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ドラクエ3 〜そしてツンデレへ〜 Level10

1 :愛想が無い@ただのツンデレのようだ:2007/12/31(月) 19:50:41 ID:AKWpCn1h0
DQツンデレスレへようこそ。
ここは職人方が書いてくれるDQ関連のツンデレなSSに萌えるスレです。
新しい職人さん大歓迎です。SS題材はDQであれば3以外でもおKです。
DQ3の攻略等に関する質問は専用スレでどうぞ。

前スレ ドラクエ3 〜そしてツンデレへ〜 Level9
http://game13.2ch.net/test/read.cgi/ff/1185024927/

過去スレ
ドラクエ3〜そしてツンデレへ〜
http://game10.2ch.net/test/read.cgi/ff/1132915685/
ドラクエ3〜そしてツンデレへ〜 Part2
http://game10.2ch.net/test/read.cgi/ff/1138064814/
ドラクエ3〜そしてツンデレへ〜 Level3
http://game10.2ch.net/test/read.cgi/ff/1142515071/
ドラクエ3 〜そしてツンデレへ〜 Level4
http://game10.2ch.net/test/read.cgi/ff/1144425198/
ドラクエ3 〜そしてツンデレへ〜  Level5
http://game10.2ch.net/test/read.cgi/ff/1157354640/
ドラクエ3 〜そしてツンデレへ〜 Level 6
http://game11.2ch.net/test/read.cgi/ff/1162828557/
ドラクエ3 〜そしてツンデレへ〜 Level 7
http://game11.2ch.net/test/read.cgi/ff/1167743633/
ドラクエ3 〜そしてツンデレへ〜 Level8
http://game11.2ch.net/test/read.cgi/ff/1174664837/

まとめサイト (Level 4 までのログはこちら)
http://www.geocities.jp/game_trivia/dq3/
CC氏まとめサイト (Level 5 からのログはこちら)
http://www.geocities.jp/tunderedq3cc/

2 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2007/12/31(月) 19:51:41 ID:AKWpCn1h0
大晦日に自分で2get

3 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2007/12/31(月) 20:57:46 ID:mTm/7tM7O

よし、これを今年最後のレスにしよう
よいお年を〜

まあ、すぐまた来るけどね

4 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2007/12/31(月) 22:06:43 ID:zKAchsB80
>>1
職人のみなさん
来年もよろしくお願いします。

5 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/01(火) 00:18:26 ID:fNp1UjGPO
また来たよー

今年もよろしく保守

6 :CC ◆GxR634B49A :2008/01/01(火) 05:48:17 ID:WNcj/DBk0
>>1
超乙です。

投下ペースがなかなか上げられずに申し訳ありませんが、
皆様、今年もどうぞよろしくお付き合いくださいませ。

7 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/01(火) 09:04:37 ID:K+Cc2bp6O
オツ〜

8 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/02(水) 20:59:21 ID:5Gk9FYJZ0
保守

9 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/04(金) 00:34:02 ID:33vIA76d0
保守

10 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/05(土) 01:20:56 ID:BRz18n6PO
保守?いいえ、ケフィアです

11 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/07(月) 09:18:55 ID:3ya/zPKLO
保守

12 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/08(火) 16:14:26 ID:W9Bv84Un0
h

13 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/08(火) 17:40:27 ID:ZFVLlO370
>>1

14 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/09(水) 22:41:53 ID:0JnokG7dO
保守

15 :CC ◆GxR634B49A :2008/01/11(金) 07:29:59 ID:vXEmSINb0
こっちも保守。すみません、もう少々お待ちを。。。

16 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/12(土) 16:48:29 ID:L2NTv16a0
保守

17 :CC ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 09:28:34 ID:vxg3cq/Z0
現在、第32話を投下中です。
こちらのスレでは、13章(?)からの投下になります。
1〜12章は、全スレ668からご覧下さいませ。

http://game13.2ch.net/test/read.cgi/ff/1185024927/668-


18 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 09:36:25 ID:+n+Pyqul0
支援

19 :CC 32-13/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 09:43:10 ID:vxg3cq/Z0
 当たり前だが、俺とエフィの結婚話は、全部嘘っぱちだ。
 全ては、裏で人攫い共を利用していた人間を焦らせて、罠にかけるのが目的だった。
 下呂助を脅して聞いた話によれば、そいつはゴロツキ共の前で顔を見せたことはなく、普段は代理の人間が指示を伝えていたらしい。
 とはいえ、捕まった連中からボロが出やしねぇかと、気が気じゃなかった筈だ。
 だからこそ、様子を確かめる為にラスキン卿を訪ねたのだ。
 そこに偶然居合わせたのは、運が良かった。最初は、屋敷で働く下女辺りから、町中に噂が流れるように仕込もうかと思ってたんだが、お陰で俺とお嬢の結婚が決まりかけていることを直接伝えられた。
 噂に頼っちまうと、そいつがソレを信じるまでには、どうしたって時間がかかる。状況への対処を考える暇を与えない、という意味でも、あれは大きかった。
 お嬢の勢いをあんだけ目の前で見せ付けられりゃ、そんな馬鹿なハナシがあるものかと思っても、もし本当に成立してしまったらと考えざるを得ない。
 今、なんとかしないと、取り返しのつかないことになる。
 お嬢との結婚を目論んでいたそいつに、少しでもそう思わせたら、こっちの勝ちだ。
 どこかに引っ掛かりを感じたとしても、今までの苦労を無駄にしない為にも、なんらかの手を打ってくる可能性は高い。
 だが、手を打とうにも、手駒は既に全員とっ捕まっている。
 改めて人を雇っている余裕も無い。
 ならば、どうする。
 自分でやるしかねぇだろ。
 そいつが取り得る手段で、最も効果的かつ一番手っ取り早いのは、俺という存在を消しちまうことだ。
 俺さえ居なくなれば、エフィとの結婚もへったくれも無いからな。
 つまり、暗殺だ。
 夜中に忍び込んで、ぶっ殺す。
 真っ先に自分が疑われるだろうが、証拠さえ残さなければ、なんとでも言い逃れはできる。上手い具合に、無防備な別棟に移されることや、手引きしてくれそうな人間の存在まで、ご丁寧にほのめかされているのだ。
 出来るだけ考える時間を削って焦らせ、精神的に追い詰めた上で、やってやれないことはないと思えるだけの逃げ道を用意して誘導する。
 但し、その逃げ道の先に待ち受けているのは、俺と入れ替わったファングって寸法だ。
 果たして、そいつはまんまと罠に嵌ったのだった。

20 :CC 32-14/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 09:46:28 ID:vxg3cq/Z0
「貴方だったの――!?」
 後ろ手に縛られて、不貞腐れた顔で床に座り込んでいるそいつを見るなり、エフィは驚きの声をあげた。
 眠い目を擦りつつ駆けつけたのかと思いきや、後で聞いたら気になって眠れずに、ずっと起きていたそうだ。
 同時に呼びに行かせたラスキン卿も、エフィの背後で目を丸くしている。
「なんで……ヴァイスの話では、襲ってくるのは人攫いの黒幕の筈でしょう?なのに……どうして?」
 二人には――というか、ファング以外には、誰だか分からないがまだ黒幕が居るから、そいつを燻り出すという言い方をして、スットボけておいたのだ。
 とはいえ、ちょっと頭を働かせれば分かりそうなモンだけどね。
 まるで予想してなかった顔つきを見るに、やっぱり伏せておいて正解だったな。あらかじめ教えてたら、そんな筈は無いと反対されていたかも知れない。
 この土地の人間にとって、そいつは人攫い共の黒幕である筈がないヤツなのだ。
 そいつとは――もちろん、カイの事だった。
 いつまでも入り口で目を剥かれてても仕方ないので、ともあれエフィとラスキン卿を中に招き入れる。
 ちなみに、最初から次の間に身を隠していた姫さんとアメリアは、既にベッドの上で仲良くぺたんと腰を下ろしている。
 どちらも事の次第がよく分かっていない顔つきだ。カイが何者かってことすらロクに知らない筈だから、無理もねぇけどな。
 ということで、今、この部屋にいるのは、俺とファング、それから捕まったカイ、姫さんとアメリア、俺の側付きを言いつけられていたファム、そしてエフィにラスキン卿の八人だった。
 いくら詰問しても、カイが俯いたままむっつりと押し黙っているので、痺れを切らしたエフィは俺を睨みつけた。
「これは一体、どういうことなの?説明してちょうだい」
「私も是非、聞かせて欲しいものだね」
 ラスキン卿にも重ねて言われて、俺は頭を掻く。
 やれやれ。ここでカイが、自分の企みについてぺらぺらと独白でもはじめてくれれば、俺としては楽なんだけどな。残念ながら、その気は無いらしい。

21 :CC 32-15/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 09:51:11 ID:vxg3cq/Z0
 説明はお前の仕事だとばかりに、ファングは悠長に腕なんか組んでるし、アメリアはきょとんとしていて、姫さんはいつになく大人しい。
 いや、助け船を期待して、あいつらを見回した訳じゃないけどさ。
 なんにしろ、ここでもカイを捕らえたのはファングな訳だし、俺も少しはいいトコ見せておかないとね。
 面倒臭ぇけど、はじめますか。
「へいへい……ジツのところ、俺の考えはほとんど状況証拠から成り立ってるんでね。まぁ、いわゆる当て推量ってヤツだから、なんか間違ったトコがあったら、指摘してくれていいぜ」
 うな垂れたままのカイに向かって前置きしてから、話の組み立てを考えつつ口を開く。
「さて――さっきエフィが言った通り、人攫い共の黒幕は、このカイだった訳なんだけど……」
「だから、どうしてよ!?だって、彼は攫われそうになったコを助けた事だってあるし、それだけじゃなくて、町の皆の為に人を集めて捕まえようとしてたのよ?」
 と、エフィ。
 まぁ、待て。ただでさえ、どっから説明したモンか悩んでんだから、あんまり横から嘴を挟まないでいただけると助かります。
「うん、まぁ、そうなんだけどさ……それは、全部そいつのお芝居だったっていうか――」
「お芝居!?なんで!?何が目的で、そんなことするのよ!?」
「それは……アレだよ」
「アレ?って、何よ?」
 全然、順番に説明できねぇ。
 まぁ、いいか。
 お前は反論する気が無ぇみたいだから、俺が想像で説明しちまうぞ?
 それでいいんだな、カイさんよ?
「まぁ、なんつーか……あんたらエジンベア人から、この土地の人間の元に支配権を取り戻すのが、そいつの目的だったんだよ」
 パン屋のおばちゃんが言ってたろ、そういう考えの連中が居なくは無いってさ。
「は――?え?意味が分からないわ。どうして、そうなるの?」
 お嬢はまるで呑み込めていない顔つきだったが、ラスキン卿は察しがついたようで、「むぅ」と重々しい唸り声を上げた。
「そんじゃ……言い直してやるよ」
 危ね。「馬鹿にも分かるように」とか言いそうになっちまった。どっかの誰かじゃあるまいし。
「カイの目的は、エフィ、お前と結婚することだったんだ」
「はぁ……?」
 なにを今さら、みたいに、エフィは気の抜けた返事をした。

