後の会見にて

何人かの選手はかなり疲れていて、いいプレーができていなかった。
実際、対戦相手がボールを持っている時間よりも、うちのディフェンスがボールを持っているときのほうが怖いときがある。



■2004年5月29日 清水戦後の会見で、茶野選手、ミリノビッチ選手の不在について聞かれ

ジェフというチームは茶野やミリノビッチが決定づけるようではダメです。
いま、「そうです」と答えたら、茶野もミリノビッチも自分たちがジェフの主力だと勘違いしてしまいますね。
ただ2人がプレーしていたら、もう少し確実なプレーができていたかもしれません。
しかし、今日はそんなに悪い試合だったとは思わない。
逆に、今日出た選手は自分たちがもっと試合に出るべきだと思うべきです。
常にレギュラーで出ていない選手は自分がもっとやれると自信を持って、もっと腹を立てるべきです。



■2004年5月22日 セレッソ大阪戦後の監督会見にて

サッカーの法則で、良いプレーをしているときには勝てないものだ。



■2004年5月22日 セレッソ大阪戦後の監督会見にて、ここ一番で勝ちきれないことについて

多かれ少なかれ私にも責任がある。長いこと選手を信じていたことだ。こうなる前に何人かの選手を代えていたほうが良かったかもしれない。



■2004年5月22日 セレッソ大阪戦後の監督会見にて引き分けの結果について

観客がたくさん来てくれたのに残念だ。サポーターには、まだまだジェフを信じて欲しい。今のことろ負けているわけではない。トータルすると、そんなに悪くはない。信じる理由はまだあるでしょう。



■2004年5月22日 セレッソ大阪戦後の監督会見にて

ここまで5試合勝てなかったゲームがあったが、正直その内4試合は勝てた試合だった。勝てなかったことには理由がある。何かが足りなかったのだ。(中略)しかし、このチームに足りない事はそんなに多くない。少しだけだ。ただ、その少しがこのように大きな結果の差を生むのだ。



■2004年5月9日 名古屋戦後の監督会見で

前半は、悪いをプレーをしてしまったと言うよりは、準備ができていなかったと言う感じだ。



■2004年5月9日 名古屋戦後の監督会見で

うちは、もったいない点の取られ方をしている。なんでもないDFのミスで失点している。
こういうミスの代償は大きい。ただ、私は、この世でこうしたミスを全て直せる監督を見たことがない。
監督として、それは理解しなければいけない。
私よりいい監督を何人か見てきたが、選手は同じようなミスをしていたよ。



■2004年5月4日 週刊サッカーマガジン5/18号(973)コーチングイズマイライフより3

私の人生にサッカーは欠かせない、だから昨日も試合(チャンピオンズリーグ準決勝)を見ていたし、サッカーを選んだ。人生において結婚もしたし、子供もできた。数学の教師になる道もあったが、サッカーがあって、今がある。友人にはサッカーはサッカー、プライベートはプライベートと分けている人もいるけど、私にとってはプライベートもサッカー。お金ができて家内と旅行に行っても、結局サッカーを見に行ってしまう。でもそれが私の選んだ人生だし、いい人生だと思っている。



■2004年5月4日 週刊サッカーマガジン5/18号(973)コーチングイズマイライフより2

監督を辞めたいと思ったこともある。うまくいかなかったとき、がっかりしたときなど、よく考える。クラブとのかかわり合い、選手とのかかわり合いで問題が生まれることもある。大変なシチュエーションに陥ることもある。選手が動かなかったり、やる気を見せなかったり。でも2、3日考えて、別の仕事をしようかと思っても、これ以上いい仕事はない、ということでまた始まる。



