浪人していた三年間、私は、眠気にずいぶん悩まされてきた。とは言っても私の場合、眠くなるのは勉強しているときではなく、試験中だった。
数々受けた模擬試験の中で、まともに覚醒して受けたのは数えるほどしかない。おそらく、七割以上の比率で眠くなった試験の方が多いであろう。
これはもちろん、入試本番もそうである。試験中に眠気のせいでどうにもならず、仮眠を取るつもりで机の上で顔を伏せたら、試験終了時間が来てしまった、という笑えない例まであった。その学部に落ちたのは言うまでもない。
本当に、私にとって眠気は大敵であった。いつも、以下のような感じで、私に襲いかかってきた。小説風に書くと…
――試験開始のベルが鳴り、気合いを入れて問題を解き始める。すると、しばらくして不吉な「違和感」が押し寄せてくる。これが眠気だ。
その「違和感」は、最初はとても小さい。しかし、大きくなっていくのが見える。それはまるで押し寄せる津波を傍観するしかないような、もどかしい恐怖である。
やがて津波は体全体をおおい、全筋肉の躍動を奪ってゆく。まぶたが、鉄のように重くなる。
しばらくすると、谷底に落下するような「サーッ」とした感覚に驚かされ、ふと、我に返る。このひとときだけ、眠気はおさまる。が、すぐに眠気はまた押し寄せてくる。この繰り返しで私を苦しめるのだ――
以上だ。まあ要するに「眠気はコワいぜ」ということを私は言いたいのである。
結局、眠気問題は浪人中に解決できなかった。しかし、大学入学後に、だいぶ克服した。
克服には、いくつかのポイントがある。それらを列挙してみよう。
・睡眠を十分にとる
・栄養をしっかりと摂る
・運動する
・カフェインをとる
・生活のリズムを整える
・睡眠に関係する病気を治しておく
・裏技を使う
・チョコレート＆ガム
・仮眠をとる
・絶妙の起床タイミングを得る
・模擬試験など、「試験」と名の付くものを最優先する。
これらについてひとつひとつ解説していきたい。
――睡眠を十分にとる
当たり前だ。
一番良いのは、「定期的」かつ「十分な」睡眠である。要するに毎日同じ時間にたっぷりと寝るのが良いということだ。
とはいえ、睡眠不足の日が続くこともあるだろう。そういうときは、「寝だめ」するといい。寝だめすると、その効果は一週間はもつ。いずれにせよ、無理は絶対にいけない。かならず体調を崩す。体調が崩れれば、勉強に大きく影響する。
――栄養をしっかりと摂る
これは重要だ。受験生はダイエットなど考えてはいけない。しっかりと食事をとること。しかも、おいしいものが良い。辛いものが好きな人は辛い料理を、甘いものが好きな人は甘い料理を食べよう。このことにより、食欲が最高の形で満たされる。
人間にとって「食欲」は最も強い欲である。その「食欲」を最高の形で満たすことは、心の安定につながる。
もちろん、暴飲暴食はいけない。偏食もいけない。自分の好きなメニューの中から、「いかにも体に良さそうなもの」を選ぶこと。
そしてもうひとつ。「サプリメント」を飲もう。できれば、青汁のような「自然食系」のものがのぞましい。何を飲むか決めたら、それを続けて飲み続けよう。サプリメントというものは、続けてはじめて効果が現れるものだ。
――運動する
これも重要だ。適度な運動は良い体調を作り出す。注意点は「運動しすぎないこと」。ジョギングする必要はない。
コツとしては、「普段の生活の中で運動する」ことだ。たとえば、予備校に行くのに電車など使わず、自転車で行く、またはひとつ前の駅で降りて歩くようにする、など。これらは適度な有酸素運動になるので、とても体に良いのだ。「運動している」ことを感じさせずに運動する、これが良い。人間は、運動する生き物として作られている。だから運動しないと、体調を崩してしまうのだ。
私が浪人中よくやっていたのは、単語帳を自転車のかごに入れてサイクリングすることである。やり方としては、出発前に単語を覚えられるだけ頭に入れて、スタートする。そして、頭の中で復唱しながらサイクリングを続ける。しばらくしてそれらの単語に飽きたら、自転車を止めて新しい単語を頭に入れる。そしてまた自転車を走らせる。この繰り返しである。
私は、この「サイクリング暗記法」が非常に好きであった。特に、自転車で行ける距離に海があったので、海に到着したあとに浜辺に入り、蟹やフナムシを観察し、海の塩をなめたりしたのは、とても味わい深い経験だ。浪人風情があって良かった。
「嗚呼、悲しき浪人生、蟹とたはむる！」
――カフェインをとる
私は、カフェインが効かない体質だ。コーヒーをかぶかぶ飲んでも、関係なく眠気が襲ってくる。栄養ドリンクも全く効かない。入試本番前に千五百円の栄養ドリンクを飲んだにもかかわらず爆睡したこともあるくらいだ。
しかし、ひとつだけ例外がある。「エスタロン・モカ」という薬だ。
これは、いわゆる「カフェイン錠」で、いわばコーヒーを一杯飲むのと何ら変わりはないのだが、なぜか私には非常に効く。カフェインの効かない私に効くのだから、おそらく思いこみで効いているのだろう（ちなみに、この現象は、医学用語で「プラシーボ」とよばれる）。
あなたも、思いこみを強く持てば、プラシーボ効果を得られるかもしれない。今度からは、ただ飲むのではなく、「絶対効く」と念じながら飲んでみよう。コツは、「ビビリながら」飲むことだ。だいたい、「眠気を覚ます」という効能は異常だ。オリンピックのドーピング検査には絶対、ひっかかるだろう。そういう、恐ろしい薬を飲むのだと思えば、ビビって震え上がり、いやでも効くだろう。