22 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 09:51:53 ID:bTTkqP+eO
支援

23 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 09:52:36 ID:+n+Pyqul0
支援

24 :CC 32-16/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 09:56:26 ID:vxg3cq/Z0
「よく思い出してみろよ。お前とカイの結婚話が持ち上がったきっかけをさ」
「……あなた、さっきから何回も、あんたとかお前とか呼ばないでもらえる?」
 お嬢は憮然と俺を睨みつけた。
 そんなこと、今はどうでもいいだろうが。
「いいから、思い出してみろ。町で攫われかけた娘をカイが助けて、そんで礼を言う為に屋敷に呼んだのがきっかけだったんだろ?」
「そうだけど……え?ちょっと待ってよ!?」
「そういうことだ。裏で人攫い共と通じてれば、かどわかしの現場に『偶然』居合わせて、それを未然に防いでみせるくらい、朝飯前だったってこと」
「だから……お芝居って?」
 にわかには信じられないのか、エフィは口に手を当てて、少し考え込んだ。
「……それは、本当の事なの?」
「いや、さっきも言った通り、俺の想像だけどね」
「想像って……!!」
「けど、そう考えるのが、なんつーか、一番自然なんだ。こうしてこいつがまんまと罠に引っ掛かってとっ捕まってるのが、俺の想像が当たってる証拠にはなるだろ」
「それは、そうかも知れないけど……」
 なんだ?
 思ったより、エフィはカイが犯人だってことを信じたくないみたいに見える。
「まぁ、黒幕って言い方はしたけどさ、それはカイが人攫いを指示してたって意味じゃなくて、実際は事件の発生の方が先だった筈なんだ。そうだろ?」
 話を振っても、カイは反応しなかった。
「なんで俺にそれが分かるのかっていうと、とっ捕まったゴロツキ共の事、俺は知ってるんだよね。あいつらバハラタの辺りで、元から人攫いを働いてた連中なんだよ」
「あ――」
 そういえば、とエフィは口の中で呟いた。バハラタで、グプタに聞いた話を覚えていたらしい。
「連中の親玉は、どっかに雲隠れしちまったみたいだけどさ。そいつらが場所を移して、同じことを繰り返してただけだと思うね、最初はさ。そもそも、カイの目的と人攫いってのは全然別の話で、こいつは単に領主一家に近付く為に、人攫い共に接触して利用しただけだと思うぜ」
 果たして、それは自分の意志だったのか――いや、先走るな。順番に行こうぜ。慎重にな。

25 :CC 32-17/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 10:01:38 ID:vxg3cq/Z0
「まぁ、悪くない手じゃねぇのかな。元々、町では人攫いの事件を解決できない領主サマに対する不満が燻ってたみたいだし、そこにきて演じてみせた活躍だ。
 領主サマすら手をこまねいてるゴロツキ共に、一泡吹かせるとは大したモンだ、みたいな名声は得られるし、こいつを英雄扱いする空気が広まりゃ、領主サマとしても放っておく訳にもいかねぇだろ。無視したら、蔭で何言われるか分かったモンじゃねぇしさ。
 カイにしてみりゃ、遠からず目通りが叶う算段は立った筈だし、実際に呼ばれて目論見通りにお近づきになれたって訳だ」
 一石二鳥ってトコかね。
「フルってるのが、誠実ぶって領主一家に取り入ってるその裏で、人攫い共を手前ぇの元で囲ってる事を誤魔化す為に拵えた理由だよな。『人攫いを捕らえる為に、人を集めてる』ってんだから、傑作じゃねぇか」
 音頭を取ってるヤツがパトロンで、集めた人間は捕らえるべき人攫い共ときてる。そりゃ捕まるわけねぇわな。思ったより、知恵が回るじゃねぇかよ――
「なにが傑作なのよ!?」
 顔を顰めたエフィの叫び声で、はたと気付いた。
「……悪ぃ。不謹慎だった」
 ちょっとした皮肉のつもりだったんだが、実際に人が攫われてるんだもんな。誘拐自体はカイから出た指示じゃなかったとしても、目を瞑って利用してりゃ同罪だ。
 まぁ、でも、お前はここまで上手くやったと思うぜ、カイさんよ。
 実際にエフィとの縁談がまとまりそうなトコまで持っていって、言わば穏便に支配権を取り戻そうとしてたんだ、滅茶苦茶非道な悪党って訳でもない。
 ある程度の名声を得たとはいえ、ラスキン家だってそれなりの尊敬を集めてるんだから、実力行使に踏み切らなかったのは、どちらに民衆が傾くか量りかねていた部分があったからなのかも知れねぇけどさ。
 けど、異国の地に置き去りにされた他所者が、いつまでも支配権を握ってるのは不自然だとする考え自体は、土地の人間としちゃ、割りと普通の感覚に思える。
 荒事に発展させることなく、エジンベア人達をも無理なく土地に同化させ得るカイとお嬢の結婚は、ここいらの連中にとっちゃ、むしろ「いい事」なんじゃねぇかと思えるくらいだ。

26 :CC 32-18/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 10:05:37 ID:vxg3cq/Z0
 ただ、ファング辺りに感想を求めたら、多分こう言うぜ。
 やり方が姑息過ぎる、ってな。
 あと――
 それが、エフィにとっても「いい事」とは限らない。
 俺はさ、大勢の人間の世話を焼くような立場に居たことねぇからさ、やっぱり、自分に関わりのあるヤツの気持ちを優先しちまうんだよ。
 お嬢が全然知らないヤツだったら、見過ごしてたかも知れねぇけど――悪ぃね。
 という内心まで、全部口にした訳じゃないが、俺の話に納得しつつあるエフィの表情は、どんどん翳っていった。
「そう……そうなのね……」
 ちょっと迂闊だったかも知れない。
 カイが自分と結婚したかったのは、領主の座だけが目的だった。
 別に、自分を好きだった訳じゃないんだ。
 エフィにしてみれば、そんな気持ちに襲われても不思議じゃない。
 落ち込んだ顔を見るまで、その事に気付けなかった。
 ちらりとこちらを向いたエフィの瞳には、ひどく寂しげな色が浮かんでいて、少し胸が痛んだ。
 だって、結局のところ、俺もカイと大して変わらないのだ。あいつを罠にかける為に、エフィを利用しただけなんだから。
 どいつもこいつもフリばっかりで、自分を本当に好いてくれる人なんていないんだ。
 そんな風に、エフィが考えなきゃいいんだけどな。
 お前は、違うんだ。
 そんなことねぇからさ。町でも人気者だっただろ?
「……そんな訳で、カイは順調にコトを運んでたんだけどさ。そこに突然、俺っていう邪魔者が現れた訳だ。まさかカイも、良家のお嬢様がアリアハンまですっ飛んで、いきなりそこから恋人を連れてくるなんて、予想もしてなかっただろうからな。ずいぶん慌てたと思うよ」
 冗談めかして言っても、エフィはくすりともしなかった。

27 :CC 32-19/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 10:10:06 ID:vxg3cq/Z0
「俺としては、その焦りにつけ込みたかったんだよね」
 ケダモノ兄弟とグエンの奴も予定外の要素には違いないが、あいつらは向こうに付いたからな。
 グエンの野郎は、お嬢をルーラでアリアハンまで連れ出した張本人な訳だから、もちろんエフィを取り巻く事情を、おおよそ知っていたのだ。
 だから、俺達の目的地は容易に想像がついた筈だし、先回りをして人攫い共と手を組んで、準備万端待ち受けることも出来た。
 また、お嬢が俺に惚れてるって芝居を抜きにしても、カイにとって俺達は目障りな存在になる可能性があった。事実、ファングは町に着くなり、早速人攫い退治に乗り出した訳だしさ。
 その邪魔者を排除してくれるってんだから、勝手にやらせて利用しようとカイが考えても、特に不思議じゃない。
 どっかの底が抜けた馬鹿のお蔭で、それは失敗に終わった訳だが。
 結果、手駒は全員捕らえられ、新たに誰かを雇っている余裕もなく、自分で動かざるを得ない状況に立たされたカイは、まんまと俺の張った罠にかかったのだ。
 そこまで説明して、俺はカイに念を押す。
「もう一度聞いておくけど、なんか反論はあるか?」
 カイは、ゆるゆると顔を上げて、力の無い目で俺を見上げた。
「……私は充分、用心していたんだ。連中の前では顔を見せなかったのに……奴等から、私の名前が出ることは無かった筈だ」
「うん、代わりに人をやって指示を与えてたそうだな。俺も、連中から直接あんたの名前を聞いた訳じゃねぇよ」
「なら、何故分かったんだ!?」
「そうね……タマタマじゃねぇの?」
 謙遜してる訳じゃなくて。
 この一年余りで俺が見聞きしたのと同じだけの事前情報を得ていれば、誰でも想像に難くなかったと思うね。
 この先の事まで含めてな。
「タッ、タマタマだとッ!?」
「いや、まぁ……他所から来た分、冷静に物事を見れたってことじゃねぇのかな」
 フォローしてやったのに、カイは余計に悔しそうな顔をした。
「くそっ……お前みたいな流れ者に……貴様さえ、横からしゃしゃり出てこなければ……」
 その台詞は、ホントはファングに言ってやるべきだと思うけどね。
「そうだな。俺達さえ来なきゃ、あんたは多分、目的を果たせたかもな」
 間を置くフリをして、少し深呼吸をする。

28 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 10:12:00 ID:+n+Pyqul0
支援

29 :CC 32-20/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 10:13:53 ID:vxg3cq/Z0
「あんたは、結構上手くやったと思うよ。けどさ――」
 こっからが、本番だ。
「上手く事が運び過ぎた。そう思ったことはねぇか?」
 わずかに、カイの眉根が寄った。
「人攫いのチンピラ共を、堂々と町中まで引っ張り込んで、それでホントにバレねぇと思ったかよ?悪ぃけど、領主サマの手下が揃ってそこまで無能揃いだなんて、俺には思えねぇな」
「え――?何を言ってるの、ヴァイス?」
 何かを感じ取ったのか、エフィが囁いた。
「俺が説明したようなことってさ、ホントにあんたが全部、自分で考えたことなのか?」
「……何を言っている?」
 カイも、エフィと同じ言葉を繰り返す。
「自覚はナシか……」
 かと言って、自我が無いようにも見えねぇとは、思ったより厄介だな。
「そんじゃ、まるで誰かに、あらかじめ自分の選ぶべき道を用意されてるみたいだ、と疑ったことは?……無ぇか。それに気付くくらいなら、こうして俺の罠にハマってねぇよな」
「どういう……ことだ?」
「いやね。手前ぇが他人を利用してるつもりで、あんたも誰かに利用されてたんじゃないかってハナシ」
 うわ、居心地悪ぃ。
 みんなして、きょとんとした顔で俺を見るんじゃねぇよ。
「そうだ、ファング――お前には、覚えがあるだろ?これと似たような手口にさ?姿を隠して裏から操る、みたいな……ほれ、イシスとかで」
「いや、知らん」
 あっさり否定すんじゃねぇよ。
 お前、ちゃんと話を聞いてたか?
 立ったまま寝てたんじゃねぇだろうな?
「まぁ、いいや……俺が言ってること、あなたなら分かるんじゃないですかね、ラスキン卿?」
「えっ!?わ、私かね?」
 お前ら、いきなり先生に指名された出来の悪い生徒じゃないんだからさ、いちいちびっくりすんなよな。
 なんか、独りで浮いたことを言ってる気分になってきたぜ、畜生。

