1.総評
【2008年度センター試験の特徴】
・出題構成は昨年とほぼ同様。難易はほぼ昨年並。
・基本的な知識を求める問題や、丁寧に読解・考察すれば解答が可能な素直な問題が中心。
・資料やリード文の読み取りを伴う設問が例年よりも多く、丁寧な読解が求められた。 |
大問構成や出題分野、解答数などの出題形式は昨年と同様で、現行課程に移行してから変化していない。基本事項を中心に思想の理解や思考力を求めるものが多く、日ごろの学習成果があらわれる出題であった。現代の諸課題は諸分野を総合的に出題するかたちであったが、昨年に続き生命倫理に関する設問は見られなかった。資料の読み取り問題が例年よりも多めに出題されており、リード文の趣旨を判別する問題などとあわせて読解力が求められた。
2.全体概況
【大問数・解答数】 |
大問数5、解答数は37個で昨年から変更なし。 |
【出題形式】 |
昨年から大きな変化はないが、組合せ問題が3→6と増加し、「倫理」では初めて3文の正誤判別問題が1問出題された。また、資料を使用したものとしては、統計図の読み取りが1問、文章資料の読み取りが3問とやや多めに出題された。それ以外にもリード文の趣旨を判別する問題が4問、設問の定義に沿った具体事例の分類が2問あるなど、読解力・論理的思考力が求められた。なお、第5問はここ2年3パートに分割されていたが、まとめて出題された。 |
【出題分野】 |
現代思想からはフランクフルト学派についての出題があった。 |
【問題量】 |
昨年並。 |
【難易】 |
ほぼ昨年並。 |
※試験開始時に、問題訂正があった(第5問リード文中の下線部e)。 |
3.大問構成
大問 |
出題分野・大問名 |
配点 |
難易 |
備考(使用素材・テーマなど) |
第1問 |
働くことの意義 |
8点 |
易 |
青年期 |
第2問 |
運命と意志 |
24点 |
標準 |
源流思想 |
第3問 |
自尊と他者 |
24点 |
標準 |
日本思想 |
第4問 |
道徳的な責務の由来 |
24点 |
やや易 |
西洋思想 |
第5問 |
現代社会における責任 |
20点 |
やや易 |
現代の諸課題 |
4.大問別分析
第1問「働くことの意義」(青年期)
- 働くことの意義をテーマとしたリード文から、青年期に関して3問出題された。例年と同様、具体事例の判断や図の読み取りなどが出題されており、落ち着いて対処すれば易しい。
- 問1はジェームズ・マーシアの説明による自我同一性獲得の状態を、具体例を通して分類する問題。この分類の定義はほとんどの受験生が知らない内容だが、設問で示されている「探索」と「関与」の位置づけを落ち着いて読み取れば、解答自体は易しい。
- 問2は青年期に関する人物とキーワードの基本的な組合せ問題。シュプランガーについては迷った受験生もいたかもしれないが、フランクル=「生きる意味」をおさえていれば組合せから正答を導くことができる。
- 問3は今回唯一の統計図の読み取り問題で、仕事と余暇のあり方についての意識調査に関する統計が用いられた。図中の数値に沿って選択肢の内容を吟味していけば正誤判断は容易である。
第2問「運命と意志」(源流思想)
- 「運命」をテーマとしたリード文から、キリスト教、仏教、ソクラテス、老子、イスラーム、アウグスティヌス、ブッダの資料読み取り、インドの宗教的実践などに関して出題された。ギリシャからの出題は1問のみであった。
- 問1は涅槃に到達するための実践として「四諦」を選ぶ問題。基本事項だが、「六道」と迷った受験生もいたか。
- 問2はソクラテスについてのデルフォイの神託を問うもので、思想の内容理解というよりも、エピソードを知っているかどうかがポイントとなっている。知らずに「おのれの無知を自覚せよ」を誤って選んだ受験生もいたのではないか。
- 問3〜5はそれぞれ老子、イスラーム、アウグスティヌスに関するオーソドックスな出題。一部に迷うものもあるが、基本的な理解があれば解答できる。
- 問6はブッダが説いた内容に関する資料(『スッタニパータ』)の読み取り問題。丁寧に選択肢と照らし合わせていけば難しくはない。
- 問7はインドの宗教的実践に関する出題であったが、誤答選択肢はヨーガの起源や六波羅蜜の内容に踏み込む必要があるため、判断しにくい。正答の初期仏教やジャイナ教の不殺生主義を積極的に選べたかどうかがポイント。
第3問「自尊と他者」(日本思想)
- 「自尊」をテーマとしたリード文から、山鹿素行、福沢諭吉、本地垂迹説、清き明き心(清明心)、『葉隠』の資料読み取り、山崎闇斎、夏目漱石、新渡戸稲造、植村正久などに関して出題された。なお、仏教に関する出題は昨年に続きほとんどみられなかった。
- 問2は本地垂迹説の内容についての基本的な出題。神と仏の関係を理解していればよい。
- 問3は清き明き心(清明心)に関して誤りを選ぶ問題。受験生にはほぼ初見と思われる資料文が選択肢となっているが、厭離穢土・欣求浄土は浄土教の内容で明らかな誤りなので、正答は積極的に選べる。
- 問4は『葉隠』の資料読み取り問題。古文の書き下し文は、ここ3か年続けての出題であった。古文の読解を苦手としていなければ、内容的には難解なものではない。
