幕末維新の暗号04 伊藤博文
テーマ:幕末維新の暗号すり換え説によると、伊藤博文と明治天皇は幼なじみとういことで、
「維新の暗号」でも親しい様が描かれていますが、
Wikipedia の伊藤博文 の項にもいくつか、おもしろいエピソードが
ありましたので、以下に紹介します。
芸者好き伊藤の女好きは当時から非常に有名であり、あまりの好色ぶりに明治天皇 から直々に注意を受けたという逸話がある。 女性と遊んでは捨て去ることから、「箒」というあだ名がついた。 操り人形お雇い外国人 であったドイツ 人医師のエルヴィン・フォン・ベルツ は『ベルツの日記』の中で、伊藤が「皇太子に生まれるのは、全く不運なことだ。生まれるが早いか、至るところで礼式の鎖にしばられ、大きくなれば、側近者の吹く笛に踊らされねばならない」と言いながら、操り人形を糸で踊らせるような身振りをしたことを紹介している。 |
さて、
伊藤博文は( 日韓併合には積極的ではなかったのだが.. .) 安重根 に暗殺される。
伊藤は、随行者によって列車内に運び込まれ、小山医師の応急手当によって息を吹き返した。小山が衣服を脱がして傷を見ると致命傷であることがわかり、気付 けのためにブランデーを勧めると「苦モナク飲ミホサレ」た。その後、通弁がきて犯人は韓国人だとつげると「バカナ奴ダ」と言った。医者が注射をし、ブラン デーをもう一杯すすめたが、もはや首をあげる気力はなく、そのまま口につぎ込まれ、まもなく絶命した。午前10時、伊藤博文は68歳の生涯を閉じた。 http://wwwi.netwave.or.jp/~go-kumon/ansatu.htm
この暗殺については 銃が一致しない、弾道がおかしい、
ロシア官憲に逮捕された安重根が日本側に引き渡されたのはなぜ? などある。
この裁判の様子は 安重根と高知県人 に詳しく説明されていた。
日本政府からの圧力もあり死刑となったのだが、以下、このサイトから引用しつつ。
安重根の遺墨
「言葉には忠実さと信頼性があるべきだ。
行動は心をこめ、敬う心で行うべきだ。
野蛮な国でもそうすることはできるはずだ」 http://wwwi.netwave.or.jp/~go-kumon/yagiseirei.htm
は、これを保管されていた高知県の方から
『遺墨は、「本国へ返してあげたい」という所有者の意思で、韓国に寄贈された』
が、この報道はテレビでみたように思う。
2003年春、韓国政府はこの書を「国の宝(日本でいえば重要文化財だという)」に指定。現在、京城の安重根義士紀念館が保存している。
・・・
看守千葉重七をはじめ、獄中の安の高潔な人柄に、誰もが心打たれたという話は決して作り話ではない。安岡静四郎もその一人だった。
三男・正文の妻・淑さんの語るところによれば、戦時中、安岡静四郎は折りにふれて「安重根は立派な男だった」と家族に語っていた。「安は両班(やんぱん) の出で、こせこせせず、深い教養の持ち主だった」とも。それを聞いた淑さんは「時局柄、初代総理大臣を暗殺した人物のことを、こんなふうに言っていいの か」と度肝を抜かれたという。しかし、安岡の口調はあくまで深い感情をこめたもので、心の底から人間的に尊敬をしていたのだと想い出を語ってくださった。 http://wwwi.netwave.or.jp/~go-kumon/yagiseirei.htm
久しぶりにいい話を読んだ。