30 :CC 32-21/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 10:17:06 ID:vxg3cq/Z0
「ちょっと、ヴァイス!?あなたまさか、お父様が本当の黒幕だった、なんて言うつもりじゃないでしょうね?」
 エフィが、俺を睨みつける。
 いや、そうなんだけど。
 少なくとも、なんらかの形で関わってる筈なんだ。じゃないと、事が上手く運び過ぎてる。
 カイの計画がバレても、ラスキン卿は知らんフリして切り捨てるだけで傷つかない。痛くも痒くもない立ち位置にいるのが、却ってアヤシイ……とか思ってるんですが。
 ラスキン卿の驚きは、芝居には見えなかった。
 返事に窮していると、さらにエフィに詰め寄られる。
「本当にそうなの!?どうして、そんな馬鹿なことを思ったのよ!?目的は何!?お父様が人攫いに協力して、なんの得があるっていうの!?」
 おかしいな。ここは、俺がキメる場面の筈だったんだが。
 ああ、もうしょうがねぇ。
 ちょっと自信が揺らいでるけど、当初の予定通り――
「ああ――ッ……うん、目的ね……」
 そちらに目を向けて、一瞬絶句した。
 やっぱりだ。
 途中はどうあれ、最終的なトコロでは、俺は間違ってなかった。
「それは……あんたが説明してくれるんだよな?」
「は?」
 怪訝な顔をしたエフィが、俺の視線を追い――
 俺に集まっていた注目が、そちらに移動して――
 その場に居たほぼ全員が、同時に息を呑んだ。

31 :CC 32-22/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 10:22:27 ID:vxg3cq/Z0
「キャハハハハハハハハ」
 女の哄笑が、室内に響き渡る。
「ファング!!」
 俺が言うより早く、ファングはアメリアと姫さんを庇って位置を変えていた。
「こっちへ!!」
 俺はお嬢の腕をひっ掴んで抱き寄せ、ラスキン卿に声をかける。
「キャハッキャハハハハハハハハハハハハハハッ」
 ひとりしき響いた耳障りな哄笑は、はじまった時と同様に、ぴたりと唐突に止んだ。
「アァ、面白かったァ――アレ?これッて、面白い、でイイんデショ?だよネ?」
 声は、ついさっきまでファムが居た場所から聞こえていた。
 だが――
 そこに、ファムは居ない。
 見知らぬ女が、奇妙に人を不快にさせる笑みを湛えながら、覗き込むようにして俺を見詰めていた。
 見かけ上の年齢は、ファムと同じくらいだろうか。だが、容姿はまるで違う。
 いつ髪留めをほどいたのか、ゆるく波打った艶やかな黒髪は、明らかにファムよりも長かった。
 その顔つきも、似ても似つかない。純朴さを演出していたそばかすは、透けるような白い肌のどこにも浮いておらず、どちらかというと平坦だった目鼻立ちも、彫りの深い派手な顔立ちに変貌している。
 そして、女の出現と入れ替わりに、ファムの姿はどこにも見えなかった。
 部屋の扉は、さっきからずっと閉じられたまま、一度も開いていないのに。
 つまり――
「なに?なんなの……誰なのよ?」
 うわ言のようなエフィのつぶやきが、背中に聞こえた。
 俺が応えるより先に、紅をひいたように赤く濡れた唇が蠢く。
「ネェネェ、アナタがヴァイス君なんデショ?だよネ――?」
 黒い線で縁取ったみたいにくっきりとした、睫毛の長い大きな瞳が俺を覗き込む。
 焦点が合っていないような、妙に人を不安にさせる視線。
「惜ッしい、ケド、ザァンネン。アナタ、考え過ぎィ〜」
 クスクス笑う。
「そのヒトには、都合の悪いコトに目を瞑ってモラッタけどサァ、それダケなのに、キャハッ、おッかシィの」
 女はラスキン卿を指差しながら、そう言った。

32 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 10:22:45 ID:bTTkqP+eO
紫煙

33 :CC 32-23/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 10:27:02 ID:vxg3cq/Z0
「ケド、チョット面白い。ネェネェ、ドウしてアタシの正体が分カッたの?」
「しょ、正体って?」
 俺の服の背中を、エフィは強く握り締めていた。
「魔物か」
 ファングが呟いた。
「キャハッ、今サラ何言ッテんの、アンタ達!?コイツらアッタマ悪いヨ?ニッブいよネェ、ヴァイス君?」
 俺に同意を求めんな。
「な、なんなのよ……気味が悪い。あなた、どこから出てきたのよ!?」
 エフィは、俺の服を引いた。
「ううん、そんなことより……ねぇ、ファムは?ファムはどこに行ったの、ヴァイス?」
 エフィの口調には、とある予感が含まれていた。
「……あいつが、化けてたんだ。ファムに」
「――そんな事って……」
 予感が的中したのだろう。言葉とは裏腹に、エフィの声音には納得の気配があった。いや、信じられないが、そうとしか思えない、といったところか。
「本物のファムは、どうした?」
 ファムに化けていた女――魔物は、ひどくつまらなそうな素振りを見せた。
「ドウデモいいデショ、そんなコト。ソレより、ネェネェ、聞カせてヨ?」
「こっちの質問に答えるのが先だ」
「フゥン?」
 あれ、なんだ?
 声が震えないようにするのに一苦労だ。
 急に部屋が狭くなった気がする。
 息苦しい。
 ニックとの戦いの時に感じた殺気とは違う、もっとねばりつくような不気味な気配――名付けるならば、妖気。目の前の魔物が振り撒いているソレが、圧力となって全身を襲う。
 見た目より、強力な魔物なのか。
「んッ……はッ」
 喉が痙攣したようなエフィの呼吸を、背中越しに聞いた。
 うまく息を吸ったり吐いたり出来ないことに混乱している気配が、握られた服越しに伝わる。
 ファングは――流石に、平然としてやがんな。
 馬鹿が自信満々なら、アメリアが不安を抱く筈もない。
 お?姫さんまで、臆した様子もなく、気丈に魔物を睨みつけてるじゃねぇか。
 やれやれ、頼もしい連中だね――知らず気圧されかけていた俺は、平静を取り戻した。

34 :CC 32-24/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 10:31:47 ID:vxg3cq/Z0
「ドォしたッけナァ……ナンチャッテ。ヴァイス君には、分カッてるんデショ?」
 人攫い共に売っ払われた他の被害者と、同じ運命を辿ったってのか。
 エフィの手前、口に出すのを躊躇っていると、魔物はまた甲高い笑声をあげた。
「キャハハッ、まァた考え過ぎてるデショ?ザァンネン、今度もハッズれェ。今ゴロは、自分の部屋でノンキに寝てる筈だヨ。アタシがズット化けてた訳じゃァなくッて、タマに入れ替わったりシテタからネェ」
「なんだと?――なんでだ?」
 いや、本物のファムが無事なら、それに越したことはないんだけどさ。
「分カッテるクセにィ。ジッケンだヨ、ジッケン」
 実験――その言葉は、妙に腑に落ちた。
「ソレより、ネェネェ、聞かせてヨ。アタシはサァ、上手く化ケてたツモリだったんだケド?ファムってコの記憶も覗イテ、頭もちょっとイジってサァ、入れ替ワッテも、ソコのアッタマ悪い女ハ、全ッ然気付かナカッたんダヨ?ナノニ、ナンでヴァイス君には分カッたの?」
「いや、なに。この件に魔物が絡んでることは、分かってたんでね」
「ヘェ――?」
「だってよ、あの人攫い共がバハラタの辺りを荒らしてた時から、連中のお得意様は、あんたら魔物だったんだろ?」
 ロマリアでアホの王様の頼みを聞いて、『金の冠』の奪還に向かった際に初めて遭遇した頃から、カンダタ共は既に魔物とツルんでいた。
 そして、ポルトガで出会った、まるで魔物の――そう。実験材料として使われたみたいな、昼夜で入れ違いに動物に変化してしまう男女の件。
 目的はどうあれ、魔物の中には人間を理解しようとしている連中がいるんじゃないか。
 そんな俺の疑念は、イシスで再開を果たした、あの黒マントの魔物によって――彼我の絶望的な隔絶を痛感させられたのと同時に、何故か――もたらされたものだった。
『野郎でもオイボレでも、ガキや女と同じカネで買ってくださる、そりゃぁ太っ腹なお大尽がいなさるんでよぉ』
 だから、バハラタ近くの寺院跡で下呂助がそう言った時に、ピンときたのだ。
 そしてここでも、連中の上得意が魔物だったことは、この前、同じ下呂助を脅して確認してあった。

35 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 10:34:21 ID:bTTkqP+eO
私怨

36 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 10:34:39 ID:oYCm4GKk0
初遭遇!

