「治りにくい創傷」に迫るには,まず正常な創傷治癒のメカニズムを理解しておく必要がある。本章では必要な基礎的知識を押さえることを目的とし,内容のほとんどすべては,“3つのE”のうちevidenceに属するものである。

1. 創傷治癒とは

 われわれが生命を維持するためには,外界からの攻撃や変化に左右されず体内の状態を一定に保つことが絶対必要条件である。この意味で皮膚は生体を外界から区分・保護する最前線のバリアと言える。創傷はそのバリアが破壊された状態なので,微生物の侵入や恒常性維持の破綻といったリスクを発生させることになる。これに対する生体の防御・修復システムが,創傷治癒という機構である。

2. 急性創傷と慢性創傷

(1)急性創傷
 創傷治癒については外傷や手術創などの急性創傷について古くから広く研究され,その過程が明らかにされてきた。多くの急性創傷では創傷治癒過程の開始から完了までが正常に稼働し,組織の修復という目的を達成する。急性創傷はある意味あまり手を加えなくても自然に治癒する創傷と言える。写真1のように,相当程度の激しい損傷でも,新鮮外傷の場合はちゃんとした手技で対処すれば何の問題もなく治癒する。
写真1.外傷による急性創傷の例。バイク事故による顔面裂創で程度は激しいが,縫合後,創傷治癒機転が正常に働き,短期間で治療が完了した

(2)慢性創傷
 これに対して「治りにくい創傷」である慢性創傷または難治性潰瘍は,なんらかの原因で秩序立った創傷治癒機転の阻害・破綻が起こった状態である。閉塞性動脈硬化症(ASO),静脈灌流障害,糖尿病などに伴う下肢の潰瘍や褥瘡がその代表である。写真2は静脈灌流不全による下腿難治性潰瘍の典型例だが,欠損が亀裂状で小さいため,ある医師が創を縫合してしまった。このような創は血行が異常で治癒力に乏しいため,縫ってもくっつかない。1週間後,創がはじけ,もとよりも大きな創傷となってしまった。

写真2.静脈灌流不全による難治性潰瘍の例
(a)下腿内側に色調変化を伴う創傷があり,典型的な静脈性潰瘍である
(b)他医により縫合処置を受けた(本来は縫合すべきではない)
(c)創傷治癒機転が正常に働かないため1週間後に創は離開し,
  もとよりも大きな欠損となってしまった

写真3.仙骨部褥瘡の手術症例
(a)局所皮弁(Limberg flap)による再建手術を計画した
(b)手術直後,創を縫合した状態
(c)術後10日程度で創が開いてしまった。写真は創離開から約1か月の状態
 写真3は仙骨部褥瘡に対して局所皮弁による手術治療を行ったが,術後の全身状態の改善や局所への外力解除がうまくいかなかったために創が開いてしまった。このように,縫合した一次治癒(後述)の治り方を見ても,慢性創傷は急性創傷に比べて治りにくい。
 数年前の日本創傷治癒学会で「難治性潰瘍」をテーマとしたシンポジウムが開かれた際,座長の先生が各シンポジストに「どのくらいの期間治癒しない創を難治性潰瘍と定義しますか?」という質問を投げかけた。シンポジストたちの答は「数週間」から「年単位」まで多様で,難治性潰瘍の捉え方も各人各様であるのが印象的であった。このように,慢性創傷・難治性潰瘍の正確な定義は存在しない。全身的,局所的などさまざまな原因により,これから述べる正常の創傷治癒機転がスムーズに進行せず治りにくくなった創とイメージしておくのがよい。

