事件・事故・裁判

文字サイズ変更
ブックマーク
Yahoo!ブックマークに登録
はてなブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷
印刷

イージス艦事故:原因と責任、海自と漁協で主張の溝広がる

陸揚げされた漁船「清徳丸」に付着した塗料を調べる海上保安大学校の教授や海上保安官ら=神奈川県横須賀市の海自横須賀基地で2008年2月21日、長谷川直亮撮影
陸揚げされた漁船「清徳丸」に付着した塗料を調べる海上保安大学校の教授や海上保安官ら=神奈川県横須賀市の海自横須賀基地で2008年2月21日、長谷川直亮撮影

 「私の表(前方)を空けろという風に走っていた」。千葉・野島崎沖で起きたイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故。海上自衛隊は事故時の状況を断片的に公表しているが、目撃した事故状況との食い違いに、清徳丸が所属していた新勝浦漁協(外記栄太郎組合長)の仲間らは疑問を呈する。あたごの過失とみる漁協側と「調査中」を繰り返す海自側の主張の溝は広がる一方だ。

 ●灯火

 船は右舷に緑、左舷に赤の灯火をつける。あたごの見張り員が右前方に緑の灯火を視認したのは、衝突2分前の午前4時5分。この時点では船かどうか分からなかったという。あたごは自動操舵(そうだ)のまま速度を維持して航行。ところが緑の灯火がスピードを上げたためようやく船と確認し、当直士官が後進をかけ、操舵を手動に切り替えた。

 海自側はこの間、緑が見えていたと公表した。あたごの右前方を清徳丸が遠ざかる方向に航行していたことを示し、危険はなかったという主張だ。衝突直前に清徳丸が右転したため、左舷の赤の灯火を視認しているという。

 一方組合側によると、清徳丸を含む7~8隻の船団はあたごの右前方を右から左に航行。あたごからは赤の灯火が見えていたとみられる。清徳丸の後ろを航行していた金平丸は危険を感じていったん右転したが、あたごが進路や速度を変えず進んできたため、今度は左にほぼ180度転回した。この時点であたごからは緑の灯火が見えたはずだと主張する。外記組合長は「左へ舵(かじ)を切ったのは金平丸だけ。(見張り員が視認した)緑は金平丸の灯火ではないか」と主張する。 ●覚知

 海自は事故が起きた19日夜、清徳丸の接近に初めて気付いたのは午前4時6分と発表した。ところが翌20日夜、衝突の12分前の同3時55分に清徳丸とみられる漁船の灯火を視認したと修正した。

 海自幹部は「これは訂正というより、新たな情報が加わったということ」と釈明。灯火の色は明言しなかったが実際はマストの白い灯火と左舷の赤い灯火で、あたごの右舷側に見えたとすれば、進路に近づくことを示しているが、この点については「捜査の最大のポイントなので言えない」と回答を拒んだ。

 現場海域にいた金平丸、幸運丸の船長らは海自側の主張に反論する。両船のレーダーには衝突の12分、30分ほど前にあたごが映っていた。「性能ではるかに勝るイージス艦のレーダーがとらえられないことはあり得ない」と主張。幸運丸側は「20、30分前からレーダーを見ていれば確認できたのではないか」と指摘。金平丸船長は「30分~1時間前に覚知したのでは」とみる。

 ●速度

 海自によると、衝突前のあたごの速度は10ノット(時速約18.5キロ)。清徳丸など漁船団よりも遅い速度だ。海自関係者によると、全力後進をかければ、数百メートルで停止する速度だ。

 これに対し、あたごの進路前方を横切った幸運丸は、14~15ノット(同25.9~27.8キロ)の速度で右に回避したと主張。この速度で回避できたことから、当時幸運丸を操舵していた船長の父は「あたごの速度は12~13ノット(同22.2~24.1)ではないか」と推測する。海自の主張よりも制動距離は短くなる。

 ●回避義務

 事故当時、あたごの前方には7、8隻の漁船が航行していたというのが漁協側の主張だ。海上衝突予防法では、2隻の船の針路が横切る場合、右舷側に他の船を見る側に回避義務がある。各船は南西方向に航行しており、北進するあたごの右舷側を航行していたとし、外記組合長は「海上衝突予防法から言えばあたごのほうに回避義務があった」と話す。

 2隻がほぼ正面から行き会う場合、両船に右転による回避義務がある。清徳丸は右転したが、あたごは後進し手動操舵に替えただけだった。海自側は回避義務について「調査中。海上保安庁が調べている」などと繰り返すのみで歯切れが悪い。

毎日新聞 2008年2月22日 0時11分 (最終更新時間 2月22日 1時05分)

事件・事故・裁判 アーカイブ一覧

 


おすすめ情報