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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

仙台・北陵クリニック事件

2007年10月29日

仙台・北陵クリニック事件とその裁判について日本国民救援会宮城県本部よりご案内いただきましたので、ご紹介します。
なお、11月2日に東京都内でこの事件についての学習集会(PDF)が開催されますので、ご案内します。
(法学館憲法研究所事務局)


仙台・北陵クリニック事件とは

宮城県仙台市泉区にある北陸クリニック事件で准看護師をしていた守大助さんが2000年10月31日に当時11歳の患者 (A子さん)の点滴に筋弛緩剤「マスキュラックス」 (商品名) を混入し、そのため少女が植物人間状態に陥ったとして殺人未遂事件 (第1事件) で01年1月6日に逮捕され、のちにこの事件を含む4件の殺人未遂、1件の殺人で逮捕・起訴された事件です。

事件の争点と弁護団の主張

(1) 事件の争点

事件の争点はいくつかありますが、中心的な争点は以下の3点です。
【1】筋弛緩剤の投与が患者の急変の原因か? 警察の鑑定は正しいのか?
【2】守さんが犯行を行なった証拠があるのか?
【3】筋弛緩剤を点滴投与することに殺傷能力があるのか?

この事件では、守さんが筋弛緩剤を混入したとする捜査段階での一部供述 (弁護団は、供述の任意性、信用性で争っている) を除けば、守さんと犯行を直接結びつける証拠はいっさいありません。
検察は、【1】クリニック内で守さんが点滴に関わった患者が急変したとする病院関係者の供述、A起訴した5件の5人の患者の血液、尿、点滴ボトルから筋弛緩剤マスキュラックスの主成分であるベクロニウムが検出されたとする大阪府警科学捜査研究所の鑑定書 (弁護団は全面的に争っている) で、守さんの犯行を立証しようとしています。

(2)弁護団の基本的主張

弁護団は、起訴された5件を含む、当初検察が主張していた10数件について、守さんはもちろんのこと、何者か (医療スタッフの誰か) が筋弛緩剤を患者に投与した事実は存在 しない。 患者の容体急変は、すべて他の原因 (病気、薬剤の副作用、または気管挿管の救急処置をとることができる医師の不在などの医療過誤) で説明できると主張しており、筋弛緩剤を投与したときの薬理効果のあらわれ方と実際の患者の症状とは多くの点で矛盾すると反証しています。

守さんはなぜ無実といえるのか

(1)検察は点滴のマスキュラックスの濃度、 点滴の速さを立証していない

通常筋弛緩剤は、手術の時などに、静脈に直接注射 (三方活栓を使う場合もある) して使用するものであり、体重差などで効果には個人差があります。マスキュラックスの説明書には「排泄 (はいせつ) 半減期は11分±1であり、短時間で代謝または排泄されて血中から消失する」と記述されています。
したがって、筋弛緩剤を点滴で体内にゆっくりと入れた場合は、体内に入ると同時に排泄されるので、その効果は少なくなる、と多くの専門家は指摘しています。
万一、検察が主張するように、点滴投与が患者の急変の原因になるとしても、犯罪を立証するためには、具体的にどのくらいのボトル (何リットルの点滴溶液) にマスキュラックスをどの程度混入したのか、点滴の速度はどうだったのか立証されなければならないのに、 乙の点について検察はいっさい立証していません。

(2)警察の鑑定 は信用できない

【1】鑑定方法への疑問
鑑定は、大阪府警科学捜査研究所で行われました。鑑定には1mlあれば十分だと言われているのに、患者の血清、尿、点滴ボトルの全ての資料が消費されたことです。これは犯罪捜査規範18 6条に自ら違反するものです。弁護団は再鑑定ができなければ、本当に筋弛緩剤が混入されていたかどうかはもちろんのこと、証拠物とされている資料が本当5件の患者のものかどうかについての検証も不可能となり、鑑定結果の信用性を否定するものと厳しく批判しています。鑑定資料となった血清や尿が本人のものであるかどうかのDNA鑑定、血液検査さえ行われていません。実験ノートもないという杜撰なものです。