37 :CC 32-25/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 10:37:45 ID:vxg3cq/Z0
「カイとの連絡を仲介してたのは、男好きのする若い女だって、一味の一人が言ってたぜ。俺の考えだと、それはファムがする筈の役回りなんだけどさ――」
 お嬢と一緒になんとかいう島国から来たってヤツに会いに行く道すがら、ファムとばったり出くわしたことを思い出す。あの時も、俺達の動きを連中に伝えてたんだと思う。
「けど、ファムはどう見たって、『男好きのする』なんて形容が思い浮かぶタイプじゃねぇ。だから、こりゃあどっかで絡んでる筈の魔物が化けてんのかね、と当たりをつけてたんだよ」
 尤も、俺は下呂助の意見にゃ頷けねぇけどな。
 目の前の魔物は、確かに美人で艶っぽいと言えなくもないんだが――どうも、不自然なんだ。
 人間の仕草の外面だけを正確になぞってるというか、こういう感情を他人に向かって表現したい時は、このように表情を形作るんだ、というのを知識としてお勉強しただけというか、外見と中身が一致していないというか。
 精巧に作られた操り人形か、はたまた動く死体か――ともあれ、躰の持ち主ではない他の誰かが動かしている、そんな風に感じさせる不気味な違和感。
 おそらく本人は、これでも大真面目に「人間らしく」振る舞っているつもりなのだ。
 だが、そうであるほど、違和感はより一層くっきりと浮かび上がっちまうみたいに思えた。
「エッ!?理由ってマサカ、ソレだけなの?」
 魔物は、少し大袈裟なくらいに目を剥いてみせた。
 ファムに化けていた時よりも、今の方がひとつひとつの仕草は自然に映るのに、より強い違和感を覚えるのは何故だろう。
 多分――他人の真似をすることは出来ても、自分自身を人間としてどう表現していいのか、分からないのだ。
 そりゃそうだ。人間じゃねぇんだから。
「まぁな。悪いかよ」
 実際は、確信していた訳じゃない。
 俺に迷いを捨てさせたのは――
『いえ。たとえ、カイ様が誰か他の人間を好きになったとしても、私はあの方を嫌いになったりはしませんから』
 どこかで耳にしたような、あの台詞だった。
「ひとつ、忠告しといてやるよ」
 まるきり当てずっぽうだったと思われてもシャクなので――いや、まぁ、そうなんだけど――俺は、つい口を滑らせた。

38 :CC 32-26/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 10:43:32 ID:vxg3cq/Z0
「ン?なにカシラ?」
「あんた、自分で思ってるより化けるのヘタだから、気をつけた方がいいぜ?」
 言葉の意味が分からなかったように、少し間を置いてから、魔物はニィッと紅唇の両端を吊り上げた。
「ンフッ……いいヨ、ヴァイス君。サスガ、お父サマが顔を覚えたニンゲンだよネ……」
 舌がちろりと唇を舐める。
 ヤバい、喰われる。
 そんな思いが一瞬脳裏を過ぎったが、魔物はしなりと片手を前に差し出して、誘うように自分に向かって指を折り曲げただけだった。
「折角、お勉強に来たッてユウのにサァ、アレもコレもカンタンに上手く行き過ぎちゃッテ、ニンゲンってアッタマ悪いのバッカなのかと思ッちゃうトコだったヨ」
 ふらり、とカイが立ち上がった。
「デモ、アタシ、ソンナに化けるのヘタかなァ?」
 魂が抜けたみたいなカイの足取りは、ひどくゆっくりとしていて、誰かに何か危害を加えるような動きではなかった。
「ソンナこと無いデショ?」
 ファングと目配せを交し合うだけで、ついつい口も手も出しかねている内に、カイは魔物の元に辿り着いてしまう。
 魔物の指がカイの戒めにかかったかと思うと、いとも簡単に解けていた。
 爪で縄を切ったのか?
「ンフッ……」
 艶然とはこういうものだ、みたいな微笑みをこちらに向けて、魔物はカイの首に両手を回す。
「ジャァさァ……コレなら、アタシ、ニンゲンっぽく見えるデショ?」
 紅い舌がカイの顎を這い、唇に吸い込まれた。
 くちゃっくちゃっと、舌が絡み合う音がする。
「アハァ……ンッ……」
 室内は、異様な雰囲気だった。
 蕩けるような魔物の吐息の熱さと、呆気に取られた俺達の間に出来た温度差が凄い。
 唐突に眼前で繰り広げられた卑猥な光景から、唖然として目を離すのを忘れていた。
「アメリア、キスじゃ!キスしておるぞ!?」
 妙に嬉しがってる風なひそひそ声が、横から聞こえた。
 ベットにぺたんと尻を乗せて、後ろから姫さんを抱き締めているアメリアの膝が、ぱしぱしと叩かれる。
 キスという行為を知っていることを得意がってるみたいなエミリーの様子に、思わず噴き出しそうになった。
 いや、姫さん。ここは、そういう反応を示す場面じゃねぇだろ。

39 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 10:46:45 ID:+n+Pyqul0
支援

40 :CC 32-27/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 10:50:03 ID:vxg3cq/Z0
「ハァッ……ネェ……もっとォ……」
 いつの間にやら、カイは後ろから魔物を抱きかかえていた。
 魔物は顔を後ろに向けて、カイの唇を貪り続けている。
 ブラウスのボタンを外した魔物がカイの手を握り、自分の胸へと誘う。
 カイの逆の手がスカートをたくし上げ、丸見えになった小さな下着の奥へと滑り込む。
 背後から嬲られる格好で、魔物は自らも胸を揉みしだき、もう一方の手でカイの股間をまさぐった。
 むぅ。やっぱり、目が離せん。
 だって、ファムに化けてた魔物が身に着けてるのは、いまだにメイド服のままなんだぜ。
 どちらかというと清楚な印象を抱かせる服装と、喘ぎながら魔物が見せる痴態の隔たりが、淫靡な空気をことさらに強調してるっつーか。
「んァッ……キモチイイョオ……」
 猫が鳴くように、魔物が嬌声をあげた。
 カイが弄っている下着の中から、くちゅくちゅと音が溢れ出す。
 これは、いかん。
 姫さんの教育上、よくねぇな。
 俺は、ニ、三度頭を振って、すごい頑張って目を逸らした。
 いいか、姫さん。本物の人間の女は、こんなにすぐ、あんなに音がするほど濡れねぇんだからな?
「ファング」
「……ああ」
 少し遅れて返事があった。
 ファングは急に我に返ったように、びくっと俺を振り返る。
「なんだ?」
 おやおや?
「……何をニヤニヤしている」
「いやぁ?べっつにぃ?」
 憮然とした表情で、ファングは俺を睨みつけた。
 怒ってみせても、顔が赤いぜ、ファング?
 いやぁ、お前も男なんだねぇ。
 なんか知らんが、ちょっとホッとしたよ。

41 :CC 32-28/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 10:54:38 ID:vxg3cq/Z0
「ンフッ……ネェネェ……アタシ、ニンゲンみたいデショ?」
 媚態を見せつけながら、魔物が色っぽい声を出した。
 今や、服の前は完全にはだけて、しっとりと吸い付くような肌をカイの手が這い、柔らかそうな胸が揉まれる都度に形を変えている。
「アハァッ……アソコ、オッキクなっちゃったデショ?」
 魔物は後ろ手にカイのソレを触りながら、ねっとりとした視線で俺とファングを見比べる。
 うむ。否定はしねぇよ。俺はな。
「まぁな――」
 服の背中が引っ張られて、「いやらしい」とかいう呟きが聞こえた。
 いや、違くて。
「さっきは、ああ言ったけどさ。確かに、ここまで人間っぽい魔物には、はじめてお目にかかったよ」
「ンッ……アハァ……デショ?……ダッテ、アタシ、第三世代ってヤツだモン」
「第三世代?」
「よくシラナイ……ネェ、ソレヨリ、アナタ達もシテ欲しいデショ?」
 ゴクリ……うわっ、だから、背中を引っ張るんじゃねぇよ。
 また、横から姫さんのひそひそ声が聞こえる。
「アレは、何を『する』と言っておるのじゃ、アメリア?」
「えっと……それは、ですね……」
「アメリア!!姫に余計なことを教えんでいい!」
「は、はいぃっ!!」
 真っ赤な顔をしてモジモジしつつも、魔物とカイの絡みをマジマジと見詰めていたアメリアは、ファングに怒鳴られてびくんと背筋を伸ばした。
 目を覆った片手の指の隙間から、やはりしげしげと覗いていたエフィも、同時にわたわたと慌てて視線を逸らす。
 いや、もう遅いから。
 カイから奪った短剣を握り締めて、ファングが一歩足を踏み出した。
「ンンッ……ハァ――ナァニ?最初は、アナタから?」
「黙れ。そのふざけた真似を、今すぐ止めろ」
「ヴァイス君も、一緒でイイヨ……タクサンされるの、スゴい好キ……アハァッ……キモチイイから……」
「……素っ首落としてやる」
 ちょっとからかわれたくらいでムキになるとは、案外可愛いな。
 ファングがもう一歩踏み出すと、魔物はするりとカイの背後に隠れた。
「ヤァン。アタシ、乱暴なのキライ。助けてェ、カイ」
 どん、とカイの背中を、ファング目掛けて突き飛ばす。

42 :CC 32-29/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 11:00:06 ID:vxg3cq/Z0
「む――?」
 カイにしがみつかれたファングが、一瞬動きを止めた。どう見ても肉体派じゃないカイが、ファングの馬鹿力に拮抗している――ように見えたが、それはホンの僅かな間だけだった。
「すまんな」
 すぐにあっさりと、カイは床に投げ捨てられる。だが、それで充分だったのだ。
「ちっ!!」
 すかさず振るわれたファングの短剣は、間に合わない。
「きゃぁっ!!」
 悲鳴をあげたのは、エフィだった。一瞬の隙をついて、魔物が手足を使って異常な速さで足元の床を這い抜けたからだ。
 続いて、ガシャンと窓硝子の割れる音が響く。
 え――?
 逃げんのかよ!?
「何をやっている、『ヴァイス』!!」
 ファングの怒声が響く。
 悪い。ぼんやり見てたわ。俺、すげぇ役立たずだな。
 窓の縁に足をかけて、魔物は振り返った。メイド服のスカートがめくり上がって、また中が見えそうだ――いや、そうじゃなくて。
「ファングとか言ったネ?ヨクモ、アタシの顔に傷ツケテくれたジャナイ……」
 魔物の頬が切れて、そこから血が流れていた。白い肌と赤い血の見事な対比に、妙にドキッとさせられる。
「アタシ、殺サレるの大ッ嫌イ」
 シィッ、という威嚇音のような音が、魔物の喉から漏れた。ファングを睨む目には、強い光。
 それまでの、どこか借り物のようだった感情表現とは違って見えた。
「ソレに、女ノ顔に傷ツケルのは、トッテモイケナイコトなんデショ?許セナイ……アンタのコトも、覚エテおくヨ」
 長い舌が紅唇からぬるりと這い出して、己の血をゆっくりと舐め上げた。
「ダカラ、ヴァイス君も、アタシのコト、覚えててネ」
 どういう理屈だ。
 造作はどう見ても人間なのに、ひどく非人間的な笑みを俺に向けたまま、魔物は窓から外に身を乗り出した。
「アタシ、名前がツイテるんだヨ?スッゴいデショ?」
 にんまりと笑う。
「アタシの名前、ニュズって言ウの。今度は、アナタにもバレないヨウニ上手くバケてみせルから、楽シミにしててネ」
 鋭く空気を切り裂いて、短剣が室内の明かりを照り返して軌跡を描いた。
 ファングが魔物目掛けて投げつけたのだ。
 危ねぇな、この野郎。
 だが、わずかに早く細身の姿は夜の闇へと消え失せ、軌跡は虚空を貫いた。

43 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 11:01:02 ID:bTTkqP+eO
支援

