「何なんだよ、この剣。アタイらが持ってたときは何も起こらなかったのに … 」
男三人にユリナを連れて行かせてからも、剣は尚、煙をあげ続けていた。
「ユリナ様、カー=ルブルトン様がお呼びです」
「わかりました、すぐ行きます」
ユリナとうり二つの少女は、剣を気にかけながら、テントを後にした。
無人となったテントの中で、剣は輝きだした。
それはシオンが信長との対決で放った、燃え盛るようなあの輝きと同じだった。
「 ―――― ユリナ … 」
成長したシオンの姿が、そこにあった。
「 …… 」
シオンは、自分の置かれた状況が飲み込めず立ち尽くしていた。
信長との戦いで俺は死んだはず … そしてあの紅い剣に宿ったんだ。
なぜ今生きているこの身体で … そうだ、ユリナに、呼ばれたんだ。
ユリナの強い想いが、俺を再びこの世界に連れ戻したのか?
そう考えたとき、すうっと意識が遠のいていった。
「おや、珍しいこともあるものだ。人間というのは、面白いものですね … 」
目が覚めると、モシュビルに倒れていた。
タマネギ頭 ――― ロダンテが、シオンを覗き込んでいる。
「ロダンテ?」
「お久しぶりですね。まさか、また会うとは思いませんでした」
「そうだ … ユリナは? 俺、ユリナに呼ばれたんだ」
「ユリナ=エステルは今、ミレナにいます」
「ミレナに!? レインが保護したんじゃ … 」
ロダンテが体をくねらせてクスクスと笑う。
「人間は面白いものですね … 何度でも、同じ過ちを繰り返す。
実に愚かだ。やはり我々高貴な種族と愚かな人間は相容れない。しかし」
ロダンテが紅い剣を差し出す。
「あなたなら、繰り返されようとしている過ちを止められるかもしれませんね」
「また、戦えってことなのか?」
シオンが、紅い剣を受け取る。
「ユリナ=エステルを救いたいのでしょう?」
「やっぱり、またユリナが危険に晒されているんだな」
シオンは、燃えるように紅い剣をしっかりと握り、キッと前を見据えた。
「では、あなたをミレナに案内しましょう」
ロダンテについていくと、ポータルに辿り着いた。
「この先には、大変強いモンスターがいます。
通り抜けるには、モンスターに勝たなければならない」
それでも行きますか?とロダンテは問う。
「行くよ。ユリナを助けなきゃ。 … ロダンテ、ありがとう」
「もう二度と会わないことを願っています」
シオンは少し考え、それがダンテなりの応援なのだと理解し、微笑んだ。
そしてポータルに足を踏み入れる。
目が覚めると、シオンは破壊者の涙で倒れていた。
「ユリナ … 待ってろ」
シオンは立ち上がり、獰猛そうなモンスターたちに紅い剣を向けた。
「紅い剣がない … !」
テントに戻った偽ユリナは、紅い剣がなくなっていることに気がついた。
そして、テントの入り口が急に開かれる。
「カー=ルブルトン … 」
「あんはん、ユリナはんやないな?
適当に相槌うっとたらごまかせるとでも思ったんか」
プロイマを憑依した状態で、光をまとった拳を鼻先に突きつけられる。
「ちっ … もうバレたか」
偽ユリナは舌打ちすると、姿を消した。
「!? マーシナリーやて?」
カー=ルブルトンはテントを飛び出し、千里眼を使うためホーリーアベンジャーを呼び寄せた。
暗闇の平原を、影だけが走り去った。
夜が明ける頃、シオンはミレナ市街地に辿り着いた。
ドンッ
「「うわっ」」
シオンに、走ってきた少女が激突する。
髪は一つにくくり、装束はミレナの軽装備だったが、美しい金髪、白い肌、アーモンド形の瞳
――― そう、あの、ユリナにうり二つの少女だった。
「ユリナ … ?」
「誰だ、お前。アタイは急いでるんだ。あの姫様なら今頃信長に … 」
少女が崩れ落ちるように倒れた。
「ちょ、ちょっと … 大丈夫?」
少女は随分疲れているようだった。
「君は … 」
「もう終わったのに … 」
シオンが少女を近くの木に寄りかからせると、少女がぽつりと呟く。
「アタイの役目はもう終わったのに … 急いでどこに戻るっていうんだ … 」
少女は何かを諦めたような瞳で、自分に言い聞かせるように呟く。
「君は一体、何なんだ?」
シオンが問いかける。
「アタイは … ユリナ=エステルの、あの姫様の姉だ」
ユリナの姉 ――― ユリナは赤ん坊のころ父さんに拾われたはず。どうして …
シオンは戸惑った。しかし、その少女がユリナの姉であるということは、驚くほど納得がいった。
