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Mopix特別インタビュー 海堂尊さんに聞く!
ミステリー小説より恐ろしい。日本の、いまそこにある“危機”【前編】

ミステリー小説より恐ろしい。日本の、いまそこにある“危機”

1961年、千葉県生まれ。医学博士。初めて執筆した小説『チーム・バチスタの栄光』が、第4回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、鮮烈デビュー。外科医を経て、研究系病院の病理医として勤務しながら、『ナイチンゲールの沈黙』『ジェネラル・ルージュの凱旋』『螺鈿迷宮』『ブラックペアン1988』など医療ミステリーを執筆し、ベストセラーに。解剖率の低下を憂慮し、死亡時画像病理診断(Aⅰ)を中核とする「死亡時医学検索」の再構築を研究者としてのライフワークとする。

チーム・バチスタの栄光死因不明社会

チーム・バチスタの栄光
チーム・バチスタの栄光

チーム・バチスタの栄光



前編 「死者の声」に耳を傾けない社会はどうなるか

現役病理医にして人気作家でもある海堂尊さん。
200万部を超えるベストセラーとなった処女作『チーム・バチスタの栄光』は、2008年2月、映画化され大ヒットしている。
じつは、このメディカルエンターテインメントには、いま日本が直面する深刻な医療問題が巧みに織り込まれている。
海堂さんが上梓した『死因不明社会』によれば、全死亡者のわずか2パーセント台しか解剖が行われないという。これは先進国中で最下位。このことは、人の幸福にとって欠かせない医療の基盤の崩壊を意味する。
今回、この問題の焦点と、それを著した海堂さんの内面に迫った。

チーム・バチスタの栄光

『チーム・バチスタの栄光』の舞台は大学病院。アメリカ帰りの天才心臓外科医が、肥大した心臓の一部を切りとるという難易度の高いバチスタ手術で成果を収めていた。しかし突如、原因不明の術中死が連続して起きる。院長はその調査を院内の、なんと窓際講師に依頼。奮闘するも、いっこうに謎は解けない。理由は複数あるのだが、なかでも大きなネックは、解剖も行われておらず、死因を特定するための情報がないことだった。その問題に直面した窓際講師は、こう嘆息する。
<医療過誤問題に対して社会が有している調査システムはとてもお粗末なもののようだ。これでは“天網恢々疎(てんもうかいかいそ)にしてダダ漏(も)れ”ではないか>


◆『チーム・バチスタの栄光』は、この本を書くために生まれた

『死因不明社会』で明らかにされる数字は衝撃である。解剖数は全死亡者のわずか2パーセント台。これは先進国中で最下位。多くは、遺体を体表から見るだけで死亡診断書が書かれているという。
 そればかりか、解剖症例2787例を調べたところ、体表を見て判断する「臨床診断」と、解剖を行ったあとの「病理診断」とで比較すると、診断が変わった症例が12パーセント(福井次矢他調査/1996年報告)もある。これは誤診率と言い換えても差しつかえないだろう。まさに日本はタイトルどおり「死因不明社会」なのだ。

 同書は、現役病理医としてこの問題に真正面から向き合い、死因不明社会の病巣をえぐり出し、解決のために何が必要なのかを世に問うた書である。
 海堂さんは言う。
「『チーム・バチスタの栄光』は、この本を書くために生まれた」
 それだけ思い入れの強い本なのである。
 そこで、この本はどんな経緯で生まれたのか、そして海堂さんはなぜ医師になったのかなど、ご自身のことについても語っていただいた。
 まず、海堂さんは、どんなきっかけで、「死因不明社会」に関心を持つようになったのだろう。

ミステリー小説より恐ろしい。日本の、いまそこにある“危機”


◆「Ai」(エーアイ)はお経のなかで生まれた

「私は、治療効果の判定という仕事を行っていました。判定にはいまのところ、ご遺体の解剖が必要です。だが、現実には解剖率が低い。ご遺族が肉親の死にうちひしがれておられるところに、遺体を切り刻む解剖をお願いすることがまず難しいし、依頼しても断られるケースが少なくありません。

 私の勤務する病院は、それでも解剖例はそこそこあったのです。しかし、治療効果判定としては、これでは完全とは言えません。それはなぜか。
 治療中はずっとCTやMRIといった画像で診断しています。ところが、お亡くなりになってからはいきなり解剖になるんですね。画像と解剖では、条件が違うので、正確な治療効果判定ができないわけです。

 最初は、そういう仕組みだから仕方ないなと、なかば諦めていました。しかし、唯一のミッションが治療効果判定だったので、何年も続けているうちに、フラストレーションがたまってきたのです。
 そんなとき、5年に1度行われる病院主催の解剖慰霊祭に出席しました。解剖を承諾してくださったご遺族に、感謝の意を込めて法要を行うのです。
 お経を聞き、線香の香りを感じながらボーッとしていると、ふとあるアイデアが浮かんできました。そうだ、亡くなった方の画像を撮ればいいんだ、と」

 1999年11月のことである。状況からして、死者の願いが、海堂さんに託されたようにも受けとれるシーンである。そのとき海堂さんの頭に浮かんだのは、「Ai」(エーアイ)という方法である。
Aiとは、“Autopsy imaging”(オートプシー・イメージング)、つまり、遺体に対する画像診断である。まずCTやMRIで画像診断し、それでもし不明な部分があり、解剖が必要だと判断された場合のみ、解剖するというシステムだ。これを彼は、「死亡時医学検索」という新しい医学基礎概念として提示しようと考えたのだ。
 しかし……。


