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【社会】

ネットの自由どこまで 名誉棄損で無罪 拡大解釈に懸念の声

2008年3月1日 朝刊

無罪判決を受け、喜びを語る橋爪研吾被告=29日午後、東京・霞が関の司法記者クラブで

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 個人で可能な範囲の調査をしていれば「無罪」−。インターネット上での名誉棄損で、新基準を示した二十九日の東京地裁判決。今回は「公益目的」と認められたが、匿名性が高く、誰もが参加できるネットの世界は、しばしば中傷やいじめの温床ともなり、事件も相次いでいる。どこまでの「表現」が許されるのか手探り状態の中、今回の判決も波紋を広げそうだ。 

 昨年十二月、インターネットの掲示板に「教室に灯油をまいて火を付ける」などと書き込み、評論家の池内ひろ美さんの講座を中止させたとして脅迫罪に問われた会社員が、東京地裁で懲役一年、執行猶予四年の有罪判決を受けた。

 昨年四月には、「学校裏サイト」と呼ばれる掲示板で、女子中学生が実名で中傷されているのを削除せず放置したとして、大阪府警が、名誉棄損ほう助の疑いで掲示板の管理人を書類送検。書き込んだ女子中学生も名誉棄損の非行事実で児童相談所に通告された。

 今回の無罪判決で弁護側は、ネット社会における、市民の表現の自由という点で、今回の判決を評価。一方、奥平康弘・東大名誉教授(憲法)は「インターネット上の個人表現は信頼性が低いから罪にはならないとされることが、果たしてインターネットというメディアにとっていいことなのかどうか。信頼されなければメディアの持っている力は弱まり、表現の自由を結果的には弱めることになる可能性もある」と指摘している。

 ネット文化に詳しい森井昌克・神戸大教授(情報通信工学)は「執拗(しつよう)に繰り返し書くとか、明確な悪意があると証明されずに名誉棄損となれば、何もネットに書けなくなってしまう」と今回の判決は妥当と受け止める。ただ「判決が拡大解釈されれば、相当のことを書かなければ名誉棄損にならないと、掲示板の必ずしも良くない現状を助長する恐れもある」とも懸念する。「これで決着ではなく、今後、さまざまな判例を積み重ねる中で社会的合意が得られるのが、どこになるかが定まっていくのではないか」と話している。

『弱者を守る基準』喜ぶ被告ら

 「ネット上の表現の自由に大きな一歩だ」。インターネットのホームページでラーメン店のフランチャイズ運営会社を中傷する書き込みをしたとして、名誉棄損の罪に問われ、東京地裁で二十九日、無罪判決を受けた橋爪研吾被告(36)は東京・霞が関の司法記者クラブで会見し、喜びの表情を浮かべた。

 橋爪被告は「起訴から三年以上たった。ようやく無罪判決を勝ち取ることができた」とほっとした様子。略式命令による罰金支払いを拒否し、公判で争っていた。「メディアと、一個人に対する基準が異なることを判例で書いてもらった」「きちんと基準が示されたことがうれしい」と判決を高く評価した。

 同席した紀藤正樹弁護士は「これまでの基準は(送り手として)強者のメディアを想定していた。(送り手が)弱者の市民になるのがネット社会。今回の(判決が示した)法理論でなければ一般市民が発信できなくなる」と評価。江川剛弁護士は「教科書にも書かれていない基準だ」と述べた。

 一方で、判決は書き込みの内容が事実だと全面的に認めたわけではなく、橋爪被告は「残念」とし、紀藤弁護士らも判決に不満を漏らした。

 「今後の判例として役立ててほしい」。橋爪被告はそう要望し、会見の終わりにはさっぱりした表情で深々と頭を下げた。

 

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