国の特別天然記念物アホウドリの“引っ越し”が先月、山階鳥類研究所(千葉県我孫子市)などにより行われた。生後四十日ほどのひな十羽が、伊豆諸島の鳥島から約三百五十キロ南の小笠原諸島の聟島(むこじま)へ。
鳥島は火山噴火の恐れがあり、安全なすみかとして繁殖の記録がある聟島が繁殖地に選ばれた。幼いうちなら育った地を生まれ故郷と思いこむという。ヘリコプターでの約一時間半のフライトを経て、新天地での生活が始まった。
人間社会も新年度を控え、引っ越しのシーズンだ。異動に伴う転居を何度か経験してきた身としては「とにかく大変」に尽きる。単身ならまだ身軽だが、家族同伴だと荷物がかなりの分量だ。大量に出る不用品の処理にも頭を悩ませる。
文豪・志賀直哉は生涯に二十回以上の引っ越しをしたことで知られる。それほどではないにしても、かつては居所を変えることがけっこう頻繁に行われた時代がある。今日のような持ち家ではなく、借家住まいが多く、大型家電製品もなかったころだ。
引っ越しの慌ただしさとともに、新生活への不安や期待も入り交じる。進学や就職のために一人暮らしをする若者にはなおさらだろう。それこそ「安全なすみか」が必要だ。
新たな出会いや環境に慣れるのは苦労かもしれない。しかし、「ところ変われば品変わる」である。楽しみが多いに違いない。