生活保護の不正受給額は昨年度、過去最悪の約90億円にも上った。今月発覚した北海道滝川市の生活保護費詐取事件でも、市側は2億円以上をだまし取られたとされる。被害がこれほど膨らむまで、生活保護費はなぜ支給され続けたのか。行政側が「ノー」といえない事情があることも浮かび上がってくる。
■理不尽
北海道警に詐欺容疑で逮捕されたのは無職、片倉勝彦容疑者(42)と妻、ひとみ容疑者(37)。片倉容疑者は元暴力団員で、普段から威圧的な発言が目立ったという。
道警の調べでは、両容疑者は札幌市のタクシー会社役員、板倉信博容疑者(57)らと共謀し、昨年10月26日から11月1日までの間、実際は通院していないにもかかわらず、タクシーの交通費として、市から板倉容疑者が管理する預金口座に合計150万円を振り込ませ詐取した疑い。
片倉容疑者とひとみ容疑者は生活保護を受けながら、昨年11月には覚醒(かくせい)剤を使用していたことを、今月19日に札幌地裁滝川支部で開かれた公判で認めた。
両容疑者が覚せい剤取締法違反容疑で逮捕、拘留されていた期間にも、生活保護費は受給され続けた。市側は「個人情報保護の絡みで逮捕の事実を把握していなかった」と説明するが、理不尽さはぬぐえない。
片倉容疑者らはもともと滝川市で生活保護を受けていた。平成17年5月に札幌市手稲区に転出し、そこでも生活保護を受けた。さらに18年3月に滝川市に戻り、再度同市の生活保護を受けている。片倉容疑者は札幌市から滝川市に転入する際、札幌市の病院での診療を希望。滝川市福祉事務所は複数の病院の意見を求めた結果、札幌市の病院への通院を認めた。
札幌市の病院は、片倉容疑者の通院には救急車並みの設備がそろった高規格ストレッチャー対応のタクシーの必要性を指摘。その車が滝川市周辺にはなく、病院も札幌市にある板倉容疑者の会社を例示していた。
病院側の“お墨付き”のため、滝川市側が簡単に「ノー」といえる状況ではなかったのだ。
■盲点
1回の通院で20万円以上の請求があったが、滝川−札幌間約84キロの運賃は普通のタクシーでも片道約5万円かかる。滝川市は「往復運賃10万円余と酸素吸入、介護員などの料金がかかる」と、請求額自体はあり得る金額だと説明する。
当初はタクシー料金は、片倉容疑者が立て替え払いをし、領収書を滝川市に提出し、現金を受け取っていた。しかし、金額が高いため市からタクシー会社への直接振込に変わっていった。
片倉容疑者らはここに「抜け道」をみつけた。市から現金が振り込まれるタクシー会社の関係口座は、板倉容疑者らの共犯者が管理。架空請求分を分け合い、それぞれが懐(ふところ)に入れる手法が確立したのだ。
片倉容疑者らの通院日数が急激に増えていったことから、滝川市福祉事務所は(1)滝川市内で受診できないか(2)入院の必要はないか(3)札幌市への転居はできないか−などを検討。しかし、札幌市の主治医は通院継続を勧めるものの、入院の必要はないと判断。転居についても「環境の変化」を理由に2人が消極的で、強制できなかったという。
道警の捜査関係者は「制度の仕組みを熟知していて、盲点を突く犯行といえる。暴力的言動はあるものの、市の担当者らを脅した事実は認められない」とし、滝川市の担当者も「制度についての分厚い説明書をよく読みこなしていた」と話している。
■異例
滝川市のケースとは異質だが、「やむを得ない」と判断され飛行機や新幹線の交通費が支給されたケースもある。
大阪府岸和田市から生活保護を受けていた40歳代の男性は、通院交通費として、18年6月から19年3月までの間、210回にわたって計約438万円を受給していた。男性は精神疾患の治療のため、東京や福岡などへ飛行機や新幹線で通院。同市は「不適正ではなかった」とするが、厚労省は「飛行機を使うのは異例」としている。
飛行機の利用は、東京への1回と、福岡への7回で計約74万円。東京と福岡の精神科医院への診療は主治医にすすめで受診していた。電車ではパニック症状が出ることから、主治医から「タクシーが必要」との意見書も市に出されている。
男性は生活保護を受ける以前から、十数年間自費で全国の精神科に通院した結果、医療費がかさみ困窮したことや、パニックの症状があることも考慮され通院費が支給された。同市は「飛行機利用は異例ではあるが、男性の症状や主治医の意見を考慮するとやむを得ない」としている。
ここでも医師の“お墨付き”が支給判断の大きな要素となっていた。
【最近発覚した生活保護をめぐる事件】
平成20年2月 「病気で仕事ができない」といいながら高級車を買うなどしていた男が180万円の生活保護をだまし取ったとして逮捕される(奈良県)
20年1月 介護タクシー代の補助をめぐり、介護タクシー3社が市に対し、補助対象にならない待機料計1700万円を請求、市が返還請求へ(三重県)
交通事故の保険金を受け取っていた男が、保険金収入の申告をせずに生活保護費約9万円を受給したとして逮捕される(長崎県)
19年10月 「持病を抱えて収入がない」と偽って生活保護費365万円を受け取った、政治団体相談役で空調設備工の男を逮捕。男は高級車など車3台を購入(大阪府)
厚生年金を受給しながら「うけていない」といい生活保護を不正受給したとして山口組系暴力団幹部を逮捕(大阪府)
19年7月 パートの収入を申告しないで650万円の生活保護費を受け取った夫婦を市が詐欺罪で告訴。5年間で448万を不正受給(千葉県)
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