44 :CC 32-30/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 11:06:23 ID:vxg3cq/Z0
 ファングの治療はアメリアに任せ、気絶したカイを人を呼んで運ばせると、なんだか一気に疲れに襲われた。
 というか、気が抜けたのかね、こりゃ。
「君には、礼を言わねばならんのかな?」
 ラスキン卿が、いまだに困惑した口調で、俺に話し掛けてきた。
 あの魔物は、都合の悪いことに目を瞑ってもらっただけ、とか言ってたな。見た限りでは、その自覚すら無いらしい。俺の考えがとんだ勇み足で、ラスキン卿は黒幕の一人なんかじゃなかったとしたら、混乱するのも無理はない。
 正直、いきなり魔物なんぞに出て来られて、何がなんだか分からなかっただろう。
 こっちこそ失礼な勘違いをしてまして、とかしどろもどろに返してから、改めて自分の考えを説明しようとしたんだが、どうにも上手く頭が働かなかった。
 さっきのニュズとかいう魔物がもたらした動揺が、俺にもまだ残っているらしい。
 だから、要領を得ない俺の話に見かねたラスキン卿が、もう夜も遅いし、詳しい事はまた明日にしようと提案してくれたのは、有り難かった。
 エフィは、ラスキン卿と一緒に本邸に戻らなかった。
 ずっと黙りこくって、いまだに俺の服の裾を握り締めている。
 また怖がらせちまったかね。俺でさえ、ちょっとビビったくらいだもんな。
 と思ったんだが、どちらかというとスネた顔つきだ。
「えっと……大丈夫か?」
「私はね。なによ……あんな、気味の悪い……いやらしい」
 ごにょごにょと口の中で呟く。
 何を言っとるんだ、こいつは。
 疲れてるので、無視することにする。
「部屋に戻らないのか?ずっと起きてたんじゃ、もう眠いだろ」
 もう一度声をかけると、じろりと睨まれた。
「……ヴァイスが、部屋まで送ってちょうだい」
「へ?」
「聞こえたでしょ?」
 睨まれたまま、苦労して微笑みかける。
「ああ、うん。喜んで」
「そ。じゃ、行きましょ」
 ふっと険のとれた顔で応じると、エフィは俺の服を握ったまま扉に向かって歩き出した。
 引き摺られながら、ちょっと送ってくると姫さんに言い置いて、一緒に部屋を出る。

45 :CC 32-31/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 11:12:31 ID:vxg3cq/Z0
「あ――ちょっといい?」
 道すがら、エフィはずっと黙りこくっていたが、途中でようやく口を開いて俺に尋ねた。
 返事を待たずに服を引っ張って、屋敷の中でも足を踏み入れたことの無い方へと俺を連れて行く。
 多分、使用人の部屋が並んでいる一角なんだろう。とある扉の前でひとつ深呼吸をして、俺の服を握り締めたまま、エフィは恐る恐る押し開いた。
 中を覗き込むと、狭い室内のベッドの上で、見覚えのある顔が寝息を立てていた。
 ほぅ、と安堵の溜息を吐くエフィ。
 魔物の言葉に偽りはなく、ファムは無事なようだった。と言っても、魔物に操られてた訳だから、しばらくは監視をつけて様子を見る必要があると思うけどな。
 まぁ、その魔物は既に逃げちまったことだし、とりあえず今はいいか。
「行きましょ」
 静かに扉を閉じたエフィに、また服を引っ張られて歩き出す。
 次にエフィが口を開いたのは、自分の部屋まであと少しというところまで来た時だった。
「……ねぇ」
「ん?」
「もしかして……あなたには、はじめから全部分かってたの?」
 はい?
「最初から、全部分かってたから……初対面のカイにも、あんな失礼な態度で接してたの?」
 いや、そんな訳ねー。
 あの時は、単にムシャクシャしてたから――
「……まぁな」
 やっちまった。
 なんで俺はこう、見栄を張っちまうのかね。
 いや、だってさ。ホントのところは、ほとんどがファングの手柄な訳ですよ。それなのに、折角過大評価してくれてんだからさ、その尻馬に乗らねぇ手はねぇっていうか、そういう事にでもしておかねぇと、俺って何もしてないことになっちまうっていうか――
「そうなんだ……凄いね」
 エフィは囁くように、そっと呟いた。
 何かの皮肉だったら心も痛まないんだが、この声音はそうじゃねぇな。
 あんまり感心しないでくれよ。

46 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 11:15:27 ID:bTTkqP+eO
私怨

47 :CC 32-32/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 11:18:20 ID:vxg3cq/Z0
「お父様よりも先に、私こそお礼を言わなくてはいけないわね。あなたが、あの魔物の正体を見抜いてくれなかったら、大変なことになっていたかも知れないんでしょう?」
 まぁ、そうなるのかな。
 エフィの気持ちを別にすれば、カイとの結婚はそれほど無茶な話じゃなかったと、今でも思ってはいるけどさ、それが魔物の主導だってのは、流石にマズいだろう。
 それにしても、聞き出す前に逃げられちまったが、あの魔物は目的はなんだったんだ?
 まさか、本当にニンゲンのお勉強が目的だったってのかね。
「本当は、私が最初から、お父様にはっきりと気持ちを伝えてお断りするべきだったんだわ。それを代わりに、ヴァイスに解決してもらったようなものだものね」
 エフィは立ち止まって、小さく溜息を吐いた。
「でも……何故だか、言えなかったのよ。私の立場を考えれば、この土地の人と婚姻関係を結ぶのは、悪い話ではなかったわ。だからこそ、お父様もご検討なさっていたのだし……私だって、そのくらいは分かっているのよ?」
「うん」
「でも……今回の縁談で、はじめて自分の気持ちに気付いたって話、したでしょ?」
 自分の子供にも、自分と同じ髪や目の色でいて欲しいってアレか。
「お断りするにしても、理由を尋ねられて、そう答える自信が無かったのよ。だって……お父様は、きっと私の気持ちを分かってくださるから。だからこそ……ね。私達が、偏見を持っていると認めてしまう気がして、嫌だったのよ」
 なんと答えていいか分からずに、俺は「そっか」とか適当な相槌を打っていた。
「でもね……」
「うん?」
「なんだか、今になってみると、ずいぶんつまらないことに拘っていたんだなって、そんな気もするの」
 エフィの声は、少し明るくなった。
「そうじゃないのよ。私が嫌だったのは、そういう事じゃなかったんだって」
 伏目がちだった瞳が、俺を見上げた。
「あなた、言ったでしょ?重要なのは、相手の事を好きかどうかだって。それが最初だって」
 マズい。
 そんなに深く考えて言った台詞じゃないんだが。
 思いがけずに、自分の言葉が相手に重く受け止められちまって、冷や汗をかいている俺の内心とは裏腹に、エフィの顔には控えめな笑みがこぼれていた。

48 :CC 32-33/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 11:23:18 ID:vxg3cq/Z0
「その通りなんだと思うわ。私は結局、自分が好きでもない人と結婚するのが嫌だっただけなのよ。でも、自分の立場を考えると、それは悪い話ではなくて……だから、自分が納得できるような、もっともらしい理由を、自分で考え出してしまっただけなんだわ」
 ちょっと、照れたような素振りを見せる。
「だって、これでもね……私も、女の子ですもの。す、好きな人との、その……す、素敵な恋愛に、憧れたっていいでしょう?」
「あ、ああ、うん。なんも、悪くねぇよ」
「でしょう!?私……大好きな人とだったら……お父様の前で言ったことは、その場凌ぎの嘘じゃなくて、私の本心だったんだわ。自分の気持ちが、一番大切なのよ。それに気付かせてくれたことにも、本当に感謝しているの」
 困ったな。
 そんな大層なつもりじゃなかったのに。
 けど、今まで立場を慮って自分の気持ちを抑えていた反動と若さが相俟って暴走してるだけだ、なんて言えねぇしな。
 最後にきゅっと俺の服を握ったエフィの手が、するりと離れた。
「ありがとう……ヴァイス」
 殊勝なことを言って、可愛らしくはにかむ。
 俺は――視線が泳がないようにするだけで、精一杯だった。
 ひどく居心地が悪いんだが、ずっとツンケンされていたエフィに素直に礼を言われて、悪い気がしない自分がいるのも分かって、それが俺を余計に落ち着かない気分にさせる。
「送ってくれて、ありがとう。ここでいいわ」
 なんとも反応できない俺に、エフィはそう言った。
「おやすみなさい」
「ああ――おやすみ」
 思いの外あっさりと歩き出したエフィは、二、三歩進んだところで、くるりと振り向いた。
「そうだわ」
「ん?」
「……お休みのキスでもする?」
「へっ!?」
 迂闊にも、呆気に取られちまった。
 エフィは、今度こそしてやったり、という笑顔を浮かべた。
「嘘よ。冗談に決まってるでしょ。ふざけないで。誰が、あなたなんかと」
 ふふっと笑って、背中を向ける。
「それじゃ、また明日」
「ああ、うん……また明日」
 エフィはもう振り返ることなく、自分の部屋に入っていった。
 それを見送ってからも、俺はしばらく阿呆みたいに立ち尽くしていた。
 なんだか、惨敗した気分だった。

49 :CC 32-34/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 11:27:27 ID:vxg3cq/Z0
 欠伸をしながら扉を開けると、エミリーは既にベッドで丸くなっていた。
 さっきカイを引っ掛ける為に使った部屋ではなく、昨日まで寝泊りしていた元の部屋だ。
 静かに毛布の裾を上げて隣りに潜り込むと、姫さんが身じろぎをした。
「……あやつは大事なかったか、ヴァイス?」
「あれ、起きてたのか。うん、まぁ、心配ねぇだろ」
「……そうか」
 いらえは、かなり眠そうだった。もう明け方近いもんな。
「そういや姫さん、今日はずいぶん大人しかったな」
 いつもみたいに、もっとなんだかんだと嘴を突っ込んでくるかと思ってたんだが。
「……じゃって、話がよく分からなかったのじゃ」
「ん?ああ、そっか」
「いや、話の内容は、ちゃんと分かったのじゃぞ?」
 瞼を懸命に持ち上げて、俺を見上げる。
「馬鹿にするでない。お主らが喋っておった言葉の意味くらい、ちゃんと分かったのじゃ……じゃが、なんと言うのじゃ?あやつがケッコンしたくない理由もよく分からぬし、そもそもなんで好きな者同士でない者をケッコンさせようとするのかも、よく分からぬ」
 欠伸を噛み殺す。
「……掟によってケッコンが許されぬ、というのなら、まだ分かるのじゃがな。それとは、まるで逆であろ」
「……まぁな」
「人間の好きや嫌いを理解する良い機会じゃと思っておったのじゃが……分からぬ上に分からぬりくつを重ねられて、なんだかさっぱり分からなかったのじゃ。さっきアメリアに尋ねても、どうにも要領を得ぬしな」
 ああ、そうなんだ。
「なんというか……ひどく離れた場所から芝居を見せられておるようで、口を出そうにも、まるで現実味が無くてな――」
 姫さんは、急に顔を顰めた。
「じゃが、あの魔物は別じゃぞ!?わらわも、近くで魔物を見たことは何度もあるが、アレは特別イヤな感じがしたのじゃ。わらわは、あやつは嫌いじゃ」
「うん。俺も、もう会いたくねぇなぁ」
「……じゃが、お主には、また会いにくるようなことを言っておったぞ?」
 揶揄する口調だった。
 止めてくれ。願い下げだね。
 これ以上、厄介事を抱えたくねぇよ。

50 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 11:32:28 ID:bTTkqP+eO
しえん

