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二宮清純「フットボールの時間」(10、20日更新) : 第28回 「すべての批判にお答えしよう」 〜川淵三郎キャプテン インタビュー〜 <後編> | on 2006-10-10 15:42:18 (5897) ドイツW杯の総括は?
二宮: 先の理由で、私は川淵さんの続投は支持しました。しかしドイツで勝ち点1しかとれなかった原因については分析が必要だと思っています。そして、これはまだ残念ながら不十分なのではないか。そこにサポーターの不満もあるのではないかと見ています。
たとえば代表を担当する技術委員会は「彼(ジーコ)はいままでの経験を出してくれたと思う。こういう選手交代で負けたという分析はあまり意味がない」(田嶋幸三前委員長)と敗因についての言及を避けた。ややもするとドイツW杯の総括について消極的な感を抱いたのは私だけではないと思うのですが……。
川淵: 結果論だけでものを言っても意味があるとは思えないが、田嶋はアジア杯やW杯予選、コンフェデ杯の総括をすべて報告書にまとめて、ビデオまで添付して全国47都道府県の技術委員長に説明してまわっています。W杯の総括についても「前向きにやりなさい」と指示を出しています。
ただ僕たちはマスコミが言う“総括”という言葉にすごく違和感を覚えた。責任追及のための総括なら、やったって意味がない。東京裁判と一緒で、こっちを断罪するための証拠集めというのはおかしい。
二宮: そこは誤解がある。先にも述べたように代表監督の責任と協会トップの責任は切り離して考えるべきだと私は思います。任命責任まで言い始めたら会長のなり手なんていなくなりますよ。
ただサッカー関係者だけでなくサポーターに対しての説明責任までないとは言えない。あくまでも私見ですがジーコには「是」の部分と「非」の部分がある。
前任のフィリップ・トルシエのように、いつまでも箸の上げ下ろしまで指示されるようなチームでは世界の上位にはいけない。「規律」から「自由」へというパラダイム・チェンジは正しかったと思っています。
しかし、ドイツでの采配には首を傾(かし)げたくなる点が少なくなかった。そうした功罪をできるだけ明らかにし、世に問うことがあってもいいのではないか。個人情報や“企業秘密”の部分を除き、議論の叩き台を提供する義務が技術委員会にはあると思います。W杯では、これだけ国民的支持を受けたのだから……。
川淵: それはそのとおりです。実は田嶋がジーコについて評価する報告書を出さないと言った時「それは、やっぱりまずいだろう」と僕は言いました。「いいところも問題と思われるところも全部出せ」と。
たとえば代表メンバーの記者発表のときにスタメンを公表してしまうようなことが日本にとっては本当にいいんだろうか。ブラジルの監督はだいたい、そうやるらしいんだけど、ブラジルと日本じゃ事情が違う。
オシムのように、誰が試合に出るかわからないようにした方がいいのではないかなど、ジーコのいい点、改善すべき点、日本に合う点、合わなかった点、それらを一度全部検証してみろと。もちろん選手自体にどういう問題があるかは何度も分析されていますが、それらは次代の日本代表にとって必要だということにおいては、僕も全く同感ですね。
二宮: 先にも述べたように私はジーコ路線は大筋では正しかったと思っています。早かったか遅かったかは別にして、一度は日本代表が通らなければいけなかった道だったと。
ただ一点、ジーコに違和感があるのは、なぜ退任記者会見の席でベラベラ敗因をしゃべったのか。日本人の体格や体力が敗因だと、しゃべりまくりました。
「私はこの年(53歳)でもフィジカルの強さで宮本にも中澤にもボールを取られない自信がある」、こんなことまで言った。ジーコの言ったことはいちいちもっともなんですが“何を今さら”という気にもなりました。
川淵: あれはねぇ、僕も不思議なんですよ。ジーコは体格の違いを言い訳にするような男じゃないのに、あの日だけは何かが違っていた。
たまたまそのときの話の流れでああなったのか、最初から考えていたのか……。これは僕にもわからない。ただ、ジーコの意図していたことは体格の問題ではなくて、普段からもっと身体を鍛えろと言いたかったのではないかと思うんです。
査定・評価機関の必要性
二宮: ここで組織改革についてお話をおうかがいしたいのですが、今の技術委員会の前身は強化委員会です。川淵さんも長年にわたって強化委員長の要職にあり、代表監督を選任してきました。ところが加藤久氏が強化委員長をやっているころ、代表監督の選定を巡って揉め、これが原因で代表をサポートする組織に変わりました。名称も技術委員会に変わった。
代表をサポートするというその趣旨自体は間違いじゃないと思うのですが、代表を評価、査定する組織がなくなったということで代表監督と協会の緊張感が喪失したような印象がある。一心同体といえば聞こえはいいのですが、代表が結果を出せない時には、今回のように一気に協会のトップに責任が及ぶことになる。
そうしたリスクを回避するためにも、そして代表監督との緊張感を保つためにも技術委員会に代表チームを査定、評価する権限を持たせてもいいのではないか、と思うのですが……。