■2004年5月4日 週刊サッカーマガジン5/18号(973)コーチングイズマイライフより1

また、代表の監督をやりたいかって?思ってやれることじゃない。クロアチア、ボスニアからオファーはあったがやりたくはなかった。日本?もしもの話は好きじゃない。現実にそういう話があるわけじゃないし、他の人がやっているときに、そういう話は好きじゃない。(中略)選ばれれば誇りに思うだろうが、クラブの監督の方が好きだし、 (日本代表監督が)素晴らしいことでも自分になにができるかということも重要。違う国の代表監督をやるのは簡単じゃない。通訳を通してサッカー的なことは伝えることができるが、細かいコミュニケーションをとることができない。



■2004年5月2日 柏戦後の会見にて

いつもいっているが、私の感想より観客の感想のほうが大事なんじゃないかな。選手だって私のためにプレーしているわけじゃないんだからね。



■2004年5月2日 柏戦後の会見にて

記者の皆さんは失望しているかもしれないが、ということは私はもっと失望しているということ。
でも人生はこれからも続くよ。



■2004年4月19日 週刊サッカーマガジン5/4号(971)コーチングイズマイライフより3

私は自分が思ったようにやってきた。選手として練習してきた中でどういう練習がいいのか学んできた。いろんな監督がいて、いろんな方法があるのを見ながら、選手にとって何が一番いいのか私なりに考えてやってきた。ただ、サッカーで一番重要なのはプレーだ。プレーというものを練習を通して学ばせる。それが重要なんだ。試合の中では監督が『こうして、こうして』と言うことはできない。選手は嫌がるかもしれないが、サッカーにはやはり規律があって、こういうときはどうマークして、どういうコンビネーションでプレーするとか、それを練習でやる。それは練習のための練習ではなくて、やはり試合のための練習なんだ。



■2004年4月19日 週刊サッカーマガジン5/4号(971)コーチングイズマイライフより2

監督としての喜びはチームが勝ったとき、チームが何かを成し遂げた時はもちろんだが、練習でやったことを選手が試合でうまくできたとき、自分の力がチームを助けたという意味である。ただ自分が喜ぶというより、選手が喜んでいる時は監督もうれしいもの。ただ喜んでばかりはいられない。自分の感情をコントロールして次に備えることも必要だ。



■2004年4月19日 週刊サッカーマガジン5/4号(971)コーチングイズマイライフより1

どんな強いチームでも慢心したり、ミスを犯せば負ける。私にも経験があるが、監督がいくら油断してはいけないと言っても、目が覚めていないような状態になる。



■2004年4月19日 茶野の代表初選出についてスポーツニッポンの取材に応じて

選手には2つのタイプがある。鼻高々になる選手と、より一層がんばろうとする選手。茶野はその後者。本人とチームにとってはポジティブな結果になるだろう。茶野は才能だけを評価されたのではなく、頑張りが評価された。人を批判したりせず、がんばって、走って、戦ってきたタイプ。頑張ってきた選手が選ばれてひとつの道を見せられたことがよかった。



■2004年4月18日 新潟戦後の会見にて

『道を失ったら別の小道を探せ』ということわざがある。(前節ガンバ戦で)見失った道を、今日は見つけることができた。



■2004年4月10日 鹿島戦後の会見にて、相手の退場で11対10になったことについて

数的優位は、相手の心理的優位に働く。



■2004年4月10日 鹿島戦後の会見にて

お互い、技術的にエレガントな試合ではなかったが、よく走って闘ったゲームだった。



■2004年4月10日 鹿島戦後の会見にて「日本人選手全般的にクロスの質が低いと思うが、どうか」という問いに

日本の選手にそんなにマイナスのイメージを持つことは無い。もっとポジティブに考えたらどうですか?