51 :CC 32-35/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 11:33:53 ID:vxg3cq/Z0
「……お主も、早く寝るがよい。わらわは、もう眠いのじゃ」
「ああ、悪ぃ。おやすみ」
「うむ。おやすみ」
 再びもぞもぞと丸くなった姫さんに習って、俺も目を閉じたが、眠いのに何故だか寝つけなかった。
 こんな時、止めようと思っても、勝手に思考を弄んじまうのが、俺の悪い癖だ。
 やっぱり、あいつらとは違うんだよな。
 ふいに、そんな文句が頭に浮かぶ。
 すっかり忘れかけていた感覚だが。
 ファングやアメリア、そしてエフィと行動を伴にして、俺は思い出していた。
 あいつらは、いいよな。
 ぼんやりと、そんなことを考えている。
 あいつらは、世の中に逆らってない。
 世の中にちゃんと立ち位置があって――少なくとも、あいつらの考え方や行動は、周りから後ろ指をさされるような代物じゃない。
 ファングはもちろんのこと、エフィだって、ちゃんと自分の家柄や立場に誇りを持っていて、それはあいつの生きている世間においては肯定されるものだ。
 お嬢様として慕われてるし、その立場をあいつは嫌ったりしていない。
 いや、もちろんさ。生きてりゃ世の中の理不尽に出くわすこともあるだろうし、あいつらだって、それを不満に思う場面もあるだろう。今回のエフィみたいにな。
 けど、そうじゃなくて、もっと根っ子の部分っていうか――
 きっと、あいつらが自ら望んだ道は、世の中に邪魔をされない。
 向きが、おおよそで合っているというか。
 あいつらにとって、世間や常識は敵対するものじゃなく、だからこそ、自分の一番根っ子の土台の部分を、世界中から否定されるみたいな、ひとりぼっちの気分を味わうことも、きっと無いんだ。
 わざわざ自分を否定することもない。
 そういうのって、無意識の安心感があると思うんだ。
 それは、皆と同じだから、という安心感とは少し意味が違っていて――特にファングなんて嫌でも目立っちまうヤツだし、周囲に埋没するようなヤツじゃねぇから、それはそれで、あいつなりの苦労もあるとは思うんだけどな。
 ただ、なんていうか。
 世界と自分の、どちらが間違っているのかなんて、馬鹿なことを疑う必要がない。
 けど――
 あいつらは、そうじゃない。
 シェラはもちろん、リィナだって――
 そして、あいつも――

52 :CC 32-36/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 11:37:35 ID:vxg3cq/Z0
 俺か?
 俺は――何も無い。
 世間がよしとすることを、そのまま素直に受け入れるのもシャクだが、かと言って面と向かって逆らう根性も無い。それに取って代わるような、自分を支えるべきものも、何ひとつ自分の裡に築けていない。
 何も無い、がらんどうの、薄っぺらい、単なるへそ曲がり。
 それが、俺だ。
 簡単に言や、つまはじき者だよ。
 まぁ、でも、だからこそ、さ。
 せめて、俺みたいな人間くらいは、あいつらの味方になってやりたいじゃねぇか。
 俺はぼんやりと、そんなことを考えていた。
「なぁ、エミリー」
「……む〜?」
 寝言みたいな返事が聞こえた。
「次の仕事が終わったら、一緒にあいつらを――」
 俺は気付かれないように、そっと唾を呑み込んだ。
「――マグナ達を、探しにいくか?」
 久し振りに口にした名前は、予想以上に俺の気持ちを波立てた。
 だが、悪い気分じゃない。
「……本当じゃな?」
「ああ。本気だぜ」
「……よかったのじゃ……頑張ったのじゃな、ヴァイス……わらわも……うれし……」
 頑張った?って、どういう意味だ。
「約束……じゃぞ……」
 もぐもぐと口を動かして、それが姫さんの限界だった。
 もう、すっかり眠っちまってる。
 この調子だと、夢と区別がついてないかもな。
 まぁ、いいか。
 綺麗な銀髪を撫でながら、俺も妙に嬉しかった。
「ああ。約束だ」
 今度は、目を瞑れば、すぐに眠れそうだった。

53 :CC 32-37/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 11:42:18 ID:vxg3cq/Z0
 そして、今――
 俺達は、例の島国に足を踏み入れている。
 ジパングとか言うらしい。
 俺達がエフィの故郷を出発したのは、あれから半月ほども経ってからだった。
 まぁ、色々あってさ。
 事件の後始末もあったし、それを終えてからも、なんだかんだあったんだよ。
 暇を持て余したファングの馬鹿は、近辺の魔物掃除を手伝うとか言い出すしさ。
 それに、ここは島国だから、辿り着くには当然のこと海を越える必要があって、それにも時間を喰われちまったし。
 そんなこんなで、結局ひと月余りが経過していた。
「ねぇ、ほら、ヴァイス。見てよ、あの大きな赤い柱。あれは、なんの為に建ってるのかしら?」
 絡めた腕を引っ張って、エフィに無理矢理そちらを向かされる。
 何の目的で建っているのか見当もつかない、馬鹿デカい柱の周りでは篝火が焚かれていて、夜の闇を照らしていた。
 灯りを受けて、エフィの髪が煌めいている。
 そうなんだよ。
 お嬢も、ついてきちまってるのだ。
 あと、ついでに言えば、姫さんも。
 もちろん、俺は二人とも、あの町で待っててもらうつもりだったんだけどさ――
「ホントに、不思議な国ねぇ。着てる物も風変わりだし……アリアハンに行った時は、ここまで違いを感じなかったわ。こっちの方が、よっぽど近いのにね」
 下から覗き込むように俺を見上げて、ふふっと微笑んだ。
 まったく、人の気も知らねぇでさ。
「なんだか、不思議……世界はとても広くて、私の知らないことなんて、まだまだ沢山あるのね」
「……そうだな」
 気の無い返事に怒ったのか、エフィはぷくーっと頬を膨らませた。
「なによぉ。もう、ヴァイスったら、まだ私がついてきたことを怒ってるの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどさ」
「嘘。だったら、なんでさっきから上の空なのよ」
「ああ、悪ぃ」
 自分がないがしろにされていると感じると、すぐスネやがるんだ、こいつ。
 なんだかんだで、俺はエフィと一緒にいることが多かったから、ここんトコ意識的に注意してたんだけどな。ちょっと気を抜いてたわ。

54 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 11:45:17 ID:bTTkqP+eO
私怨

55 :CC 32-38/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 11:48:13 ID:vxg3cq/Z0
 なんかね。アメリアが姫さんまで巻き込んで、余計な気を回してやがるようにも思えるんだよな。
 いや、別に嫌な訳でもないし、俺もあえて目を瞑ってた部分もあるんだけどさ。
「なによ、もぅ!せっかく……りなのに」
 ごにょごにょと口の中で呟くと、エフィは絡めていた腕を解いて、俺から離れた。
「ホンット、相変わらず気が利かない人ね!いいわよ、私が居ない方がいいんでしょ!?もぅ、知らないから!!」
 小走りに、林のように木が連なっている方へ走り出す。
「おい、危ねぇぞ」
 声をかけると、振り返って「いーっ」と歯を剥き出された。
 そのまま、林の中へと姿を消してしまう。
 思わず、苦笑が漏れた。
 ホント、最初に会った頃とは、ずいぶん変わったよな。
 そもそも、こうして二人で外をほっつき歩いてるのだって、お嬢に誘われたからなんだぜ。
 この村に辿り着いたのは、つい夕方の事だ。例の助けを求めてきたヤツの家で、とりあえず俺達は世話になることになったんだが、夜になってエフィが辺りを散策しようと言い出したのだ。
 ついて来たそうな顔をした姫さんに、アメリアがじゃれついてる間に、急かされるみたいにして連れ出されちまった。
 アメリアのヤツも、なに考えてんだかね。あいつだって、俺みたいなゴロツキまがいが、いいトコのお嬢様とどうにかなるとは思ってねぇだろうによ。
 けど、なんというか――このひと月余り、なにかと理由をつけて構ってくるお嬢に対して、俺もまんざらでもない気分になっちまってたりするのが困りものなのだ。
 改めて、そういう目で見ちまったっていうか、そしたら存外に悪くないことに気付いちまったっていうか。
 エフィにも前みたいには嫌われてないと思うし、上手いコト立ち振る舞えば次期領主の座も夢じゃねぇかな、とか。ペテンだったとはいえ既に結婚話も出てることだし、そういう流れが無い訳じゃねぇよな、とか。チラッとは考えたよ、そりゃ。
 いや、本気じゃないけどね。
 あくまで、勘違いと自覚した上での冗談だ。
 領主サマなんて、まるきり俺の柄じゃねぇし、そんなに身の程知らずでもねぇよ。
 それに、エフィにとっても――
 それがいいことだとは、俺にはとても思えなかった。

56 :CC 32-39/39 ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 11:51:25 ID:vxg3cq/Z0
 さて、と。
「……るせぇな。分かってるよ」
 呟きながら、頭の中で馬鹿が何かを言う前に、脳裏から掻き消してやる。
 どっちみち、このままお嬢を放っておく訳にはいかない。
 篝火のお陰でそこそこ明るいといっても、もう夜中だ。明かりが届かないほど奥まで行っちまって、迷子にでもなられたら大変だ。
「……ス?……るの?」
 林に少し足を踏み入れたところで、微かに女の声が聞こえた。
「ああ、そこにいたのか」
 もうちょい先まで行ってたと思ったんだが。
「悪かったよ、ぼんやりしてて。ほら、暗くて危ねぇから――」
 脇の繁みががさりと音を立てて、人影が姿を現す。
「戻ろう……ぜ……」
 俺は、呼吸を忘れていた。
 目の焦点が合わなくなった。
 立ちくらみをしたみたいに、いつの間にやら体が傾いていて、慌ててその場でたたらを踏むことで、我に返った。
「え――?」
 なんだ、これ。
 信じらんねぇ。
 俺達は、お互いに穴が空くほど、まじまじと見詰め合って――
 すごく長い時間が、あっという間に過ぎた。
「ヴァイス……?」
「マグ――ナ……か?」
 ほとんど無意識に、喉から声が絞り出されていた。
 見紛う筈もない。
 今、俺の目の前にいるのは――確かに、マグナだった。
 
 
 

57 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 11:59:13 ID:bTTkqP+eO
乙!
久々のマグナ
次回は修羅場ですかw

58 :CC ◆GxR634B49A :2008/01/14(月) 12:13:39 ID:vxg3cq/Z0
という事で、第32話をお届けしました。
ヤベェ、途中、書き直しきれてなかったw

いや〜、それにしても、間隔空いてしまって申し訳無いです。
去年のウチは、ホントに手をつける暇が全然なくて、
今年に入ってから、他の事と平行してどうにかこうにか、
ここまで漕ぎ着けた訳ですが。。。
バカなポカしてるし。副題適当だし。もっと短くできたとか、考え始めると落ち込むので、
まぁ、今は置いといて、とりあえずゆっくりしたい。。。
でも、またすぐ次のやる事が。。。
おかしいな。こんなに忙しい筈が無い人間なんですが。
ダラダラしてるのがデフォルトのダメ人間なんですが。

今回は、いつも仕上げに使ってるマシンがお亡くなりになったこともあって、
どうも感覚が掴み辛かったです。もしなんかヘンだったらすみません。

あと、作中でまた勝手なことをしてすみません。なんとゆーか、
ここ数話は元々オリジナル的な要素が強かったということで、
どうかご納得いただければ幸いです。
ようやく、ゲームの本筋にちゃんと戻りますから〜。

さて、次回はいつになるだろう。。。
個人的には、早く書きたいです。
あ〜、今、自分が何書いてるのか、よく分かんねぇw
寝ます。
どうか、ちょっとでも皆様に楽しんでいただけますように。

59 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 12:16:58 ID:yURBWS+NO
乙でした
修羅場ktkrwww

ニュズたんみたいなえっちなまものはけしからんとおもいます!

