「社会的養護」という言葉を知っていますか? さまざまな事情で家庭で過ごすことのできない子どもを社会全体で育てることを意味し、児童養護施設や里親制度などがその役割を担っている。昨年、厚生労働省の社会的養護専門委員会が里親手当の増額など最終報告書で示した今後の方針と当事者の受け止め方を、2回にわけて紹介する。まずは里親制度の拡充策から。【柴田真理子】
◆月額7万2千円
現在、約4万人の要保護児童の9割は施設で育ち、里親家庭は1割にとどまる。少人数で暮らし、大人との関係も築きやすい環境が望ましいとして、報告書には里親制度を広げる施策が盛り込まれた。
児童虐待の増加などで養育の難しい子どもが増えたため、研修を受けた上で里親の認定登録を行うようにする。現在、基本的に里子1人につき月5万円ほどの生活費のほかに、3万4000円支払われている手当を7万2000円に上げる。来年度中に認定登録制度を整備し、手当を増額するのが目標だ。また、都道府県がNPO団体、児童養護施設などに委託し、里親の研修や相談などを専門に行う里親支援機関を創設。来年度中に全都道府県に設置する予定だ。
◆相談所に決定権
東京都職員の竹中勝美さん(51)は、12歳の男の子の里親だ。2歳10カ月で家に迎えたとき、みかん数個を皮ごと食べたり、初対面の大人にべたべた甘えたりする行動に戸惑った。「乳児院で育ったり、虐待を受けた経験を持つ子を育てるには知識が必要で、研修は重要だ」と指摘する。
東京都荒川区の若狭佐和子さん(39)は約12年間で、短期も含めて18人の里子を育てた。身体障害と知的障害のある12歳の男の子を迎えたとき、姿勢や食べ方なども細かく注意して「一生家族として暮らそうと必死だった」。
それが窮屈だったのか、男の子が「怒られてつらい」と話し、児童相談所の判断で元の施設に戻った。決定権は相談所にある。若狭さんは里親の苦しい立場を踏まえ、「支援機関には里親のサポートとともに、相談所と対等に意見が言えるようにフォローしてほしい」と話す。
◆実子にも悩み
手当の増額をめぐっては、団体によって反応の違いもある。
NPO法人東京養育家庭の会の青葉紘宇理事長は「手当の増額によって、仕事の意識で里親になる人がいたらそれも一つの考え方。里親を増やすことにつながればよい」と話す。一方、里子支援を行うNPO法人「アン基金プロジェクト」の坂本和子副理事長は「手当の増額が子どものためになるのか疑問だ。あくまでもボランティアの気持ちを大切にしたい」という。
さらに、「里親とは何か」(勁草書房)の著書がある流通経済大講師・和泉広恵さんは「里子と共に育つ血縁のある子ども(実子)も悩みを抱えている。里親家庭全体を支援してほしい」と話す。
◇同じ境遇の仲間と交流を 欧米のデータも生かして--里子経験者の思い
里子の経験を持つ2人に里親制度への願いを聞いた。
東京都の会社員、岩渕慎次さん(28)は4、5歳のころ、児童養護施設から里親家庭に入った。14歳で里父が亡くなり施設へ戻ったが、里母とは今も毎月会う。戸籍上の両親には昨年初めて会ったが、「産んでくれた人という感覚。里親が親で、帰る場所だと思う」。里子同士の交流などを行う「さくらネットワークプロジェクト」の代表を務める。「里親家庭では、施設と違って同じ境遇の仲間がいない孤独を感じた。里子同士がつながれる場があれば」と話す。
横浜市の大学4年、磯崎友亮さん(22)は、物心ついたときには里親のもとにいて、養子縁組をしていた。父がぽろっと「養子」という言葉を口にして、初めて事実を知った。
今の彼女と出会い、大学進学で自信も付いて「今の人生は幸せで、両親には感謝している」という。委員会を傍聴し、「大人が主体になりがちで、もっと子どもの意見を聞いてほしい」と感じた。「改革には、里親制度が普及している欧米のデータなどを反映させてほしい」と話す。
毎日新聞 2008年2月21日 東京朝刊