■2004年4月10日 鹿島戦後の会見にて

鹿島は日本で3本の指に入る強いチーム。今、ジェフは、そういうチームと思われ始めているが、まだそんなチームではない。
それを選手もコーチも知らなければならない。



■2004年4月10日 鹿島戦後の会見にて

試合は、負けることがあるものだ。勝利は保証されたものではない。相手を尊重すれば、いい結果につながる。



■2004年4月10日 鹿島戦後の会見にて

今のジェフは、ぎりぎりの状態で戦っている。首にナイフを突きつけられているようなものだ。
でも、まだ本当の意味でぎりぎりではない。ジェフは穏やかな生活をしているからだ。
本当にナイフを突きつけられたら、本当のチームになれるだろう。
穏やかな生活と、ナイフを突きつけられた生活、どちらがいいかな?



■2004年4月10日 鹿島戦後の会見にて

監督会議で、ほとんどの監督が優勝したいといっていたが、数学的に優勝できるチームは1つだけだ。



■2004年4月10日 鹿島戦後の会見にて

私は、質問を受けるのが好きではないが、言っておかなければならないことは、今日勝利がジェフにとって新しい経験だったということ。
今までは、この試合に負けていたからだ。



■2004年4月10日 鹿島戦後の会見にて「林のえぐるプレーがよかったが」の問いに

えぐるプレーがよいとは限らない。クロスのコースが限定されるし、アーリークロスのほうがシュートする角度も大きい。



■2004年4月1日 「ぐるっと千葉」の取材で「走るサッカー」について聞かれ

まず、ジェフは陸上部ではなくサッカーのチームです(笑)。選手たちは、走るためでなく、プレーするためにピッチに立つのです。(中略)どんなに素晴らしい選手でも、それを試合で出すためには走ることが必要なのです。ペレもベッケンバウアーもサッカーの質は高いままでも走れなくなったから引退したのです。



■2004年4月1日 「ぐるっと千葉」の取材を受けて

ぜひ試合を見に来てください。そこではきっと、素晴らしい出来事が待っています。



■2004年4月1日 「ぐるっと千葉」の取材でサポーターについて

チームはいつも勝てるわけではないし、ジェフは、あまりお金や施設に恵まれたチームではない。それでもいつも足を運んでくれる人たちがいることは、我々にとって非常に励みになっています。



■2004年4月1日 「ぐるっと千葉」の取材を受けて

スタジアムでは、ビールを飲んだりトイレに行ったりする暇も無い程、サポーターが熱中できる試合を見せたいと思います。



■2004年3月27日 清水戦後の会見で

結果が試合の内容よりもいいものになってしまった。



■2004年3月20日 横浜戦後の会見にて

今日は、私がジェフに来てから最もいい試合だった。



■2004年3月20日 横浜戦後の会見にて、勝因を聞かれて

相手のプレーをさせなかったこと。相手の最も危険な選手を抑えたこと。規律を守ってプレーしたこと。



■2004年3月20日 横浜戦後の会見にて

今のジェフは、相手にプレーをさせないことで成り立っているチーム。これからは、自分たちのプレーをして勝つチームになっていかなければいけない。



■2004年3月5日 Jリーグプレスカンファレンス「平山選手を獲得したいか」の質問に答えて

ボタンは押していない。なぜならうちにもそういう選手がいるからです。巻、林、サンドロ、羽地、市原。私は市原に今いる選手たちを尊敬している。



■2004年2月29日 ちばぎんカップ後の会見にて

今までよく走って戦ってきたのに、今日はまったく見られなかった。ジェフはいいチームではないのに、いいチームであるかのように振る舞った。



■2004年2月17日 サッカー批評のインタビューにて「トレーニングを直前まで決めないことについて」聞かれて

同じ目標に到達するためにもいくつもの方法がある。いろいろなコンディションを見極めて決めるんだ。私があるトレーニングをしたくても選手ができなければ仕方ない。それで家に返してしまうわけには行かないから。



