巨大匿名掲示板2ちゃんねるの書き込みをめぐって、かつて“盟友”とされた2人が争った訴訟は、書き込みの一部が名誉毀損にあたるが、新たなスレッド作成を禁止する請求は退けらるといった判決が下された。判決内容はこれまでの判例を踏襲した形で、インターネット上の表現の自由に関心を持つ山口貴士弁護士も「読む限りでは、これまでの枠組み通りの判断である」と話している。
争っていたのは、「切込隊長」として知られる、会社役員の山本一郎氏(34)と、「2ちゃんねる」の管理人、ひろゆきこと西村博之氏(31)。判決で認められた名誉毀損、侮辱行為の書き込みは、2ちゃんねるの「投資一般」板にあった、山本氏に関するスレッドの中にある、「態度のでかい乞食」や「自作自演は頭と心の病気」、「嘘を吐きまくっては相手を陥れるキチガイ」などだった。
■名誉毀損・侮辱の基準は?
スレッドの書き込みが名誉毀損や侮辱にあたるかどうかは、裁判所が想定する「一般読者の普通の注意と読み方」が基準だ。
「スレッドを潰すために必死に自作自演をしている」「企画を立てただけで何もせずに数百万円を持ち逃げした」――。こうした言葉が「社会的評価を低下させる」と判断するには、言葉の意味によって左右される。言葉の用法の立証に際しては、「広辞苑などの権威ある辞典を証拠として出すことも多い」(山口弁護士)。たとえば「持ち逃げ」は、『広辞苑』では「他人の所有物を持って逃げること」を意味するため、裁判所は、「窃盗や詐欺を連想させる」などと判断している。
「『神宮前.org』の乗っ取りに成功したが、2ちゃんねるの乗っ取りには失敗した」については、直ちに、社会的評価は低下しない、とした。これは「乗っ取る」の意味が、「攻め入って奪いとる。奪って自分の支配下におさめる」(『広辞苑』)など、「適法な企業買収行為を含む多義語」のためだ。ただし、この文章は、文脈上は、山本氏の社会的評価を低下させ、侮辱するもの、であるとして、実質的には違法性を認めた。
名誉毀損は、真実性、公共性、公益性が認められれば、違法性は阻却される。この点について、西村氏は、証人尋問で『神宮前.org』の乗っ取りは真実だ、とする旨を主張した。しかし、公共性や公益性については主張せず、証拠も提出しなかった。そのため、真実性について判断するまでもなく名誉毀損が認定されたのだ。
■削除義務があるのか?
損害賠償責任については、1)投稿者の侮辱、名誉毀損の書き込みをほう助した、2)それぞれの書き込みが西村氏によるもの、3)山本氏の名誉を毀損することや侮辱することを目的に過去ログ倉庫に収納し、閲覧可能にした――との山本氏側の主張を裁判所は認めなかった。
一方、西村氏が2ちゃんねるの運営・管理の責任者であることや削除ガイドラインを定め、削除人に権限を与えていることなどを考慮すると、名誉毀損、侮辱と主張する人に対して、「被害の拡大を阻止するための有効適切な救済手段」として、削除義務を負うのが相当、と位置づけた。
■削除の時期は?
ただし、削除の時期については、2ちゃんねるのアクセスは1日に2億から3億とも言われ、書き込み数は200万件程度であることから、即時に対応することも困難として、名誉毀損や侮辱などの書き込みを知りえた時点、とした。
西村氏は準備書面で、1)訴状の郵便が届くまで書き込みの内容を知らず権利侵害を知り得ない、2)訴状が届いた後は、一連の書き込みを削除した――と主張としており、筋が通っているのではないかと思われる。しかし、この主張が認められなかったのは、「口頭弁論終結時までに本件書き込みを削除したと認めるに足る証拠はない」とされたからだ。これは、「削除した証拠を出さなかったためだろう」(山口弁護士)。
どれくらいの期間で削除することが「義務」なのか。そもそも削除義務は書き込み者にあり、管理者が行うのは例外で、管理者が常時チェッックする義務までは負わないとされている。しかも削除するのも違法性が明確な場合だけだ。 削除する期間は、内容とアクセス数、管理体制などによっても変わるという。「通知を受けた後、10日で削除した、というケースで損害賠償責任が認められなかったことがある」と山口弁護士。そのため、「この期間で削除しないと責任を問われる」といった一般化はしにくいのが現状で、判例を積み重ねていくしかないのだろう。
■スレッドの差し止め請求の妥当性
山本氏側は、名前である「山本一郎」やハンドルネーム「切込隊長」の文字列を含むスレッドを新たに立てることの差し止め請求もしていた。一方、西村氏は、他の「山本一郎」も存在することや、「切込隊長」は他でも使われる名称であり、その文字列の独占権はなく、さらに、将来にわたり「山本一郎」という名の人物について議論できないのは異常な状況だ、と反論していた。
裁判所は、投資一般板では、山本氏を揶揄するための書き込みを含む話題をするためのスレッドが立っている、ことは認めた。しかし、「論理的にはできるかも知れないが物理的にはかなり難しい」「特定の電子掲示板において、特定の文字列を含むスレッドを立てさせないようにすることが技術的に容易であると認めるに足りる証拠はな(い)」、「被告(西村氏)に著しく過大な手数や負担をかける虞(おそれ)がある」などの理由から、「将来にわたり終期を定めずに一切禁止することは、投資一般板に限ったとしても、表現行為に対する規制としては過度なものといわざるを得ない」として、差し止め請求は認めなかった。「特定人について言及するスレッドを立てること自体の差し止めを認めることは表現の自由の観点から大いに問題があり、裁判所の判断は妥当」(山口弁護士)。
こうした名誉毀損、侮辱に相当する書き込みの賠償責任には、本来、書き込み主にある。しかし、匿名性のある掲示板では、書き込み主が分からないこともあるため、運営・管理の責任者が責任を問われることになるのは、これまでの裁判の流れを踏襲している。
(記者:渋井 哲也)
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