瞳が、同じなのだ。
ユリナの姉、そう名乗った少女は、思い出話でもするように、空を見上げぽつりぽつりと話し出す。
――― アタイと、アタイの家族は、ミレナの片隅でひっそりと暮らしていた。
母さんが腕の立つ剣士で、父さんはポーションを調合して売って、そうやって生活していた。
そんなある日、ユリナが生まれた。 … アタイは幼いながらに、妹ができたのが嬉しかった。
でもなぜか父さんが顔色を変えて慌てだした。 ” この子は魔女だ ” そう言ってた。
そしてユリナはいなくなっていた … 病気で死んだんだって、母さんに教えられた。
父さんはレインから亡命してきたレイン人だった。それを隠して母さんと結婚してたんだ。
それを偶然聞いてしまったのは …12 歳のとき。アタイは家を飛び出した。
自分がレイン人の血を引いている、その事実が嫌でたまらなかった。
家族とはそれきりだから、今どうしているかはわからない。
アタイは剣の修行に励み、マーシナリー部隊の一員として、このミレナで生きていた。
そうは言っても未だに下っ端だから、ユリナ争奪戦のことも、詳しくは知らなかった。
アタイはつい最近、信長と知り合った … というか、たまたますれ違ったときに呼び止められた。
そしてアタイに協力しろと言ってきたんだ。そこで初めて、
レインにアタイそっくりの魔女がいることを知ったんだ。
会ってわかった、あれは絶対、アタイの妹だ。
「 … 協力しろって、何に?」
少女が話す内容に驚きながら、シオンは問いかける。
「ユリナを攫い人質にし、レイン軍をおびき寄せる。そして一網打尽にする
――― それが信長の計画だ。
信長には自信があった。自分がミレナで一番強いと。そして武器も手に入れた。
お前が持っている、その紅い剣だ … 渡してもらう!!」
一瞬の隙だった。シオンは剣を奪われ、少女はガバッと起き上がると、王宮へと走っていった。
「 … しまった!」
おそらく、王宮内に信長とユリナがいるのだろう。だがミレナ軍は?
そう疑問が浮かんだとき、悲鳴があがった。
「ぐあぁぁぁっ!! き、きさまぁ … っ」
シオンは王宮のある広場へ向かいかけ、思わず足が止まった。
――― 信長だ!!
信長がこちらに背を向けて立っている。そして、広場で佇んでいた老人
――― 国王ラム=ミレナスに深々と剣を突き刺していた。
――― あの紅い剣だ。
悲鳴を聞き駆けつけたゲイブリル=ハートやナンナ=ミレナスらミレナ軍のトップたちも、
いともたやすく切り捨てていく。
広場に動けるものがいなくなった後、信長が振り返る。
「貴様、生きていたのか。よほどあのユリナという女にこだわっているようだな。
丸腰で俺の前に立つとは、殺してほしいということか」
信長がこちらに歩みを進めてくる。
「今度こそ、貴様を殺す。一番強いのはこの俺、俺一人だ。 ” 絆 ” も全て捨てた。
” 最強 ” になるために。邪魔はさせん … !」
信長がシオンに紅い剣を振り上げる。もう駄目だ ――― シオンがそう思ったとき。
「シオン!!」
その声と共に、岩石が信長に襲い掛かった。
思わぬ攻撃に、信長はもろにそれをくらう。
衝撃で麻痺した手から、紅い剣が滑り落ちる。
シオンはそれをすばやく奪い、信長に紅い剣を向ける。
「お前は間違っている。そんなのは強さなんかじゃない!!」
紅い剣が信長を切り裂いた。
信長を倒して、声の方を振り返ると、ユリナとユリナの姉がいた。
「やっぱりユリナだったんだ」
成長したお互いを見つめあい、二人は抱き合った。
「ユリナのお姉さんが、ユリナを助け出してくれたの?」
信長の味方だったはずなのになぜ、そう問うと、ユリナの姉は初めて笑って見せた。
「アタイ、バカだからどっちが正しいかわからなかったんだ。だから賭けた。
信長には剣を渡す、そしてユリナを開放する。勝ったほうが正しいんだろうって」
そして、シオンが勝利した ―――
ミレナの国王、軍のトップ暗殺、レインの攻撃指揮官誘拐、ミレナとレインは一時大混乱に陥った。
今尚その余波は続いている。レインとミレナの戦いは終わらない。
だがその戦いのなかでも、シオンとユリナのように友情や愛情が芽生える者もいる。
その友情や愛情が、いつかクライス大陸に平和をもたらすのかもしれない。
シオンは今日も ” シオンの剣 ” をどこかで奮う。
ユリナと共に歩ける、その日が来るまで ――― …