【2】警察鑑定には証拠能力も証明力もない
警察鑑定では「まず筋弛緩剤の主成分であるベクロニウムそのものの質量分析をおこない、その際出てきたデータ (m/z258) を基準値として、 患者の資料を質量分析した結果、 ベクロニウムが混入されている」と結論づけています。
ところが基準値とされたデータ (m/z2 58) はベクロニウムとはちがっており、ベクロニウムの正しいデータはm/z557、あるいはm/z279なのです。弁護団は二審で、世界最大の文献サイトの学術論文も示し、警察鑑定のデータの違いを指摘。また福岡大学影浦教授によれば、外国論文と全く同じデータである実験結果が得られ、警察鑑定のデータがちがっていることを指摘していますが、その鑑定意見書も提出しました。
さらに宮城県警と東北大との共同研究論文によれば、ベクロニウムの質量分析結果のデータm/z279. 2あるいはm/z557. 5が明記されており、弁護団とおなじデータなのです。
仙台高裁田中亮一裁判長は、このように疑問のある警察鑑定について何ら検証もせず、ベクロニウムの鑑定請求も却下し、有罪判決を重ねたのです。
いよいよ最高裁で、鑑定問題が最大の争点になっています。
弁護団は上告趣意書、補充書 (1) で警察鑑定についてさらに考察をすすめています。すなわち警察鑑定は、単に検出対象物を誤っただけではなく、本来検出されるはずのない化合物が検出されたとしている点 (定性分析)、また定量分析についても血清および尿内のベクロニウムが定量できたのか、実際に定量をおこなったのか疑問を提しています。
これに対し最高検察庁は答弁書のなかで、何ら根拠も示すことなく m/z258はあくまでベクロニウムであると開き直っています。
『手法自体に再現性のない警察鑑定』『ベクロニウムは検出されていない警察鑑定』、このような鑑定を根拠にして犯罪事実を立証することはできない。これが弁護団の結論です。 最高裁には科学的な判断を迫っていかなければなりません。

国民の裁判を受ける権利を侵害する

守さんの裁判は一審では週2回のハイペースで公判が開かれました。 2001年 7月11日の初公判以来155回の公判があり2004年3月30日が判決でした。
さらに二審では1人の証人尋問の他は実質審理はほとんどなく、被告人質問も弁護人の最終弁論の機会も認めず、4回の公判をひらいただけで有罪判決を出したのです。
一、二審を通じて裁判所は、証拠の全面開示や再鑑定の求めにも応えず、「迅速な審理」 の名目で結論を急ぐあまり、「科学的な審理の探究」を放棄し、国民の裁判所に対する信頼を裏切ったものと厳しく指摘されなければなりません。これでは裁判所自身がえん罪を正すどころか、えん罪を生み出す機関になってしまったといえるのではないのか。

いつ、えん罪にまきこまれるか、危うい社会

この事件は、 警察が思いこみ捜査により証拠も鑑定もないまま一人の青年を逮捕し「事件」をつくりあげ、7年近い青春を奪っているものです。こんなことが許されていいはずがありません。最近の相次ぐえん罪の報道で、違法な取り調べが告発されていますが、守さんの取り調べもまったく同様なものでした。そこで作られた 「容疑を認める供述書」について、4日目からは撤回、以後守さんは一貫して無実を叫んでいます。えん罪のおこる社会は誰もが安心して暮らせる社会とはいえないのではないでしょうか。
一人でも多くの方に北陸クリニック事件について真実を知っていただきますようお願いいたします。

仙台・北陵クリニック事件資料

<事件の経緯>

1999 年
2月     守さんが北陵クリニックへ就職

2000 年
 2月 2日  女児(1)急変、回復
10月 31日  A子さん(11)急変、重症
11月 13日  男児(4)急変、回復
11月 24日  下山雪子さん(89)急変、死亡
11月 24日  男性(45)急変、回復
12月 4日  守大助さんが (半田教授の要請に応じ)北陸クリニックを退職。夜に忘れ物を取りにクリニックへ行った際宮城県警警部補から、後に問題となる赤い針箱の件で職務質問を受ける。

