日本列島プチ改造論 パオロ・マッツァリーノ
イラスト:岡林みかん
 
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  第63回 あやしい計算者

 今年は攻めの姿勢で突っ走る、とかいってたもので、つい去年の暮れから新聞を読み忘れて
おりました。どれ、ワイングラス片手に古新聞をまとめ読みしましょうか。
 どこかのIT社長とおぼしき人のコラムが目に止まりました。近年のコンピューターの進歩
はめざましく、ある研究者は、フランスのボルドー地方の天候が、ワインの出来と関連がある
ことを、膨大(ぼうだい)なデータ計算によって証明したのだとか。
 今後は、あらゆる分野でコンピューターを用いた高度な「絶対計算」が利用されるようにな
る。自分の舌でワインの出来を鑑定するような、経験と直感頼みの経験主義者はもう古い。こ
れからは、コンピューターを駆使する「絶対計算者」を重用すべきだ!
 私はそうは思わないけどね。
 知り合いのワイン愛好家にちょっと電話してみます。
「確認なんだけど、ワインの出来は、その年のブドウ産地の気候に関係があるのかな」
「いまさらなにをいう。そんなの昔っから常識だ。ちなみに」
 ワインマニアが「ちなみに」と口にしたらうんちくが長くなる予兆なので、電話を切りまし
た。
 そもそも、その絶対計算者とやらは、どうしてワインの出来と気候の関係を計算してみよう
と思い立ったのでしょう。それは明らかに、ワインの出来と気候に関係があるという経験主義
者の意見を耳にしたからでしょう。
 もし、絶対計算者が「ボルドーワインの出来と、石原都知事のまばたきの頻度に相関関係が
ある」みたいに、誰もが予想し得なかったことを証明したなら拍手しますが、昔からいわれて
ることを再確認しただけではねえ。
 コンピューターにどのデータを選んで入力するかを決めるのは、それこそ経験と直感の為せ
るわざ。まったく経験していないこと、予想だにしていないことは、だれも計算できません。
要するに絶対計算者は、だれかが経験から割り出した説を拝借して検算してるだけですよね。
先に結論ありきの予定調和。
 予定調和主義は無責任に陥りやすいことも心配です。
 経験主義者は出来たワインを必ず味見するはずです。結果を確かめるという作業をした上で、
自分の判断に責任を持って出荷します。
 絶対計算者は味見をしません。もし気候以外の要素――たとえば、ワイン製造の過程でなん
らかの間違いや手抜きによってマズいワインが出来ちゃったらどうするんでしょうか。それは
予定外だ? 今年のワインは計算上はうまかったはずだ?
 結果を確認して責任を持たないのなら、どんなに高度な計算も占いと変わりません。絶対計
算って、デジタル時代の机上(きじょう)の空論なのかも。
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