川淵: それもおっしゃるとおりでね。実は今回、W杯に行った協会の職員全員に感想文を書かせたところ「サポートするだけじゃなく評価し、それを意見としてきちんと具申できる組織が絶対に必要だ」という意見がありましたよ。
二宮: 企業における内部監査のようなものですね。これが機能していないと、代表が抱える問題が明らかになってこない。問題が生じれば、早いうちに見つけ出し、解決した方がいいと思うのですが……。
川淵: それについても検討中です。技術委員会とは別個にね。客観性を持たせながら、公平に試合を分析し、評価を下せる組織は必要です。小野剛技術委員長と相談していきたいと思います。
「エリート育成」プログラム
二宮: ジーコが口にした体格、体力でのハンディキャップはある程度、当たっています。ただし身体のサイズだけ見れば日本代表とポルトガル代表に、さして大きな差があるわけじゃない。サッカー界だけの問題じゃないのですが、日本の子供の体力低下はこのところ目を覆うばかりです。サッカー協会は「体育」のみならず「食育」にまで踏み込もうとしている。これは大賛成です。
川淵: それがまさにキッズプログラムなんです。最近の子供たちは、ほとんど外で遊ばなくなった。そうしたことが原因で土踏まずがなかったり、足が“浮き指”になっている子供が非常に多いんです。こういう子供たちに小さなうちからスポーツに触れてもらおうということでキッズプログラムをスタートさせた。
これが草の根だとするなら、もうひとつの柱がエリート育成プログラム。最初は“エリート”という言葉に対する反感があったようなんですが、今ではその必要性が認識されたようで47の都道府県のうち19が理解を示してくれて実際に活動しています。
二宮: エリート教育の本場はフランスです。日本サッカー協会は「2050年までにW杯開催と優勝を目指す」と明言していますが、究極の強化策としてエリート育成に乗り出したのは理解できます。
しかし、疑問もあります。たとえば日本の一番の泣き所であるFW。日本の指導者の中には画一的な指導をする者も少なくありませんが“右向け右”と指示されて左を向くような人間を、はたして認められるのだろうか。個性のある選手を“金太郎アメ”のようにしてはしまわないか、との不安もあります。
川淵: 確かに指導者の問題というのはあると思います。いままでは大人のチームの指導者が子供を教えてもいいという考えだったのですが、U-6にはU-6の、U-8にはU-8の、U-10にはU-10のスペシャリストを置いた方がいい。そこはきめ細かくやるつもりです。
そういえば、ついこの前、鹿児島県の南さつま市の市長がここにきてね「ウチはグラウンドを8面持っているからサッカーのエリート教育をやりたい」と相談に来られました。同じ要望を持って熊本県の宇城市の市長も来られましたよ。
おっしゃるように、フランスはもう30数年、国策でこれをやっています。私も「協会がやるといった以上、少なくとも20年はやれ!」と言っている。南さつま市や宇城市の市長には中学の3年間に絞って検討していきましょうと言っています。
二宮: その年代は一番大切です。日本は諸外国と違ってハードな高校受験があるから、中3から高1にかけての一番大切な時期に技術や体力が低下してしまう。それを取り戻すのに、また時間がかかる。
とはいえ、日本の教育制度が変わるのを待っていても仕方がない。エリートプログラムでその時間を克服するという考えには大賛成です。
サッカーによる「アジア外交」
二宮: ところで川淵さんはアジアチャンピオンズリーグを成功させるためのAFC(アジアサッカー連盟)プロリーグ特別委員会委員長もやっていますね。
川淵: これもね、僕が力を入れていることのひとつなんだけど、いま僕が辞めるとアジアの仲間を裏切ることになってしまう。
二宮: 将来的には欧州チャンピオンズリーグのようなビッグイベントにしようということなんでしょうが、アジアのマーケットを拡大することは最終的には日本サッカーの“国益”にもつながる。アジアのサッカーはまだ“開発途上”ですから……。
川淵: これはAFCのビン・ハマム会長の意思でもあるんです。特に力を入れているのはインド。10億人のマーケットを開拓することはアジアのみならず、世界のサッカーの発展につながると。
二宮: インドの経済成長は目覚ましいものがある。
川淵: そこなんですよ。近くの国と試合をすると8万人も入るらしい。首都のニューデリーはまだクリケットの方が盛んらしいんですけど、ここを“サッカーの街”にしなければいけない。
二宮: アジア外交が行き詰っている日本にあって、サッカーだけがうまくいっている。これもぜひ発展させて欲しい。
川淵: 同じ話をソニーの出井伸之さん、電通の成田豊さんからも要請されました。「今、日・中韓の関係が悪いので、サッカーで積極的な交流を図りましょう」と。その第一陣として韓国、中国の協会会長にホーム&アウェイでの試合を持ちかけた。8月7日に中国の秦皇島で行われたU-21の試合もその一環です。
今度は10月に、中国のチームがこっちにやってきます。11月には韓国ともやります。サッカーを通じて若者同士が交流し、互いの文化に触れ合う。そこから相互の理解や友情が生まれればいい。日本協会も、ここで立ち止まっている時間なんてありませんよ。
(終わり)
<この原稿は『月刊現代』2006年8月号に掲載されました>
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