企画特集:「竹島」
【波頭を越えて 竹島リポート 第3部】(4)「領土」どう教える
踏み込めぬ教師、研究者
「竹島を日本の領土、と教えるべきかどうか、というのがありまして…」
今年1月24日、島根県隠岐の島町立下西小学校で、竹島をテーマにした初めての研究授業が開かれた。講師を務めたのは、父が竹島で漁をしていた同町の漁師、八幡昭三(78)。だが直前の打ち合わせで、八幡は主催した島根県隠岐郡教育研究会の担当者の言葉に耳を疑った。
「基礎的な知識や理解のない未発達な段階の小学生に、ラジカルなことを教えるのはどうだろうか、と…。日韓の間にはこういう問題がある、と教えて、後は中学校で学んだときに、子供たち自身が総合的に判断すればいいんじゃないか、と思うんです。政治運動に参加する子供を作り出すための授業じゃないですからねえ」。そう言って担当者は笑った。
八幡は担当者の顔がまともに見られなかった。授業では1週間前から準備してきたメモを握りしめ、5年生の子供たち7人に予定時間を20分もオーバーする熱弁をふるった。興味津々で聞き入る子供たちの姿に、少し救われたような気がした。
学校を後にした八幡は、やり場のない怒りをぶちまけた。
「竹島は日本領土なのに、なぜそう教えてはいけないんだ。あんな姿勢では、竹島を正しく子供たちに伝えられない」
今年度、同町教委は小学校高学年〜中学生向けの副読本『ふるさと隠岐』を発行。竹島は9ページにわたって掲載され、八幡の父、才太郎が残した『竹島日誌』も取り上げられた。地元でも竹島が教材化されたのは初めてのことだった。
だが、本文のどこにも「日本固有の領土である」とは書かれていない。
昨年の高校教科書検定で、文科省は初めて「竹島は日本の領土」と明確に分かるよう求める検定意見をつけた。政治・経済と現代社会で、竹島問題を扱った教科書はそれまでの8点から14点に増え、竹島が取り上げられた個所は35カ所に上った。
飛躍的な前進に見えるが、日韓の指導要領を比べるとその差はまだまだ大きい。領土問題について、日本の学習指導要領が「基礎的教養を養う」「我が国の国土を広い視野から考察」など抽象的なのに対し、韓国の「教師用指導書」は「独島(竹島の韓国名)は韓国領」を教えるのは当然で、「独島が誰の領土であるか質問し、そう考える理由を討論させ研究。我が国の領土である場合とそうでない場合の利益、不利益を発表させてもいい」など具体的に指示している。
なぜ日本の教育現場では、この問題をきちんと伝えるよう定めていないのだろう。
平成17年6月に島根県が設置した「竹島問題研究会」は、座長を務めた拓殖大教授の下條正男以外はほとんど県内の学識者で構成された。下條は「島根大、県立大の先生の多くが、竹島を韓国領だと思っていた」と当時を振り返る。島根史学会の会長も務めた県の“大御所”の研究者が、そうした主張をしてきたためで、ある研究者は「島根大も県立大も、その先生の薫陶を受けた者ばかり。異論を唱えたりすれば、学界で生きていけない」と明かす。
研究会の活動は、その学界に風穴を開けた。韓国側の主張とその論拠を研究し、史実をもとに検証、論破した。県内外に広く資料提供を呼びかけた結果、日本の領有権を裏付ける数多くの資料も見つかった。
だが、研究の分野でも日韓の差は歴然としている。
韓国政府は昨年、領土問題や歴史問題を研究し、外交政策を理論面で強化するための研究機関「北東アジア歴史財団」を設立。今年の予算は200億ウォン(約25億円)にも上る。対する日本では、下條らが心血を注いでまとめた研究会の最終報告書が、出版どころか一般配布用に印刷されることもなかった。県はネット上に「Web竹島問題研究所」を立ち上げて掲載する予定だが、18年度末で研究会が解散後、新たな研究組織を設ける予定はない。
下條はこう話す。
「今後韓国の主張を論破するには、日本で竹島の研究が広がることが必要だ。だが、若手の研究者が育っていない」(文中敬称略)