韓国でクジラを食う

黒田勝弘

 韓国ではクジラのことを「コレ」といいいるかは「トルコレ」という。これが困る。というのは、韓国人はクジラとイルカを区別できない人が多いのだが、その原因のひとつがこの名称にあると思うからだ。

 なぜこんなことを言うかというと、最近、韓国の東海岸沖でクジラ資源が大いに回復しつつあって、そのニュースがよくテレビで紹介される。その際、水産関係当局の調査船などとともに画面に映し出されるのが、実はクジラではなくてほとんどイルカの姿なのだ。潮吹くクジラの代わりにイルカの群れがジャンプしている。

 また先年、釜山で「クジラあります」の看板につられて店に入ったところ、出てきた肉のほとんどがイルカの肉という苦い経験もある。イルカの肉をクジラ肉と偽って(?)平気で出しているところをみると、客の韓国人たちが見分けがつかないということではないか。ちなみにイルカの肉は臭いがあってとうてい食えない。

 韓国は日本と同じく国際捕鯨条約に加盟しているため捕鯨は禁止されている。その結果、クジラ肉は近年、ほとんど出回らなくなっており、食通にはさびしい。ただ時折、魚を捕る定置網にかかったクジラが水揚げされたとして、その肉が口に入ることがある。

 以前、ソウルのはずれの「芸術の殿堂」近くにあった「蔚山トルコレ」という店がクジラを食わせるのでよく通った。クジラが入ると店のおやじが電話をくれたのだが、その店もいつのまにかなくなった。東海岸の蔚山は昔、韓国の捕鯨基地だったところだ。店のおやじがそこの出身で、蔚山でクジラ肉が出回ると仕入れてソウルにもってくるのだった。この店もクジラを食わせるのに屋号はイルカという矛盾(?)があった。

 以来、クジラ肉からは遠ざかっていたのだが最近、韓国の東海岸沖でクジラが増え、しかも定置網によくかかるといって、水揚げされたクジラの姿までテレビに出ている。クジラ好きには朗報である。何とか食えないか思っていたら先日、蔚山に出掛けるチャンスがあったのだ。

 蔚山市はW杯サッカーの開催都市の一つになっていて、その競技場建設を取材する招待旅行で蔚山に行った。その際、クジラのことを思い出し、取材の合間にタクシーを飛ばし往年の捕鯨基地・長生浦に出掛けた。ほぼ十年ぶりの訪問だったが、何とうれしいことに、ぼくの記憶に残っていたクジラ専門店「ワン(王)コレ」がそのままあったのだ。

 捕鯨船の砲手出身の主人は三年前に他界し、ヨメが跡を継いでやっていた。大いに歓迎してくれ、「ちょうどよかった」といって前日に入荷したばかりというクジラ肉を刺身で出してくれた。そのうまかったこと。ただ捕鯨禁止下でのクジラ肉の入荷は限られている。「次に来るまで残しておいてよ」といいつつソウルに帰ったのだった。

 <筆者紹介>
 くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信外信部を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。

東洋経済日報 3月 9日号 随筆から

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