◆犯罪も治療効果も明らかになる

「法要が終わって病院に戻る途中、たまたま放射線科の先生と一緒になったので、『こんなこと、思いついちゃったんですよ』とAiのことを話すと、『それ、いいんじゃないの』と言ってくれたんです。そのあと、別の先生たちにも話したら、同じ反応だった。みんなが納得してくれるいいアイデアなんだから、死亡時医学検索は簡単に始まるだろうと楽観的に考えていたのです。
 
 でも甘かった。いざ、『やりましょう』と言うと、誰もやろうとしない。理由を尋ねると、『アイデアはいいけど、お金がないからね』と。確かに、医療現場はボランティアではありませんから、予算がつかないというのは致命的ですよ。でもすぐに頭を切り換えて、みんながお金をつけようじゃないか、と思うような状況をつくりだせばいいのだと考えました」

 海堂さんは、まず学会を通じて、自分のアイデアを知ってもらおうと考えた。勤務先の病院の人たちに協力を仰ぎ、Aiを施行し、症例を集めた。

「結果は、Aiはいいことばかりで悪いことがないということでした。
 たとえば、患者さんが治療していた病気で亡くなったのか、あるいはその病気は完治したが、別の病気が原因で亡くなったのかがわかります。また、手術や薬物療法が、どれだけ患者さんを治療するのに効果があったのかも検証できます。こうして得られた情報を集めていけば、治療方法に確実にフィードバックされ、医療のレベルアップにもつながるのです。

 それに、交通事故死を除く変死者にしても、解剖されるのはわずか9.5パーセント。警察官による体表だけの検視に頼っていては、殺人や虐待といった犯罪を見逃すケースだってあります。
『死因不明社会』でも指摘しましたが、あやうく見逃しそうなケースが現実にあったのです。工事現場に倒れて死んでいた男性をCTで画像診断すると、外傷はかすり傷くらいなのに、肝臓がまっぷたつに断裂していました。調べると、仕事中の事故だったことがわかり、隠蔽しようとした同僚が逮捕された。この事件などは、体表からの検視だけでは、犯罪を見逃す可能性もありました。犯罪を葬り去らない、あるいは未然に防ぐ意味でも、死亡時医学検索はとても重要なのです。

 現場での運用のしやすさにおいても、この方法は優れています。ご遺族にお願いするときでも、画像診断ですから遺体を傷つけるわけではありませんと言えば、承諾をとりやすい。解剖は半日かかるのに対し、画像ならばすぐ終わります。また、もし解剖が必要になったとしても、画像を見せながら説明すれば理解していただきやすいと思うのです。遺族も亡くなった原因を知りたいでしょうから。

 これほど医学的な恩恵が多いわけですから、いくら医療費削減を掲げる国でも、医学への投資と考えれば経費は拠出できるはずなんです。たとえAiにかける資金を拠出しても、さほど大きくはありません。解剖費用は一体につき約30万円と高いですが、検死のためのCTだけだと、だいたい2万円程度でできます。これぐらいの額ならば認めないほうがおかしい。
 しかも日本には、Aiが普及しやすい環境が整っています。つまり、世界の半数ものCTがあって、多くの医療機関には画像診断できる装置が普及しているからです」

ミステリー小説より恐ろしい。日本の、いまそこにある“危機”


◆小説で世の中に訴えようと、ひらめいた

 海堂さんは、Aiに関する論文を発表したり、医学専門書も2冊出すなど、Aiの優れた点を打ち出した。しかし、実施に向かって事態を動かす力にはつながらなかった。

「不可思議でしたね。こんなシンプルな理屈が、なぜ理解できないのかと。医学というのは、死体から学ぶものです。死因を調べるというは、基本中の基本なんですよ。死亡時医学検索システムが確立されていないために起こった悲劇を描いた『螺鈿迷宮』(らでんめいきゅう)に登場する院長が呟く言葉に、『死者の言葉に耳を傾けないと、医療は傲慢になる』というものがあります。このままの状態が続くと、医療は確実に崩壊への道をたどります。

 2003年ごろには、厚生労働省も動かず、Aiが普及するどころか、ここ数年のあいだにデッドエンドを迎えるだろうなと、半分投げていました。でも、あのとき、ミステリー小説を読んでいてふと思ったんです。Aiをトリックに使えば、ミステリーが書けるんじゃないか。小説で世の中に訴えられるのではないか、と」

 子どものころから文章を書くことが好きで、小学生のときには大学ノート3冊にもおよぶ物語を書いた。だが、大学院生時代、瀬名秀明さんの『パラサイト・イブ』に触発されて小説に挑戦したところ、4~5枚であえなく挫折。大人になってからそんな苦い経験を持つ海堂さんだが、今回は死亡時医学検索を知らしめたいという強いモチベーションがあったからだろう、休日を利用して一気に書き上げた。そうして世に出た『チーム・バチスタの栄光』は大ベストセラーとなった。

⇒後編は2月29日掲載です。日本の医療にとって必要なAiがなぜ認められないのか、どうすればいいのかが語られます。また、海堂さんのあまり知られていない子ども時代のエピソードもお楽しみに!

(取材・文/西所正道、撮影/金澤智康)

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