車に跳ねられた。
(痛い。痛い痛い痛い全身マジ痛い有り得ないくらい痛い)
衝撃、混乱、暗転。
(痛い! 死ぬ! 死んでしまう!)
急激に薄れていく意識の中、激痛に苛まれる。何かを掴もうと反射的に伸ばされた手の先に、触れる物があった。
指先に触れた感触に、掠れた目を開く。
そこには買ったばかりの新刊。ズタボロになった紙袋から除く、ラノベの表紙があった。
ラノベを手に取った状態で息絶える男。
(うっわぁ……なんか、とてつもなく恥ずかしい死に方だ、よ、なぁ…………)
それが、彼の現実で抱いた、最期の記憶になった。
* * *
「……って、生きてる?」
気付けば、知らない天井が視界に飛び込んできた。
病院にでも担ぎ込まれたのか? 入院とかこのクソ忙しい時期にヤダなぁと思いながら、ゆっくりと身体を起こす。
何故か痛みを感じなかった。感覚が麻痺してる訳でもない。拳を握る感覚もあれば、身体起こす際も、何の支障もなかった。
しかし、何かが変だ。全身の感覚が違和感を訴えていた。
違和感の正体がわからず、首を傾げた所で、部屋の内装が視界に入る。
「って、なにこの豪華な部屋は?!」
豪華、と評するのも何か間違っていそうなぐらいに、えらく高級そうな調度品で溢れ返った部屋が、目の前に広がっていた。どこか中世的な印象を受ける調度品が、そこかしこに置かれている。
「どういうこった……?」
車に引かれた先で、目覚めるような場所だろうか? ますます首を捻った所で、部屋の扉が音を立て開かれる。
「ん……?」
「あ、どうも」
入室してきた相手と視線があったので、反射的に会釈を返す。こういう反射的な動作って、どうしても国民性が現れるよなぁとかどうでもいいことが頭に浮かぶ。
ぼけーっと間抜け面をさらしながら相手の顔を見据える。相手は目を見開いて、こちらを見据えていた。何故かぷるぷると身体を震わせながら、動きを止めている。年齢的には初老に達したぐらいだろうか? 彼の格好は思わずセバスチャン! とか呼び掛けたくなるような見事な執事ルックだ。
これはアレか? 新設の執事喫茶のモデルケースに客として選ばれたとかいう落ちだろうか? そんな埒もない考えを抱いたところで、セバスチャン(仮称)がようやく動き出す。
「で、殿下!! お目覚めになったのですね!!」
「うおっ!?」
「ジイは、ジイは本当に心配したのですよ!!」
「って、抱きつくなぁーーーーっ!?」
涙目になったセバスチャン(仮)に抱きつかれる。じいさんに抱きつかれて喜ぶ趣味はない。全力で拒否させて欲しかった。
「って、キタナっ! 鼻水がつく!!」
「うううっ、殿下、殿下! ご無事でなによりです。ズビーっ!」
「ってウギャーっ!? じいさんあんた今、鼻かみやがったろ!」
「聞こえませんぞ! 何も聞こえませんぞ! ズビーっ! ズビーっ!」
「うげげっ! 止ーめーてーくーれーっ!?」
怪奇、子泣きじじいの鼻水攻めから逃れようと全力でもがく。しかし、事故の影響で全身の筋肉が衰えているのか、まるで押し返せない。老人相手に抵抗もできないって成人男性としてどうよと思った所で、ずっと感じていた違和感の正体に気付く。
「じいさん……なんで、あんたそんなデカイんだ?」
「はい……? いったい、どういった意味でしょうか、殿下?」
こちらの様子から、ただならぬ気配を感じ取ってか、じいさんがようやく身体を離す。
こうして見ると、やはりデカイ。自分の身長は180越えていたはずだから……このじいさん、どんだけデカイんだ? 戦慄を覚え、思わず両手を揃えてありがたやーと拝んでしまう。そんなこちらの挙動に、何か不穏なものを感じ取ってか、じいさんが頭を抱えて叫ぶ。
「で、殿下ー!? やはり落馬の衝撃で、意識が混濁しておるのですか!?」
「は? 落馬?」
落馬ってどういうことだ? 交通事故って意味では広義の意味じゃ間違っていないのだろうが、幾ら何でも落馬はないだろ。いったいここはどこのロマンチック街道だよ。
じいさんの妄言にはつきあってられないなぁと肩を竦めた後で、医者はいないのか? と改めて室内に視線を転じてみる。
無駄に豪華な調度品の数々。小市民として超えられない壁を感じながら、屈してなるものかとぐっと視線に力を込めて、部屋を見渡す。
ふと気付く。
一人の子供がベッドの上で、上体を起こした状態でこちらを見据えていた。
誰だ? 怪訝に思いながら視線を送ると、相手もこっちを遠慮なくジロジロと見据えてきた。どうやら、相手もこの状況を不審に思ってか、こっちを観察してきたようだ。
お前さんも訳もわからぬまま担ぎ込まれた口かい? そう思いながら、やれやれと肩を竦めた所で、更なる違和感に気付く。
……気のせいだろうか? 相手の動作が、こっちに寸分違うことなく、追随しているように見える。
手を伸ばす。首を傾げる。何度か動作を繰り返した所で、存在を忘れ掛けていたじいさんが、怪訝そうに尋ねる。
「鏡を見つめて、いったい何をしておるのですが、殿下」
「鏡……」
視線の先、これまで一度も見た覚えのない容姿をした少年が、こちらをじっと見返している。
「……そうか。あれは、鏡なのか」
「え、ええ」
鏡の中で、金髪碧眼の子供が居る。彼は蒼い顔して、こちらを見返していた。
背格好からして、五才くらいだろうか? 外人の子供の年齢ってよくわからんが、少なくとも十歳には達していないはずだと当たりをつけながら、自然と口が動く。
「……じいさん。さっきから、殿下殿下言ってるけど、それって誰のこと?」
「殿下は殿下以外におりませんぞ」
怪訝そうに、じいさんはこちらに呼びかけてくる。
「……殿下」
良し。落ち着け。これは夢だと叫び出したくなるのを必死に堪えて、質問を続ける。
「……ここで寝てたのは、落馬したから?」
「そうです。お忍びで出かけた先で、殿下が落馬したと報告を受けたのです。あのときは、じいも生きた心地がしませんでしたぞ」
再び感極まった様子で、涙をぐむじいさん。
しかし、いよいよ混乱を始めた意識は、涙目のじいさんにかまってられるような余裕など一切存在しなかった。
殿下……王族ってことか? 貴族制度はまだ外国にも存続していたはずだ。でも、事故にあって気付いたら別人、それも外国の子供(王族)になっていたって、いったいどんな状況よ?