3. 正常(急性創傷)の創傷治癒

 慢性創傷・難治性潰瘍を理解するためには,まず,正常(急性創傷)の創傷治癒過程を把握する必要がある。

(1)創傷治癒過程
 一般に創傷治癒過程の解説ではおびただしい数のサイトカインや酵素名が登場し,読む気をなくすことが多い。ここでは必要最低限の知識だけを要約する。書物により微妙に表現が異なるが,創傷治癒過程を,[1]血液凝固期,[2]炎症期,[3]増殖期,[4]成熟期(リモデリング期)─の4段階に分けて解説する。それぞれのステージは,互いにオーバーラップしながら進行する。
[1]血液凝固期
 皮膚に損傷が生じると出血が起こり,凝固した血液が創をとりあえず一時的に閉鎖する。いわば外敵侵入に対する応急処置である。血液凝固を担った血小板は,次のステップで本格的な修復を開始するための人員を呼び寄せる。呼び寄せるための信号は血小板が放出する各種サイトカインで,その代表は血小板由来成長因子(platelet derived growth factor;PDGF)である。
 呼ばれて登場するのは,治癒を阻むものを撃退する白血球,創を埋めるために働く線維芽細胞,兵たんを担当する新生血管などである。
[2]炎症期
 炎症とは, 生体組織が有害な刺激を受けたときに, その局所に引き起こされる一連の組織反応を意味する。創傷治癒過程においては修復を開始する前に治癒を阻む敵を退治,除去する必要があり,その時期を炎症期と呼んでいる。敵は細菌を中心とした病原体,こびりついている壊死組織,異物などである。味方の主役は白血球[顆粒球(好中球・好酸球・好塩基球),リンパ球,単球]である。
 好中球は細菌の除去に働く。リンパ球は免疫応答で細菌・異物を攻撃する。単球は血管外に出るとマクロファージとなって細菌,異物を自らの体に取り込んで(貪食),除去する。また好中球,マクロファージ,その他の細胞は壊死組織などに由来する邪魔な蛋白質を分解するためprotease(蛋白分解酵素)を分泌する。その代表はmatrix metalloproteinase(MMP)と総称される(collagenaseなどを含む)一群のproteaseである。
[3]増殖期
 1)細胞外マトリックス合成
 反治癒勢力の撃退,除去が進むうちに(受傷から2〜3日)本格的な修復作業が始まる。ここで働くのが線維芽細胞である。線維芽細胞は欠損(創)を埋めるためのセメントをつくり出す。セメントに相当するものを細胞外マトリックス(extra cellular matrix;ECM)と呼び,コラーゲン,フィブロネクチンなどの物質から成る。
 2)血管新生
 作戦遂行に当たって前線に食料・物資・兵器の補給,人員の補充を行う兵たんはきわめて重要で,勝敗(治癒の成否)を左右する。創傷では損傷部に向かって新しい血管ができる血管新生という現象が起き,その血管が補給路となって働く細胞に必要な酸素やエネルギーを与える。
 現在,創傷治癒を促進する療法はおもにこの血管新生を盛んにするもので,より速やかに多くの補給路をつくることで戦況を有利にする。逆に癌の治療では,この補給路を断つ兵糧攻めが行われる。
 新生血管とECMおよび線維芽細胞やマクロファージなど,種々の細胞から成る組織を肉芽組織と呼ぶ。
 3)創収縮と上皮形成
 肉芽組織が形成されると,線維芽細胞から分化する筋線維芽細胞が創の辺縁を引っ張って欠損部面積を縮めようとする創収縮という現象が起こる。写真4も程度は激しいが(a),外傷による急性創傷で肉芽組織形成後(b),創収縮による欠損の縮小が起こっている(c)。

写真4.外傷による足底の皮膚欠損。心疾患で麻酔をかけられないため皮弁移植などできず保存的に加療した
(a)受傷直後の状態
(b)肉芽組織が形成された時期
(c)欠損が縮小しているが,創収縮の寄与するところが大きい

 肉芽組織の整備ができると創辺縁の上皮細胞が増殖しながら広がってくる。初めの欠損が浅く,毛包などの皮膚付属器(上皮細胞が存在する)が残っていると,そこからも上皮が伸びてくる。
[4]成熟期(リモデリング期)
 ECM合成は数週間にわたるが,当初,傷跡(瘢痕)は赤く盛り上がっていることが多い。通常,数か月経過すると赤み・膨隆は軽減し,瘢痕は目立たなくなる(写真5)。その際,細胞・分子レベルでは合成と分解のバランス変化によるECMの再構築,細胞成分の減少,コラーゲン架橋強化による外からの力に対する抵抗力の増強が起こる。

写真5.瘢痕の経時的変化。前腕熱傷後の面状瘢痕に対して期間を置いて切除縫合による形成手術を行った。術後1週間の創(a)に対して,術後3か月の瘢痕は赤みが強く盛り上がっている(b)。術後1年の部分では瘢痕が成熟して赤み・膨隆は消失している(c)

(2)一次治癒と二次治癒
 一次治癒とは,縫合やテーピングによって創縁を寄せて欠損(ギャップ)を最小限にした状態での治癒である。欠損が小さい分,そこを埋めなければならないマトリックスや労力は最小限ですむので,短期できれいに治癒する。
 二次治癒は,創縁が離開した状態での治癒で,ギャップが大きくなると治癒期間が長く,瘢痕が多くなる。

4. 慢性創傷・難治性潰瘍の対処法

 慢性創傷・難治性潰瘍への対処法は,一言で表すと,停滞している創傷治癒機転が正常に稼働するように環境を整備するということである。このマネジメントをwound bed preparationと呼び,最近の褥瘡・創傷治癒業界のはやり言葉となっている。次回以降,その実際に切り込んでいく。

〈著者・編集部から〉
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Home Care MEDICINE編集部
「創傷治療・ケアの戦略」
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E-mail:woundcare@dnsep.medical-tribune.co.jp

埼玉医科大学形成外科
助教授 
市岡 滋
■著者略歴
○1988(昭和63)年千葉大学医学部卒業,東京大学形成外科入局。以降,東京警察病院(麻酔科),河北総合病院(外科),静岡県立総合病院(形成外科),東名厚木病院(形成外科)などの関連病院で臨床研修
○1993〜97(平成5〜9)年東京大学大学院にて微小循環,創傷治癒,血管新生,生体工学の基礎研究
○1997(平成9)年東京大学形成外科助手
○1998(平成10)年埼玉医科大学形成外科講師
○1999(平成11)年芝浦工業大学客員講師を兼任
○2000(平成12)年埼玉医科大学形成外科助教授,現在に至る

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