2001 年
  1月 6日  宮城県警が守大助さん他2名の北陵クリニック職員を任意同行で取り調べ。 守大助さんが容疑を認める供述。A子さん(11) の殺人未遂容疑で逮捕。
  1月 9日  守大助さんが否認に転じる。
  1月 26日  下山雪子さん(89) に対する殺人容疑で再逮捕。
 2月 16日  女児(1)に対する殺人未遂容疑で再逮捕。
 3月 9日  男性(45)に対する殺人未遂容疑で再逮捕。
 3月 30日  男児(4) に対する殺人未遂容疑で再逮捕。
 7月 11日  仙台地裁で初公判。
 9月 24日  仙台弁護士会が地検、県警、拘置所へ人権侵害の警告勧告書。

2003 年
11月 18日  仙台弁護士会が大手新聞4社に対し、守さん逮捕当時の犯人視報道その他について勧告書を提出。
   19、25、28日
        150回の公判を経て検察側が論告求刑公判で無期懲役を求刑。

2004 年
 2月 9、10日
        最終弁論で弁護側が無罪を主張。
 3月 30日  仙台地裁が無期懲役の判決。
      弁護側即日控訴。

2005 年
  6月 15日  仙台高裁で控訴審初公判。
  7月 29日  守大助さんの接見禁止がようやく解除。
 10月 5日  仙台高裁が第4回公判で弁護側の鑑定請求を却下し結審。

2006 年
  3月 22日  仙台高裁が控訴棄却の判決。
     弁護側即日上告。
 12月     弁護団が上告趣意書提出。

2007 年
  5月    弁護団が上告趣意補充書(1)を提出。
  6月    弁護団が上告趣意補充書(2)を提出。
  8月 31日 最高検、答弁書提出。

<上告趣意書及び補充書(1)、(2)の目次紹介>

■上告趣意書 目次

第一点
原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。
第1 本鑑定には証拠能力も証明力もない。
第2 病状と経過は薬効に符合しない。
(事件性・病態症状論)
第3 証拠隠滅行動はない。
(証拠隠滅論)
第4 マスキュラックスの行方不明とは無関係。
(行方不明論)
第5 被告人の自白等の供述は無実の徴憑。
(自白論)
第6 誤った思い込み捜査とその過程。
(捜査過程論)
第7 判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認。
(まとめ)

第二点
原判決には、憲法違反があり、破棄されなければならない。
第1 本件各鑑定を肯定することは被告人の防御権の侵害であり、憲法違反となる。
第2 弁論権の侵害は憲法に違反する。

■上告趣意補充書(1) 目次

はじめに
1 東北大学論文 (パンクロニウム、 ベクロニウム及び関連化合物の LC-ESC-MS を用いた同時判定) について
2 土橋の検出した化合物はベクロニウムではない
3 土橋の検出した化合物は何か
4 土橋鑑定において30Hベクロニウムを検出した経過
5 鑑定資料からの30Hペクロニウム検出に対する疑問
6 土橋鑑定書の問題点
7 おわりに

■上告趣意補充書(2) 目次

第1 はじめに
第2 大島綾子の症状は中枢神経の障害
第3 中枢神経症状は筋弛緩剤の薬効では説明できない
第4 症状の原因は代謝性脳症
第5 急性間欠性ポルフィリン症の可能性
第6 病態・症状の原因解明を行なわない拙速捜査
第7 結論 (1、2審有罪判決は破棄を免れない)

※上告趣意書及び補充書をご覧になりたい方は事務局までお問い合わせください。

発行:無実の守大助さんを支援する首都圏の会
〒168-0081 東京都杉並区宮前5-9-24 サンハイツ宮前210 藤沢方
TEL:045-663-7952  FAX:045-663-7953

 

 

 
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