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2008年02月28日(木曜日)付

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プリンスホテル―少し勇気を出したなら

 「日教組(日本教職員組合)に会場を貸すことはけしからんと知らしめることが一つの目的。我々が迷惑だという理由で貸すのを断念したとしても、それはそれで結果が出た」

 これはある右翼幹部の言葉である。

 東京のグランドプリンスホテル新高輪が日教組に教育研究集会の会場を貸すのを断ったことは、右翼団体の思うつぼだったのだ。街宣車で騒音をまきちらし、威圧的に走り回れば、集会をつぶせるという悪い前例を残してしまった。

 そうしたことをプリンスホテルはいくらかでも反省しているのかと思っていたのだが、そうではなかった。ホテルの社長や親会社の社長が初めて会見し、「ホテル業としての安心安全を考えることも道義的責任」と述べ、会場使用を断ったことの正当性を改めて主張した。

 会場を使わせよ、という裁判所の命令についても、プリンスホテルは「正しいとは思っていない」と述べ、命令を無視したことの非を認めなかった。

 ホテルの周辺に街宣車が押しかければ、泊まり客や結婚式の客だけでなく、周辺地域にも迷惑となる。当日は多くの学校で入学試験が予定されており、道路が封鎖されれば、会場に向かう受験生らが混乱する。それらが、いったん受け付けた予約を取り消した理由だった。

 ホテル側の心配はわからないわけではない。しかし、社会の一員として考えてもらいたいことがある。

 ホテルに影響があるにしても、悪いのは日教組の集会ではない。わがもの顔で走り回る街宣車こそ、批判されるべきものだ。右翼の横暴に屈すれば、集会を開けるところがますます少なくなってしまう。それは健全な社会とはいえない。

 ホテル側は「集会の自由」について「民間に会場提供を強制するものではない」と主張している。そうだとしても、言論や集会の自由とはまったく無関係という顔をしていいのだろうか。

 ホテルが挙げる混乱についても、裁判所は「日教組や警察と十分打ち合わせをすれば、防げる」と判断した。

 世の中の理不尽な行為に対しては、警察の協力を得て、立ち向かう。日本を代表するホテルの一つであればこそ、そうした姿勢を示してほしいと思うのだ。

 ふだんは日教組に辛口な新聞も含め、多くのメディアがプリンスホテルの姿勢を厳しく批判したのも、著名なホテルの社会的責任を重く見てのことだろう。

 驚いたのは、集会参加の教師らの宿泊予約も取り消していたことだ。ホテル側は「会場使用と一体」というが、風紀を乱す恐れがある場合などを除いて宿泊は拒否できない。旅館業法違反の疑いが濃いと厚生労働相が述べたのも当然だ。

 もしプリンスホテルが右翼の横暴に対して少しの勇気を見せたなら、広く社会の共感を呼び、応援する市民や組織も出てくるだろう。それは健全な市民社会に勇気を与えることにもなるはずだ。

排出量取引―世界標準をリードしたい

 世界共通の課題となっている脱温暖化をめぐって産業界に変化が出てきた。

 反対論が強かった二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出量取引を始めるかどうか議論してもいい、と言い出したのだ。

 排出量取引とは企業などに排出枠を割り当て、枠が余れば売り、不足すれば買うことができる制度である。

 政府は、産業界の代表も交えた「地球温暖化問題に関する懇談会」をつくり、3月から会合を開く。この問題が最大の焦点となるのはまちがいない。

 産業界が方針を転換したことを歓迎したい。CO2を、ただで大量に出せる時代は終わりつつあるからだ。

 背景には、人間の活動による温暖化の深刻さを指摘した科学研究がある。昨年ノーベル平和賞を受けた「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の報告だ。脱温暖化は、紛争抑止と並ぶ安全保障上のテーマとなった。

 排出量取引は人間が考え出したなかなか柔軟な制度である。CO2は人が生きている限り出すことを避けられない。だから、一定の枠を超えても罰するのではなく、売買で解決しようという知恵だ。

 やり方には、さまざまある。

 一つは、排出枠を工場や発電所などの排出源に割り当てる方式だ。もう一つは、枠を燃料流通の上流である石油元売り業者などに配分する方式だ。

 割り当ての方法も、排出実績などをもとに無償で配る方法と、競売で買わせる方法がある。

 工場などへ無償配分する場合、割り当てを適正にしないと、すでに排出を減らした企業が不利になったり、削減努力なしに枠が売られたりする心配がある。

 05年に始まった欧州連合の排出量取引は排出源方式で、大半が無償割り当てだ。だが、欠点が明らかになって、13年以降は競売を大幅にふやす案が検討されている。

 排出量取引への機運が議会や州レベルで高まっている米国では、一部で上流方式をとる案が出ている。これは元栓のところで排出量に枠をはめることができるが、排出企業が枠をにらみつつ省エネに努めるという状況はつくれない。

 いま排出量取引は、欧州から世界に広がろうとしている。大切なのは、これらの長短を比べて公平で効果的な方式を見いだすことだ。

 福田首相はこの1月、日本も排出削減の数値目標を掲げることを宣言した。地球全体の排出削減目標を、国に分配することには同意したことになる。

 次は、これを産業界に分配し、それぞれの企業が目標に向けて努力する仕組みをつくるときだろう。

 どのような制度にするのか、具体的な設計は早ければ早いほどよい。それを世界標準に反映できるからだ。

 日本が脱温暖化の環境戦略で存在感を高める好機である。

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