私がはっきりと大学受験を意識したのは高校一年の頃である。一九九一年だ。志望校は早稲田大学第一文学部である（これは、祖父が早稲田出身ということが大きく影響しているのだが、その詳細については後日、改めて記す）。
当時私は中国地方の片田舎の高校生であった。その県で有数の進学校であるＡ高校に通っていた。県では非常に尊敬されている名門高校である。
だが、私は劣等生であった。成績は最下位に近く、また全国模試では偏差値50を超えることはなかった。だが、名門高校に通っているからだろうか、近所の人などは私を優秀な学生だと思っていたようだし、そういう扱いをまわりから受けていたからか、危機感は感じなかった。まあ、なんとかなるさ、ぐらいの心持ちであった。
もちろん、現実は甘くない。三年になればそのことに気付いた。その頃になると私は志望校を決めるとき、偏差値の低い中からいくつか選ぶようになっていた。
「Ｂ大学は、スポーツで有名だから、まあいいだろ」
「Ｃ大学は、某名門大学に名前が似てるから、まあいいだろ」
「Ｄ大学は、無名だが観光地に近くて楽しそうだから、まあいいだろ」
こんな選び方であった。もはや、Ａ高校入学時に決めていた早稲田はもちろん、明治、法政、立教等も雲の上の存在として無視していたし、いわゆる「単なるレジャーランドでしかない」ことで有名な某大学さえ、私には手の届かない場所にあるように見えていた。
そんなある日のことだ。
たまたま、某「レジャーランド大学」のＰＲビデオを入手したので、私は友人と一緒に見た。
その出だし――その大学の入学式の様子が映し出された。が、それを見て、私と友人は腹を抱えて笑ってしまった。というのも、入学セレモニーで演奏していたその大学の交響楽団の指揮者が、あまりにも下手くそだったからである。明らかに演奏とズレた指揮だ。素人でも分かる。
「こいつ、ズレとるわい」
と、コメディアンを見るかのように友人と二人で笑った。
だが、笑いながらふと気付いた。私は、この大学を笑うような成績ではないことに。この大学の資料を見ると、いかにも遊び人風な格好をした生徒がピースサインで写ったりしている。私が、もっとも嫌いなタイプの大学だ。だが、「嫌い」などと罵る資格が私にはあるのだろうか。
そんな疑問符の直後、私の中で急に、考えの変革が起こった。
「やっぱり俺は、なんとしても早稲田に入ろう。Ａ高校に入学したときに決めた目標を守ろう。この際、何年かかってもいいじゃないか。この現実からもし逃げたら、俺の中に、逃げたという履歴が残ってしまう。それは後の人生に悪影響を及ぼすやも知れぬ。馬鹿にされたっていいから、とにかくやってみよう」
私は早速その日の夜、早稲田大学第一文学部の赤本を買った。その本を部屋の本箱に入れた瞬間、私のこれから長くなるであろう、「早稲田を目指す受験生生活」が始まったように感じられた。高校三年の、冬のことであった。