オシムが提言してきたことはピッチの外に対しても少なくない。
サッカーを取り巻く環境について彼が発信してきた多様なメッセージについて振り返ってみよう。
強烈だったのは初陣の2006年8月9日のトリニダード・トバゴ戦だった。
この時、当初、8月1日に予定されていた代表メンバーの発表をオシムは「もっと選手を見たい」という理由で8月4日にまず延期した。
3日待って発表されたのはたった13人のメンバーだった。通常は紅白戦要員も含めて20人以上は必ず名前が挙がる。
記者会見場がどよめく中で、「13人でも試合はできますよ」とコメント。
初動段階で日本サッカー協会やメディアに対して「私はこういう監督ですよ」という名刺を切っている。
自分は、しっかりと自分のサッカーを具現化できる選手を最初から集めたい。しかし、その意味でこの時期はスケジュール的に問題があった。A3チャンピオンズカップ(A3杯)に出場しているジェフ千葉とガンバ大阪の選手、そして海外遠征中の鹿島アントラーズの選手には招集をかけられない、という枷があったのだ。
しかし、だからといって他のチームから適当に20人を選んで帳尻を合わそうとは考えない。
想定したメンバーからこの時点で実際に呼べる選手の名前を羅列したら、13人だったというわけである。「絶対に妥協はしませんよ」という声無き意思の発信だった。
同時にこれは「もう少し早く私が代表監督になっていたらトリニダード・トバゴ戦は断っていた」とのコメントにあるように、営業主導でめちゃくちゃな日程を組んだ日本サッカー協会に対する苦言にもなっていた。
A3杯に出場するチームということは、当たり前だがJリーグで実績のあるチームである。そういうチームが8月の猛暑の1週間で3試合を行っている。そのど真ん中での開催は、強化の意味からしても位置づけが見いだしづらい。
代表戦は協会にとっていわばドル箱である。しかし集金マシンである以上に、戦う組織集団でなければならない。
オシムは代表の試合が興行優先になっていることに警鐘を鳴らしている。
日本サッカー協会の本年度の年間予算は推定162億円と言われる。世界列強のサッカー協会を見渡しても、これ以上に潤沢な予算を持つのはサッカーの母国FA(イングランドサッカー協会)くらいであろうか。日本においても当然ながら一競技団体としては突出しており、JOC(日本オリンピック委員会)の予算の約2倍である。
予算があることはもちろん、結構なことであるが、カネを稼ぐための弊害もある。
換言すれば、予算のない国がなぜW杯で強いのか、そこにも注目すべきではないだろうか。
オシムがかつて代表監督を務めていた旧ユーゴスラビアは多民族国家であり、代表戦は数々の政治的しがらみに縛られていた。
ザグレブで試合をするときは、クロアチアの民族籍選手を、ベオグラードでやるときはセルビアの選手を多く登用するのが不文律だった。オシムは実力主義のスポーツの世界においてこれを全くナンセンスだとし、あえて他民族の選手を先発させていたという。そんな指揮官からすれば、このようなマッチメークを見過ごすわけにはいかない。
オシムにとってすれば、旧ユーゴにおける民族主義との戦いの次に待っていたのは日本の商業主義とのせめぎ合いである。
結果的にトリニダード・トバゴ戦には5人が追加招集されたが、この行状には「協賛金も重要でしょうが、選手のコンディションはもっと大切でしょう。私はこういう監督ですが、分かってくれたら一緒に戦いましょう」という意図が見受けられる。
忘れられないシーンがある。
トリニダード・トバゴ戦後の監督会見で司会者が、適当に会見を打ち切るとオシムは声を上げた。「私が終えようと言う前に終えてしまいましたね」
続く8月16日のアジアカップ予選、イエメン戦後の会見でも同様に終了が告げられると、「やめようと言うまで続けましょう」と発言。
自分から会見を打ち切りませんよ、聞きたいことがあれば、どんどん受けますよ、という意思表示だった。
信念は貫くが、説明責任はきっちりと果たすとの宣言である。
やがて07年を迎えた。代表候補合宿が組まれだし、視聴率欲しさにメディアが海外組を呼ばないのかと煽っても、頑固なまでに招集しなかった。
彼らの力が必要であることを十分認識しながらもタイミングを図っていた。
海外でプレーする選手にとっては所属クラブの指導者の信頼を得る大切な時期に時差のある日本に呼んで体調を崩させるよりも、確固たるポジションを勝ち得てから呼ぶべきだとの考えだ。
「海外組にはまずチームで活躍してもらい、日本サッカーのショーウインドーの役目を欧州で果たしてもらう」とはこの頃の言葉である。
昨年7月、代表監督就任直前に会談したオシム監督と川淵三郎日本サッカー協会会長
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やがて3月のペルー戦で中村俊輔(セルティック)、高原直泰(フランクフルト)を呼び、キリンカップで稲本潤一(フランクフルト)と中田浩二(バーゼル)を招集する。
国内組で作り上げたベースにどこまで彼らが融合できるかが、現在アジアカップのテーマとなっている。
オシムの哲学は微動だにしない。サッカーのクオリティーをすべてのものより優先させる。それはマーケティングの先行でサッカーを消費物にする愚を欧州でさんざん見てきたからだろう。
しかし、この国のスポーツ環境はなかなかそれが困難なようだ。川淵三郎日本サッカー協会会長は昨年の惨敗に向き合わず、観客動員数の低下要因は選手に魅力がないせいだとの発言をする。
某スポーツ紙は、テレビ中継の視聴率をオシム支持率として書いた。視聴率を監督の評価に結び付けるとは驚天動地である。
スポーツを視聴率のコンテンツとしてしか見ていないから、TBSがゴルフの石川遼君に行ったような不祥事が後を絶たないのだ。
目先の視聴率や観客動員数を優先させたいのならば、なぜオシムを選んだのか。
スターシステムが崩壊したのが、ドイツ大会であったろうに。
「その選手が素晴らしいのならば、私はコソボのアルバニア人で11人を選んでみせる」とは旧ユーゴ代表監督時代のオシムの言葉だが、今ならば「その選手が素晴らしいならば視聴率が取れない選手で11人選んでみせる」とでも発言しそうである。
早稲田より斎藤君、ゴルフ界より石川君、というのが、残念ながら現状、日本のスポーツの伝え方だ。
当たり前のことを至極当たり前にやっている監督の行状をサプライズと表現してしまう日本のメディアこそが、問題だと思うのだが。