- 問5は山崎闇斎の思想の内容を選ぶ問題。山崎闇斎については押さえきれていなかった受験生もいた可能性があるが、誤答の林羅山、石田梅岩、吉田松陰は、キーワードが明確で判断しやすいため、消去法でも解答できる。
- 問7は、近代日本のキリスト教徒について述べた文章をもとにした、空欄補充の組合せ問題。新渡戸稲造と内村鑑三の区別は昨年も出題された基本事項。本問では植村正久を選べるかどうかがポイントで、井上哲次郎との区別はやや難しい。
第4問「道徳的な責務の由来」(西洋思想)
- 「道徳的な責務」をテーマとしたリード文から、功利主義、ベーコン、デカルト、ベルクソン、アダム・スミス、ホルクハイマーとアドルノ、カント、ジェームズの資料読み取り、ハイデッガーなどに関して出題された。
- 問1はカントの定言命法についての問い。近年のセンター試験で頻出の内容で、易しい。
- 問2は自然に対する人間の態度について述べた文章中の空欄に入る人名の組合せを選ぶ問題。帰納法=ベーコン、物心二元論=デカルトは基本。工作人(ホモ・ファーベル)=ベルクソンを判断できたかどうかがポイント。
- 問4はフランクフルト学派についての出題で、ホルクハイマーとアドルノの道具的理性についての理解が問われた。知識があいまいだと、正答選択肢をプラグマティズムの道具主義と勘違いし、ハーバーマスの対話的理性の内容を誤って選んだ可能性がある。
- 問6はジェームズの『宗教的経験の諸相』を用いた資料の読み取り問題。資料だけから正答を導こうとすると迷う。設問文から出題の意図を把握した上で、「義務行為・許容行為・禁止行為」がそれぞれ誤答選択肢に該当すること、「いずれかに分類することが難しい」「この種の特殊な行為」が正答選択肢に該当することに気付けたかどうかがポイント。
第5問「現代社会における責任」(現代の諸課題)
- 「責任」をテーマとしたリード文から、汚染者負担の原則(PPP)、公益通報、アカウンタビリティー、ウェーバーの官僚制、ラッセル-アインシュタイン宣言、NGOとNPO、京都会議などに関して出題された。例年と同様に諸課題分野が総合的に出題されたが、生命倫理は昨年に続いて出題されなかった。なお、現行課程になってから2年間はA〜Cの3パート構成であったが、今年は一つのリード文から出題された。
- 問1は、責任の用法を、具体事例に沿って分類する問題。設問文には「本文の内容に即して」とあるが、本文を読まなくても解答できる。落ち着いて対処すれば易しい。
- 問2は、公的機関・企業の不正行為や事故を防止する制度に関する時事的知識を問う出題で、汚染者負担の原則(PPP)、公益通報、アカウンタビリティー(説明責任)が扱われた。制度の詳細な内容に踏み込むものではないので、概要を理解していれば正答を選べる。なお、3文の正誤判別形式での出題は、「倫理」としては初めての出題であった。
- 問5は、NGOやNPOの活動に関して、誤りの文を選ぶ問題。「参加者が金銭的な報酬を得るのは避けるべき」というのが誤りだが、利潤追求を目的としないということと明確に区別できていない受験生は迷った可能性がある。
- 問6は環境倫理に関する出題。「宇宙船地球号」、リオ宣言、京都会議などについての知識が求められた。京都議定書は発展途上国に排出削減義務を課していない点を押さえていたかどうかがポイント。
5.過去5ヵ年の平均点(大学入試センター公表値)
年度 |
2007 |
2006 |
2005 |
2004 |
2003 |
平均点 | 69.66 |
68.74 |
67.03 |
69.87 |
60.66 |
6.2009年度センター試験攻略のポイント
- 例年、思想家や思想の内容理解を問う出題が中心なので、各選択肢が「誰の思想か」を判断できるよう、重要語句の意味内容を確実に把握しておくことが必要。リード文のテーマを中心に問われることも多いので、事例で出題されても押さえられるくらいまで理解を深めたい。
- 思想家どうしの相違点や共通点、思想史的な流れも押さえておくと効果的である。また、思想家の生きた時代背景や本人のエピソードなどを知っていると解答しやすい設問が出題される場合もあるので、思想とあわせて把握するように心がけたい。
- 現代の思想家は、フーコーやハーバーマスなど構造主義・ポストモダン・フランクフルト学派などの思潮、さらにロールズやアマーティア=センといった近年注目度の高い人物を一通り押さえておきたい。日本思想では少なくとも丸山真男・小林秀雄などをみておく必要があるだろう。
- 現代の倫理的な課題については、「倫理」の枠にとらわれずに学習することが重要。最低でも教科書・資料集レベルのキーワードは、一通り押さえておきたい。日頃から新聞やニュースに目を通しておき、たとえば企業倫理や食の安全、国際社会への日本の対応といった主要な問題については、課題のポイントや、制度面の動きを把握しておくようにしたい。
- 読解力・論理的思考力を問う出題は、慣れることが重要。リード文の読解や具体事例の分類などは時間をかけすぎないように、類題演習を積んでおきたい。
- 資料読解問題は、ここ3年古文の読解が求められている。慣れが必要なので、日本思想を扱う際には書き下し文の資料にもあたっておくなど、対策を講じておきたい。
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