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【正論】国学院大学教授・大原康男 個人信条からの独立の難しさ

2008.2.25 02:30
このニュースのトピックス正論

 ■「裁判員制度」にまだ再考の余地

 ≪裁判官は何に拠るべきか≫

 東京裁判で被告全員に対する無罪判決を下したパール判事をめぐって、とりわけ、同判事がガンジー主義者であることを主たる争点とした熱っぽい論議が交わされている。本年1月14日の本欄でも渡部昇一上智大名誉教授がこの問題に言及したが、その際、裁判官個人の思想と裁判の判決を区別して「近代国家の裁判では、判事個人の信念や宗教を出してはいけないのである」と明確に指摘しているのが目にとまった。

 私自身はこの一連の論争に新たに参加することはないにしても、ごく当たり前のように見えるこの見解も一般には十分に理解されてはこなかったという思いが遠い記憶の底から蘇ったからである。

 もう30年も昔の話だが、昭和52年7月13日、最高裁は「津地鎮祭訴訟」の判決を言い渡した。周知のように、本訴訟は三重県津市が総合体育館を建設するにあたって、神式の地鎮祭を挙行したことが憲法の政教分離規定に違反するとして提訴されたもの。地裁は合憲、高裁は一転して違憲と分かれたが、最高裁大法廷は再逆転となる合憲の判断を示して確定し、ここで初めて提示された「目的効果基準」の論理は、政教分離原則を柔軟に解釈・運用する法理として司法界に定着している。

 ≪キリスト教徒という立場≫

 この最高裁判決は10対5の多数判決であったが、違憲とした少数派の一人が裁判長の藤林益三長官である。5人合同の反対意見に加えて単独で追加反対意見を書いた藤林長官は無教会派のキリスト教徒、意見書の中では「神社神道の神観は原始的であり、超自然的、奇蹟的要素がほとんどなかった」とか、「神社神道も仏教も、その教義は多神教もしくは汎神教であって、キリスト教のような人格的一神教ではなく、個人の人格の観念を刺激し、基本的人権の観念を発達せしめず、したがって、信教自由の原則の重要性を認識させることも少なかった」とか、キリスト教の優位性をあらわに披瀝(ひれき)している。

 何せ同長官は就任直後の記者会見で「私はキリスト教徒。アガペーの精神でものごとを考えたい。アガぺーはギリシャ語で“愛”という意味だ」と述べているのだから、何の痛痒(つうよう)も感じなかったのだろう。不思議なことに当時のマスメディアはこれをごく好意的に受け止めたが、もしも長官が神道人あるいは仏教者であって、同様な趣旨の抱負を語っていたならばどうであったか。

 似たようなことは繰り返される。戦没者を記念する忠魂碑を公費で移転したことは違憲であると訴えた「箕面市忠魂碑移転訴訟」で昭和57年3月24日に下された大阪地裁判決は「我が国の国民性は、宗教に対しては極めて無節操であり、神と人との区別がつかない特異な民族である」ので、政教分離は「厳格に」と説教しているからだ。これは日曜日の教会礼拝を欠かさないという熱心なクリスチャンである古崎慶長裁判長の考えが色濃く出ていると思われるが、さすがにこの時には厳しい批判が浴びせられた。

 ≪「素人」に強いていいのか≫

 たしかに、法曹界には「法解釈には、その人の価値観、世界観が大きく影響するから、裁判官の信仰が判決内容に現れる」という考えもあるようだが、自己の信仰や信条を大切にしながらも、最終的には法に忠実に従って社会秩序の安定と国民生活の円滑な維持に資するという立場からことを判断するのが法の番人としての責務であろう。

 この意味では、平成16年4月7日の「小泉首相靖国神社参拝訴訟」福岡地裁判決が「こうした参拝を繰り返させないために」との信念に駆られて傍論で違憲判断を示したのも同じ過ちを犯している。

 さて、先般、日本新聞協会の「取材・報道方針」も公表され、実施へ向けての準備が着々と進められている裁判員制度に対し、依然として強い反対論がある。

 もちろん、こちらは刑事裁判であり、政教訴訟のような民事手続による裁判とは性格を異にするけれども、たとえば、仮に死刑を科すべきか否かという難しい局面に至った時には、裁判員個人の生命観や社会的正義感といったものが重大な試練に直面することも予想される。

 既述してきたように、専門の裁判官でさえ「法に従って裁判を行う」ということに必ずしも徹しきれていない現況で、決して望んでなったわけではない素人の裁判員がそうした葛藤(かっとう)に耐えうるのか、いや、そのような負担を強いられねばならないのか−−深刻な懸念を改めて抱かざるを得ない。裁判員制度には再考の余地がまだ多分に残っている。(おおはら やすお)

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