■2004年2月17日 サッカー批評のインタビューにて「ビッグクラブのオファーを蹴ってなぜジェフに」の問いに

何よりも決め手になったのは、祖母井(チーム統括部長)が何度もオーストリアまで訪ねて来てくれたことだ。



■2004年2月17日 サッカー批評のインタビューにて

私にとって、サッカーは人生そのものだ。人生からは逃げられない。



■2004年2月14日 サッカーマガジンのインタビューで

人生は常にスタートではない。過去から物事が連結して、ずっと続いているものなのだ。いきなり落ちたり、いきなり上がったりするかもしれない。それはわからないが、ただ言える事は、常に上にはいけないということだ。



■2004年2月14日 サッカーマガジンのインタビューで

去年良かった選手も、今年は関係ない。監督も同じ。名前も関係ない。昔なら、ある実績だけで成功したかもしれないが、近代的な世界では、サッカーにおいても、人生においても、それでは成功しないだろう。



■2004年2月14日 サッカーマガジンのインタビューで

大事なことは、昨日どうだったか、明日どうかではなく、一日一日を大切にすること。



■2004年2月14日 サッカーマガジンのインタビューで「2年目」について聞かれ

最初のシーズンは、最初だから難しい。2年目のシーズンは、2年目だから難しい。
中略
普通の監督なら、1年目のような結果が出せれば、あそこで辞める。
1年目よりいい結果を求められるからだ。 でも、私は残った。これが挑戦だからだ。



■2004年2月14日 サッカーマガジンのインタビューで

普通の監督なら、お金がないクラブは嫌いだろう。でも私は、自由を与えてくれるクラブが好きだ。



■2004年2月6日 新体制会見にて

ジェフが記者会見をするのが最後になったと聞いているのですが、順位が最後になるよりは良かったんじゃないでしょうか。



■2004年2月6日 新体制会見にて、続投を決意した理由を聞かれて

冗談言った方がいいですか?それとも真剣に答えたほうがいいですか? なぜなら、行く場所がなかったからです。じゃあ、いまからジョークをいいましょうか?去年は私ひとりではなく、コーチたちと力を合わせてやってきたわけですが、本来ならここで辞めることによって、去年出した実績をみなさんの頭の中に、記憶にとどめることができるわけですが、逆に去年作り上げたものを今年確かなものにすることは、もっと大変なことなのです。それをやろうと思ったから続投を決めたのです。



■2004年2月6日 新体制会見にて、今季について聞かれて

先シーズンの最初のスタメンから考えて、シーズンの最後のスタメンを見ていただければ分かるように、ほとんどのメンバーが変わっているわけです。それは一気に変えたわけではなくて、ひとシーズンを通して少しづつ若い選手がチャンスを得て、そして最後ああいうカタチになったのです。そうして去年は去年で完全に違ったチームになったわけです。



■2004年2月1日 イヤーブック特別インタビューにて

選手のメンタリティを変えるには、監督だけでなく周囲の人々による力も必要なのです。



■2004年2月1日 イヤーブック特別インタビューにて

日本の選手達は、もっと自分の仕事に責任を持たなければならない。



■2004年2月1日 イヤーブック特別インタビューにて

若い選手に言いたいのは、サッカー人生は短いということです。



■2004年2月1日 イヤーブック特別インタビューにて

去年の結果は、去年の結果です。今年はまた、今年の結果が出るでしょう。



■2004年1月1日発行 UNITED No.107 「今だから話そう、ジェフの2003年を」より

本当のファンというのは、いいときばかりではなく、負けたりしても足を運んでくれて、応援をしてくれる人を指す。そういう意味では、ファンもチームが何をできるかしっかり見極めてほしいい。決して負けたり引き分けたりしたいわけではないのだ。なぜ、そのような結果になったのか、現実を見つめてほしい。



■2004年1月1日発行 UNITED No.107 「今だから話そう、ジェフの2003年を」より

それでも一ついいたいことがある。シーズンが終わった後に、「あれもできたのでは、これもできたのでは」と周囲がいうのはどうだろうか。本当に大事なのは、ゲーム前にどう思っていたかということ。実際に皆さんは、ジェフが優勝争いをすると思っていたのですか?




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