……さて、奴から事情を聞き出(ry

60 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 13:32:15 ID:ZePe53CzO
今回なげぇぇぇ

61 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 14:08:12 ID:MPf/BdKM0
乙&GJです!
名探偵ヴァイス大活躍でしたね。

つうか、これじゃ次の投下までwktkして眠れないじゃないかw


62 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 16:37:05 ID:hpgueUiB0
>59
「H生もの」と詠んだ俺を蔑んでくれ給え!!!

c⌒っ*゚ー゚)っオジョウデレktkr

63 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/14(月) 23:06:44 ID:xKlj73I4O
昼ごろ理不尽スレにマグナが来てたみたいだな

64 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/15(火) 00:00:14 ID:pqScd8U00
まじすごいっす。
読み終わってレス番見て一瞬意味がわからなくなりました。。。
それくらい熱中して読んでしまいました。

65 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/15(火) 18:48:09 ID:Gfns59As0
俺も今回は読みに力が入っちまった。

やっぱり主人公が活躍しなくちゃあな。

CC氏乙

66 :CC ◆GxR634B49A :2008/01/16(水) 10:06:15 ID:6f2+/BxB0
最近、連載モノみたいなヒキが多い上に、長くてごめんなさい><
でも、今回は前々回よりは短いんだゼ?<自慢にならない

うぅ。。。ジツは、そうなんですよ。
お嬢編を始める前に、「メイ探偵、皆を集めて『さて』と云い」みたいな
推理仕立てにしてみようかな〜、と血迷ったことを考えてしまいまして。。。
でも、ホントにやりはじめると、すごい枚数喰いそうだったし、
ここではもっと他に焦点を当てるべき事があるだろ、と思い直しまして、
でも、その気分だけは引き摺ってしまったとゆうか。。。
大した謎もない割りに、分かり難くなってなければ幸いです。
ラスキン卿殺人事件にした方がよかったかなぁ、とか悩みつつ、
でもトリック考えつけない人なので、ホントはハナから無理なんですけどね。
物も知らないので、理不尽スレもよく分からないんだゼw

楽しんでくださった方もいらしたようで、ホントに嬉しくほっとしています。
結果的には、やっぱりこれでよかったと、今は思ってます。
ラスキンさんが殺されるのも、なんか気の毒だし(^^ゞ
あとニュズも、ギリギリ土壇場でちょっと(私的には)よくなったので、よかったです。ヘンな文章w

さて、次回はお察しの通り修羅場です。
書き出しだけちょっと書いてみましたが、なんとかなりそう。。。かな。。。
主人公も活躍しますよ!。。。多分。。。いや、しないかな。。。
H生ものもアリで!。。。いや、これはナシかなw


67 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/16(水) 15:42:31 ID:8RO2sIMcO
じゃあ俺は一人でハーレムルートに進んでおきますね

68 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/16(水) 21:41:44 ID:opGMIpNfO
じゃあ俺はニュズの誘惑に負けてBadEndルートに行ってくる

69 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/16(水) 21:48:08 ID:TAtarMmz0
CC氏乙です
とりあえず先に言っときますね

Nice boat.

70 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/17(木) 00:43:56 ID:nxTixICS0
ニュズとはどこかでバッティングしてエッチなイベントを起こしてもらいたい。

71 :CC ◆GxR634B49A :2008/01/17(木) 03:44:33 ID:N2IfzkPG0
本人はハーレムもの書いてるつもりじゃないんですが、全く少しも反論できませんw
でも、どっちかというと裏少女まんがとゆうか。。。ああ、これ、同じ意味だわ
だって、フラフラしないと面白くないじゃん!w

ニュズの次回登場は、私もちょっと楽しみです。

72 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/17(木) 13:21:35 ID:UqceaFIVO
しんさく!
しんさく!!

73 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/19(土) 15:28:37 ID:2Vk/NFec0
ヴァイスはエフィと結婚しちゃえよ

74 :YANA  ◆H.lqZohyAo :2008/01/19(土) 17:30:14 ID:gX4KkBh10
 第二章「ハジメマシテ」

 真っ赤な世界だった。
 本来は岩と石で出来ているのだろう、洞窟の壁の色さえ錯覚させるような、暴力的なまでの真紅。
 地面から噴き出る炎とマグマ。遥か高い天井まで舞い上がる火の粉。
 それらは、ただ鑑賞するだけならばこれほど美しいものはないだろう。
 ―――だが。実際、そんな場所を進む俺たちにとっては、現実問題として危険この上ない。
 足の踏み場もない、と散らかった部屋を表現することがあるが、あれは実際踏み場がないわけではなく、単に『踏むことが好ましくない場所』が多いというだけで、その気になれば踏み荒らすことだって出来る。
 が、この洞窟の場合、『踏むことが好ましくない場所』は『踏んではいけない場所』に置き換わる。
 何しろどろどろに溶けた岩の灼熱の海である。間違って片足だけでも突っ込んだら、熱さを感じる間もなく、この鮮やかな紅の仲間入りだ。
 確かに、洞窟の面積の割合的にみて、進むことができないというほどマグマが犇めいているわけではない。だが、俺たちはここで跳ねたり走ったり戦ったりしなくちゃならんわけで。
 と、そこまで考えたところで、ぺちんという軽い衝撃が背中を突いた。
「はい、終わりっ」
 小さな嘆息とともに、傍らのアリスが立ち上がる。
 回復呪文による傷の治療が終わったのだろう、首周りの痛みが大分引いている。
「ん、すまん」
 調子を確かめるために頭を左右に振って首の骨を鳴らす。…とりあえず、支障はなさそうだ。
「ああ、もう、まだあんまり動かさないの。直接触れない中の部分は、魔力の浸透が不完全なんだからねっ」
「うんー…そうはいうけどな。あんまり悠長に回復を待ってられる状況でもねぇだろ、実際」
 怒ったように釘を刺すアリスを、地面に胡坐をかいたまま一度見上げてから、なんだいありゃあ、と呟いて視線を数間先に向ける。
 皮膚に黒黴のような色を湛え、頭部を吹き飛ばされた亜人の死骸がそこに無造作に転がっていた。

75 :YANA  ◆H.lqZohyAo :2008/01/19(土) 17:32:23 ID:gX4KkBh10
「倍力の呪文を使うトロールとはな。元の力が桁外れなだけに、冗談みたいな馬鹿力だ…ったく」
 愚痴りながら、先ほど頭部に直撃しかけた一振りを思い出す。
 …奴の腕力は、亜人種のご多分に漏れず、十分に人外と呼ぶに相応しいものだった。しかしそれだけなら、いつも通り呪文の力で不足を補えば済む話だ。
 だが、今回は勝手が違った。あのトロールは、あろうことかその出鱈目な一撃の破壊力を呪文で倍化させやがった。これじゃあ不足を補ったところで鼬ごっこだ。
 はっきりいって、他のどんな呪文を使われるより性質が悪い。何しろ、亜人種の十八番を一点突破で強化するのだ、奴らの攻撃の威力を知る人間ならば、考えたくもない悪夢だろう。
 さっきはすんでのところで肩に軌道をずらしたが、かなりの衝撃だった。おかげで首周りがかなりがたついた。あのまま、まともに潰し合いをしたら、おそらく俺は負けていただろう。
 その情景を思い返しているのか、援護の呪文を奴にぶち込んだ当のアリスは、感じ入るように俯く。
「…ん。確かに、呪文を使うトロールは珍しくないけど、よりによってバイキルトなんてね」
「この先もこんな奴らがいるかも知れねぇと思うと、気が滅入るぜ…んぅ?」
 不意に、口の奥に異物感を覚えて、もごもごと舌で原因のモノを手繰り寄せ、赤茶けた土の上にぺっと吐き捨てる。
 やや赤味がかかったピンク色の肉片だった。多分、俺自身の口内の肉だろう。
 どうやらさっきの一撃で犬歯がざっくりやっちまったらしく、唇の端っこの裏側に穴ぼこが出来ていた。生々しい鉄の匂いが口と鼻腔を満たしていく。
「な、ちょ、大丈夫?口の中も、切った?」
 吐き出された肉片を見て、アリスはまた心配そうに、慌ててまた俺の傍に屈み込む。いや、見た目はアレだが、首より全然痛くはないぞ。
「気にするな、これくらいなら自分で何とかする」
 血の味がじわじわ広がる口の中に指を突っ込み、傷に触れながら『ふぇほいみ』と情けない呪文を唱える。それで、止血と鎮痛は十分だ。

76 :YANA  ◆H.lqZohyAo :2008/01/19(土) 17:34:20 ID:gX4KkBh10
「本当に、大丈夫?」
「いつになく心配性じゃないか。…俺がこのくらいでどうかなるとでも思ってるのか、おまえは」
「むぅぅ…そうじゃないけど。ただ、こんなとこじゃ傷が熱を持って体調が悪くなったりしないかなって」
 尚も俺の顔を覗き込むアリスに諭すが、彼女は食い下がる。まぁ、こいつの言い分も解る。
 …ライナーも昔、似たようなこといってたっけ。運動による血流の加速や、過度な気温の高さで傷が熱を持つのは体にまっこと宜しくない、とかなんとか。俺は今更、慣れっこだが。
「そうだな…こんな戦いづらい場所とは、俺もさっさとおさらばしたいところだ。残りの細かい傷の治療は、歩きながら―――」
 ―――光の鎧に任せるとしよう。幸いコイツには、近くに魔物がいると邪気で機能が阻害されるとはいえ、装備者の傷を癒す呪文が付与されている。
 …そんな感じの言葉を、続けようとしたのだがー。
「…ん?ゴドー?」
 この場所の暑さはアリスにも堪えているだろう、とこいつの様子を伺って、汗を幾筋も浮かべる額に視線を向けたのが不味かった。その光景に、俺は小さく面食らい、台詞を言い損なう。
 俺の顔を前かがみで覗き込むこいつの体勢。勿論、額の汗は頬を伝い、顎の先へと溜まり、滴となって土に落ちる。
 だが、その顎の向こう側。鎖骨や首元にじっとりと浮かんだ汗の粒の群れに、視線が移った。
 大きな粒は重力に従って下へ向かう。道すがら、小さな粒を吸収し、その身を粒から珠へと変えながら。
 そうして完成した珠の様な汗は…まぁ、その、なんだ。当然、宿主が運動していない以上、体のラインに従って落ちるしかないわけだ。

 で――――――そいつが向かう先には、それはもう、深い谷が。


77 :YANA  ◆H.lqZohyAo :2008/01/19(土) 17:35:34 ID:gX4KkBh10
 白い一枚布で包まれたきりの豊満な双丘の押し合う様。相変わらず、勘弁してほしい扇情っぷりである。
「ねえ、ゴドー?…もしかして、まだどこか痛むの!?」
「…いや」
 絶景を前に固まった俺を見て、まだ深刻な傷を残しているととったのか、アリスが血相を変えてズズイ、と更に顔を寄せてくる。当たり前だが、胸元の谷もこちらに迫ってくる。
 だが、こんなことは別に初めてじゃない。こいつと旅をして二年、何度胸の話をしてどつかれたことか。対処法は心得ている。
 こんな状況で蹴りでも入れられて、傷口を開くのは御免被りたい。俺はいつも通り冷静に、視線と話題を逸らして、やり過ごすのだった。

 ※ゴドー選択 選択肢安価>>78

ニア・このままながめてるのもいいか
 ・何でもない。それより…

78 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/19(土) 19:01:47 ID:YiBYtd2A0
ニア・このままながめてるのもいいか
ピッ!!



