認知症や医療ニーズの高い高齢者を特別養護老人ホームや有料老人ホームなど介護施設で看取(みと)るケースが増えている。病院でなければ看取りは不可能なのか、本人の意思をどう尊重するか--。「納得の最期」を目指し、各施設で意欲的な取り組みが続けられている。【有田浩子】
◇医療、自分で決める
◇医師常勤、看護師は24時間対応
「カナダのウィリアム・モーロイ医師が提唱する『Let Me Decide(レット・ミー・ディサイド)』の考えに感銘を受けた。日本にもきてもらった。約8年前、施設で実践し始めた」。鳥取県を中心に特養や老人保健施設、グループホームなどを幅広く運営する社会福祉法人「こうほうえん」の廣江研理事長(67)はこう振り返る。
レット・ミー・ディサイドとは「自分で決める自分の医療」。こうほうえんでは入所から約1カ月の時点で、医師か看護師が本人と家族から「終末期の意向」を確認する。最期は施設か自宅か--などを聞き、所定の確認書に記入してもらう。
発熱など特別な理由がないのに食べる量が減ったり、体重が減少して医師が余命1カ月と判断した時点で、「終末期の意向」を再度確認する。家族と施設関係者で話し合ったうえで「看取りケアの計画書」を作成する。
その後も話し合い、考えが変わっても対応し、「後悔しない最期」を本人と家族と施設の3者で目指す。
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「寒い、寒い」
今月中旬、こうほうえんが鳥取県米子市で運営する特養の「よなご幸朋苑」。ここに入所する清子さん(88)=仮名=は、義妹(77)が「ねえちゃん、痛い所ある?」と問いかけると、訳もなく寒がった。
夫を亡くし、米子市内でお手伝いさんと暮らしていた清子さんが幸朋苑に入所したのは、認知症の進行が目立ち始めた昨年2月。
義妹は「自宅で最期を迎えたい」と聞いていた。認知症で自己決定は難しくなっていたが、「終末期の意向」に看取りの場所を「自宅」と記した。
ところが昨年秋、肺炎で近くの病院に入院した清子さんは「施設に戻りたい」と何度も訴えた。そこで、昨年末に終末期と判断された際、看取りの場所を幸朋苑に変更した。経管栄養については、義妹の意向に沿って行わないことにした。
幸朋苑は9~12人の8ユニットに分かれ、介護福祉士が5人ずつつく。終末期に入ってからは、介護福祉士がこれまで以上に頻繁に部屋を訪れ、風邪などに細心の注意を払う。
特養は通常、医師が嘱託で、夜間帯に看護師がいないことが看取りを難しくしているが、幸朋苑は医師を常勤とし看護師は24時間対応できる体制をとる。2年前の改修で全室を個室化したことも看取りをしやすくした。
「すべておまかせしています」。清子さんの義妹はいまの対応に満足げだ。
こうほうえんでは04~06年度の3カ年に、運営する四つの特養(計412床)で252人が亡くなったが、施設内で看取ったのは7割超の179人に上る。=次回は3月1日掲載
◇特養での看取り、35%止まり
特養は06年10月現在で5759施設(入所約39万3000人)。退所事由の7割は死亡で、厚生労働省所管の医療経済研究機構によると、特養での看取りがそのうちの35.6%。病院・診療所が搬送中なども含め63.6%に上った。
利用者が特養での看取りを希望した場合、原則として受け入れているのは69.1%。ただ、死亡に備えた専用の部屋がない▽夜間・休日の職員体制の充実--などを課題にあげるところが多かった。
厚労省は06年介護報酬改定で、重度化対応加算と看取り加算を新設した。02年に新たな入所者は重度の要介護者を優先するよう通知し、特養の平均要介護度が年々高くなっていることを受けたもの。
重度化加算の請求条件は(1)常勤看護師の配置、看護責任者の明確化(2)病院など関係機関との24時間の連絡体制(3)看取りに関する指針の策定と利用者等への説明と同意--など。看取り加算はこれらの条件を満たした上で、死亡日以前の30日を上限に請求できる。
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◇レット・ミー・ディサイド
患者本人が認知症や事故のため意思表示ができなくなった場合に備え、(1)自分の希望する治療の方法(2)栄養補給の方法(3)心肺停止の際の心肺蘇生の希望の有無--などをあらかじめ指定するもの。正式な事前指定書の場合、本人の意思を尊重するかかりつけ医、家族、友人などの代理人が署名し、保管する。日本には90年代前半に紹介された。
毎日新聞 2008年2月23日 東京朝刊