ただ、カフェイン関係の薬は、効き過ぎると、胃が痛くなることがあるので注意。服用のしすぎは絶対に良くない。
――生活のリズムを整える
「自律神経失調症」という病気がある。これにかかると体調を大幅に崩す。
ニキビがたくさん出て、口内炎ができ、夜、眠れなくなるのだ。夜、眠れないということは、昼に眠くなるということである。
病名がつくまでひどくなくとも、似たような症状が出たら生活のリズムを見直した方がいい。気合いは十分でも、体は悲鳴をあげるのだ。
重要なのは「一時の努力」より、「努力の持続」である。徹夜で勉強したぐらいで、いい気になっていないだろうか。だが、別にそんなことはスゴいことでも何でもない。
それよりも、「一定のことを持続させる」、この方がスゴい。一年間、一定のペースで、勉強を持続させてはじめて、努力家になったと言えるのである。スゴい奴になりたいと思ったなら、一日でそれをやろうとしてはいけない。
これは、人生にも当てはまる。「一時の華やかさ」がスゴいのではなく、「常に現役でいられる」ことこそスゴいのだ。
一時だけ華やかな状態は、勢いや運があればできるかもしれない。だが、人間の真価は、その勢いが下降したときに分かるものだ。
「常に現役でいられた」ということは、勢いが下降したときに何度も踏ん張れた、ということである。だからこそ、本当にスゴいと言えるのだ。
浪人生のあなたには、せめて一年間だけは、ひとつのことを持続させて欲しいと願っている。頑張れ！
――睡眠に関係する病気を治しておく
あまりにも病的に眠い場合は、不眠症や睡眠時無呼吸症候群を疑った方がいい。特に、睡眠時無呼吸症候群は、成人男性の五人に一人はかかっているとも言われている。だが軽度なものなら、治せる。
太っている人はやせれば治るし、また、鼻炎気味の人は点媚薬を寝る前にさすとだいぶ改善される。
私は鼻炎なので、寝る前は点媚薬をさしている。これで本当に睡眠が深くなるから、鼻炎の人は試して欲しい。
――裏技を使う
眠気を取る方法の中には、強引なものもある。メンソレータムを目の下に塗る、とか、針で足を刺す、などがそれである。だが…私はこのふたつを実践したことがあるが、ほとんど効かない。それどころか余計辛くなってくるからやめた方がいい。
私がすすめる裏技は、ズバリ「息を止める」だ。これは、けっこう効くので試してみて欲しい。
他にも、あなた独自でしらべて裏技を探してみるといいだろう。
――チョコレート＆ガム
疲れによる眠気には、チョコレートが効く。チョコレートに含まれる糖分が疲れを取るのだ。それに加えて、チョコレートには集中力を促進させる成分が含まれているので、ますます効果があるというわけだ。試験会場には、チョコレートを持参した方がいいだろう。
また、ガムも非常に良い。噛むことによって脳を刺激し、集中やリラックスの効果が得られる。
野球選手がガムを噛むのも、こうした理由によるものだと言われている。
――仮眠をとる
仮眠は、一時間以内が良いとされている。それを越すと、逆効果になるので注意。
公園のベンチでも予備校の屋上でもいいが、横になれる場所で仮眠をとると非常に効果がある。私は浪人中、よく公園のベンチで寝ていた。子供にからかわれたこともあったが、気にはならなかった。浪人とはそうした存在なのだ。からかわれるのも仕事のうちである。
――絶妙の起床タイミングを得る
「良いタイミングで起きる」ことは一日の眠気に大きく影響する。短時間しか寝ていなくても、起床のタイミングさえ良ければ、意外と快適に一日を過ごせるものだ。
このタイミング（レム睡眠）は、一般に九十分ごとにおとずれると言われている。
だが、深い眠り（ノンレム睡眠）のときに起きると目覚めが悪く、その結果、一日を不快に過ごしてしまうことになる。
目覚ましアラームのセットの際は、最悪な時間にセットしないよう十分、気をつけよう。
――模擬試験など、「試験」と名の付くものを最優先する
私は、これが一番重要だと思っている。眠気対策ということを超えて重要なことだ。
たしかに、たかが模擬試験のために、何日も前から準備するのは無駄に思えるかもしれない。だが、たかが模擬試験でも、立派な「試験」だ。「試験」と名が付く以上、それを大切にするのが本筋というものだ。
「試験」に対し常に強い心でのぞむクセをつけることによって、「試験」に強い体質を作り出すのである。
私は浪人時代に、模擬試験を重視していなかった。それどころか、普段の勉強を邪魔する「余計なもの」だととらえていた。だから、いい加減な気持ちで受けていたし、当然、試験中には眠気も襲ってきた。そして、「試験に弱い体質」が出来上がってしまったのだ。
一方、私のまわりの、「模擬試験を大切にしていた人たち」は、「試験に強い体質」を作り出して入試を突破していった。
「模擬試験ごときで一喜一憂するな」ということがよく言われるが、私はその考えには反対だ。やはり、模試での良い成績には素直に喜び、悪い成績にはおおいに反省しながら、常に「試験」というものを重くとらえなければならないと思っている。
こうして、「試験」を重視すれば、生活のリズムもそれに合わせるようになるし、気合いも違ってくる。当然、眠気など絶対に襲ってこない。
「試験を最優先する」――これこそが、全てに勝る根本的な要素だ。