約27年前の「ロス疑惑」で殺人罪などに問われ、無罪が確定している元被告の三浦和義容疑者が、渡航先の米自治領のサイパン島で逮捕された。ロサンゼルス市警の要請によるもので、妻の一美さんが殺害された銃撃事件についての殺人と共謀の容疑という。
決着がついた事件と受け止められていただけに、人々が驚倒するのも無理はない。一事不再理原則によって、国内では同じ容疑で繰り返し逮捕、起訴されることはあり得ないからでもある。ましてや三浦容疑者を逮捕した88年の警視庁の捜査は、日米共同で進められ、国外犯としての処罰を目指した日本側の姿勢を米国側が理解していたはずだった。
それだけに突然の身柄拘束は意外に映るが、三浦容疑者は昨年末にロス市警に事情を聴かれていたといい、水面下で粘り強い捜査が続けられていたのだろう。もともと米国で発生した事件であり、ロス市警が凶悪犯罪を未解決にできないと執念を燃やしていたとしても不思議はない。関係者が帰国したため、警視庁が捜査した経緯もある。
今回の逮捕に、法的な問題はなさそうだ。判決の効力は外国に及ばず、ロス市警の捜査は一事不再理原則には触れない。現地法に殺人罪などの時効はない。
日本側への事前通告はなかった模様だが、ロス市警が新たな証拠を入手し、捜査を再開していたことも考えられる。厳密な立証が求められる日本の精密司法とは異なり、状況証拠がものをいう米国の陪審裁判なら同じ証拠でも有罪に持ち込める、との計算が働いているのかもしれない。
米国領に入るのを待ち受けていたかのように身柄を拘束したのは、犯罪人引き渡し条約などの捜査共助手続きを通じたのでは、日本側から一事不再理を理由に拒まれると判断したせいかもしれない。逮捕容疑に共謀罪があれば、双罰主義の立場から応じるわけにいかないという事情もある。
いずれにせよ、外国との往来が活発化している今日、国内で無罪が確定したのに、渡航先で再び逮捕される事態が好ましいとは言い難い。容疑者や被告人の防御権の問題としても、法的安定性の点でも疑問は残る。2国に刑事責任を追及されると、時効の中断によって、容疑者にとっては永久に時効が成立しないことも考慮されねばならない。
他国で裁判にかけられた事件は自国内で蒸し返さないのが最近の流れというが、この種の事件の取り扱いは罪刑法定主義の立場からも、関係国が協議し、ルール化することが望ましい。
日本の関係当局は今回も、邦人保護の立場から外交ルートなどを通じて米国側に捜査方針や証拠について照会し、結果を公表すべきだ。ロス市警など米国の捜査機関も、捜査状況などを明らかにしてほしい。
毎日新聞 2008年2月25日 東京朝刊