というか、ここまで不可思議現象が続くと、ここが現代かどうかも怪しい所だな。ひょっとして生まれ変わりってやつか? ……いや、だがそうすると、身体が5歳くらいから始まる説明がつかない。憑依、という言葉が頭に浮かんだ。
混乱した思考は暴走するばかりで、次々と益体もない考えが浮かび、現状に対する結論は一向に出そうにない。
「わ、訳がわからん……」
「お労しや。やはりまだお疲れのようですね、ウェールズ殿下」
「ウェールズ……?」
くぅっとじいさんが目元を拭いながらつぶやいた名前は、どっかで聞いたことがあるような名前だった。
嫌な予感がする。具体的に言えば、家を出た瞬間にガスの元栓を締め忘れたかどうか不安になったときに味わうような感覚だ。
「……一つ聞きたいんだが、この国の名前は?」
「? アルビオン王国に決まっております」
この質問は予想外だったのか、きょっとんした様子で、じいさんのつぶらな瞳がこちらを不思議そうに見据えていた。
「……この大陸の名前は?」
「ハルケギニアですよ、殿下」
「もしかして隣国に、トリステインとかゲルマニア、ガリアとかあって、おまけに魔法とか存在しちゃったりするのか?」
「もちろん、存在しちゃったりしますぞ」
一瞬の間。
「冗談じゃねぇーーーーぞぉっっっ!!!」
「でっ、殿下が御乱心じゃぁ!?」
爆発した感情の波に任せるまま、絶叫していた。
(マジで冗談じゃねぇぞ!? アルビオン、トリステイン、ハルケギニア、とどめに魔法が存在するだって? これはゼロの使い魔の世界だとでも言うのか? その上、アルビオンの王族でウェールズ殿下? そりゃレコンキスタの反乱で滅亡する国で、おまけにワルドにぶっ殺された王族じゃねぇかっ!?)
混乱の極みの中で、はっとまず最初に何よりも優先して確認するべき事柄を思い出す。
「じいさん!! ちなみに今、反乱とか起こってるかっ!?」
「は、はい?」
「どうなんだっ! 答えくれっ!!」
「い、いえ。建国以来、アルビオンにおいて、国体を損なうような逆賊の輩は出ておりませんが……」
「……そっか」
思わず安堵の息が漏れた。
考えてみれば、ワルドにぶっ殺されたとき、既にウェールズは成人していたはずだ。そのウェールズが自分なら(認めたくない!)、仮にここがゼロの使い魔の世界で(認めたくないが!)、ここがアルビオンだとしても(断固認めたくないが!)、まだ反乱は起こっていないということだろう。
もうなんというか全て事故の衝撃で混濁した意識の作り出した幻覚か、妄想であってくれと思いたいのだが、哀しいかな。身体の感じる世界の感覚は、あまりに真に迫っていた。
二次創作に良くある、異世界憑依ものってやつなのだろうか? そんな可能性をチラりとでも本気で検討してしまう辺り、もはや気が狂ってきているのかもしれない。
しかし、身体の訴える感覚は、これがお前の現実だと、しきりに訴え続けている。
(悪夢だなぁ……)
おまけに、この憑依相手はあんまりだと言えた。
亡国の王子なんて面白い存在も、創作物では良く見る設定だったが、張本人になったらそうも言ってられない。
再び叫び出したくなるのを、必死に堪える。
(落ち着け。反乱まで、まだまだ時間がある。そして、いずれ反乱が起こる事がわかっているなら、対策も打てる可能性は残っている)
自分の身体を見る限り、成人するまでまだまだ十数年余りの猶予があるはずだ。その間に、どうにか反乱が起こらないような状況を構築するしかない。幸い、自分はこの国でもトップに近い位置にいる。まだ子供であるが、これからの動き次第では、それなりの立場に立つことも可能だろう。というか可能であってくれないと死ぬ。
「くっ、絶対に! 絶対に生き残ってやるぞ───っ!!」
「あわわわ、やはり殿下が御乱心じゃぁーーーーーーーーー!!!」
この日、アルビオンの第一王子は落馬による衝撃で昏倒。
一度意識を取り戻すも、いまだ本調子ではないとして、数日の間、面会謝絶の状態で、絶対安静を言い渡されるのだった。
- 2007/07/21(土) 21:33:01|
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