むしろ揉んで・・・いやなんでもない。続きどぞ


79 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/19(土) 19:07:10 ID:jMDgdpVz0
YANA氏乙です!
例の闘技場に向かう前の二人かな?

>>78
その選択肢を選んでくれてありがとう!

80 :※YANA  ◆H.lqZohyAo :2008/01/19(土) 19:22:26 ID:gX4KkBh10
>>78
よし来た、任せろ!(ぁ

あ、一応こちらでも宣伝。前スレのほうで一周年記念リクとってますので、お暇な方、宜しければ埋めがてらどぞ。

81 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/21(月) 18:01:30 ID:SSXT3yXhO
前スレ埋まってた…

ゴドー×マグナの勇者論とか
アリス×ヴァイスの苦労人自慢とかが見てみたいと無茶ブリしてみるほす

82 :CC ◆GxR634B49A :2008/01/23(水) 13:09:22 ID:LTuTZR600
それは無茶ブリすぐるw

仕上げに使ってたマシンの代わりが、ようやく届いたと思ったら、初期不良。。。
1ヶ月も待たされたのに。。。しょっきんぐ
幸いイベントもあるみたいだし、しばらくは傷心でひっそりと進めておきますw

83 :※YANA  ◆H.lqZohyAo :2008/01/23(水) 23:10:01 ID:qlxHr44v0
>>81
うむ、今まで何度か考えてみたけども、やはり完結してない作品でそういうのをやるのは作者さんに失礼だと思うのです。
だからもしやるとしても、CCさんが連載終えてからになると思います。
というかある意味で情緒が破綻しまくっているうちのバカ狼が、能力はともかく真っ当な感性をお持ちな女の子であるマグナに噛み付いてる(変な意味でなくて)絵面を想像すると、どう見ても悪党です。本当にありがとうございました。

今回は前スレでリク締め切りと公言もしてしまいましたし残念ながらお流れですが、機会さえあれば是非やりたい組み合わせでもあります。
あとアリスとヴァイスは、同じ苦労人ではあるかもですが、根本的な苦労の意味が方向性を異にするため相性が悪い気がします。彼らは絶対に喧嘩する(ぇー

84 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/24(木) 19:37:29 ID:d36w+PZ60
組み合わせ替えると噛み合わなさそうだな。

俺もそう思う。

85 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/25(金) 23:28:19 ID:NIDoa5IE0
保守?いいえ、ケフィアです

86 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/27(日) 19:11:11 ID:vMfNfHITO
ここのランキング間違ってるよな。ハッサンが上位とかあり得ん。お前らもっと3のキャラに投票しろ
http://dq-windom.netgamers.jp/

87 :YANA 1/6 ◆H.lqZohyAo :2008/01/27(日) 22:00:01 ID:HgmH0Rt60
 番外編04『A DAY on A RAY』


 ―――――――――朝。目を覚ますと、そこには馬鹿がいた。

「ちょっと、今、ものすっっっごく失礼なこと考えたでしょ!?」
 俺の視線に哀れみが混じっていることに気づいたか、アリスの奴ががーっ、とがなった。
 …そりゃあ、寝起き一番、相棒が鞭持ったボンテージ姿で見下ろしてれば、失礼なことも考えたくなる。
 黒いなめし革を素材にしたボンテージドレスは光沢を放って、俺の顔すら映りこむ。程よい肉付きの脚がすらりと剥き出しで、実に倒錯的だ。
 上半身部分があれの胸ごと、ぴっちりと首元まで覆ってしまっているのが残念だが、下から覗けば幾重にも交差した結び紐の網目から谷間を僅かに臨むことが出来る。眼福、と思うところだ。
 ―――こんな状況でなければ、の話だが。
「…おいアリス。これは、何の冗談だ」
 努めて冷静な語調で、ベッドの上に仁王立ちするアリスを見上げて、両腕をもぞもぞと動かながら訴える。
 だが、俺の腕は親指ほどの高さも持ち上がらない。当然だ。………ベッドの縁に、固定されてるんだから。
 万歳の状態、俺は両腕を頭上に投げ出した形で、スカーフか何かで拘束されている。寝ていてどうも痛いと思ったら、こんな様だったとは。
「うん、実はね。以前船酔いの気晴らしに、アレイが…」
 んっふっふ、と、アリスは俺の質問に薄笑いを浮かべて得意げに指を立てる。
 ・
 ・
 ・
「彼みたいに、根っこはいい人だけど愛想が悪いっていうタイプはね、被虐嗜好を潜在的に持ってることが多いのよー。
 まぞひすと、っていうのかしら?ちょーっと揺すぶってみれば何か反応を示すかも。
 私が遊び人だった頃にそういう遊び≠ノ使った装備をあげるから、機会があったらやってみるといいわ」
 ・
 ・
 ・

88 :YANA 2/7 ◆H.lqZohyAo :2008/01/27(日) 22:02:25 ID:HgmH0Rt60
「っていうお話をしてくれてね?」
 馬鹿の背後に、大馬鹿の影があった。あンの飲んだくれ、人の相棒にいらんこと吹き込みやがってっ。一緒に連れていくんじゃなかった…。
 両腕がこの有様なので、頭を抱えようにも出来ないのが残念だ。
「それで。お前は、俺のその、センザイテキシギャクシコーとやらを引き出すために、そんなものを持ち出したわけか」
「うん。だって…ゴドー、あたしと、その…してる、時、顔があんまり嬉しそうじゃないんだもん」
 僅か、しゅんと表情に影を落としながら、ごにょごにょと弁解するアリス。
 いや、嬉しそうじゃないも何も、この顔は生まれつきなんだが。そうそう、解りやすい喜怒哀楽を示すようには出来てはいねぇのだ。…言葉を濁した部分については敢えて触れない。訊くな。
「はぁ…まぁ、いいけどよ。気が済んだらこいつをほどいてくれよ」
 もっとも、いわれたところでそんな趣味はねぇつもりなんだがな。
「ゴドー、自覚がないから潜在的、なのよ。いいからやられなさいって」
 気のない返事をするが、アリスは意気揚々と屈み、俺の寝巻きシャツのボタンを外しにかかる。
 何故あいつの与太話が正しいという前提の上で話が進んでるんだろうか。…まぁ、一先ずはこいつのやりたいようにやらせておこう。
「…?どうした、アリス」
 と。溜息をついてる間に、半分のボタンが外されていた。だが、当のアリスは、四つ目のボタンに手をかけた姿勢で固まっている。何か、まじまじと俺の体に見入っているようだが。
「…ゴドーの傷。すごいよね」
「ん?ああ」
 ぽつりと呟く様に、アリスは果たして俺に言ったのだろうかというほど呆けた調子で感想を口にした。
 俺の体には、幼い頃の古傷からつい最近の生傷まで、裂傷切創火傷痕、あらゆる無茶の証拠品が雁首揃えて居座っている。
 あんまり人に見せるもんじゃないので、普段から生地の多い服や武具を身に着けてるが、こいつに見せるのは実に今更だ。そんな感慨深げに言われる覚えはねぇんだが。

89 :YANA 3/7 ◆H.lqZohyAo :2008/01/27(日) 22:03:33 ID:HgmH0Rt60
「うん、そうなんだけど。傷の手当てのときとか、ちょっと呪文を唱える間だけだし…ほら、あんた、その…いつも、脱がないから、じっくり見るチャンスがなかったし」
 …ふむ。そういえば、体に染み付いた癖というべきか、俺はするとき、いつも服を来たままことを終えてしまう。…だから何を、とか訊くな。

「終わったわよ」
 俺が記憶を反芻していると、いつの間にかアリスはボタンを外し終えていた。傷だらけの胸板をむき出しに、上半身だけが裸同然の状態だ。
 彼女は再び立ち上がりながら、手に持った鞭を握りなおす。棘や金属等の加工がされていない、およそ武装の鞭としては片手落ちのものだ。長さも俺の腕ほどしかなく、これじゃ威力も出まい。
「あー、アリス」
 とはいえ、鞭には違いないので用心はしておく。俺はアリスに、一つ忠告をする。
「一応、悲鳴とかはあげないつもりだが。宿屋であんまり無茶なことはしねぇようにしろよ」
「大丈夫よ、鍵はかけてあるから」
 俺の気遣いをどうとったか、奴はにっこり笑って鞭を張った。
 …しかし、わかんねぇな。俺は、そんなに嬉しくなさそうに見えるんだろーか。そして、それはそんなにアリスにとってのっぴきならない事態なのか。女心ってのは、ほとほと理解に―――、
「…っ!」
 途端、胸の表面に裂けるような衝撃が奔った。痛み、というより、その突然のショックが俺にうめきを漏らさせた。
 いや、痛いことは、確かに痛いんだがっ。
「どう?どう?何か、気持ちよかったりする?」
 衝撃を齎した張本人が、興味深げに俺の顔を窺う。予想外の痛みだ、馬鹿を言うな―――といいたい。
 だが、あの鞭の威力を軽んじていたとはいえ、一度了承してしまった以上、やめてくれともいえん。俺は黙って、首を横に振る。
「そう。じゃあ、もう一度」
 びしり、と、再び、今度は腹部、へその上辺りに衝撃が奔る。
 覚悟は出来ていたため、声は出さない。だが、痛みは毛ほども変わらない。…正直、辛ぇっ。

90 :YANA 4/7 ◆H.lqZohyAo :2008/01/27(日) 22:04:32 ID:HgmH0Rt60
「うーん、おかしいな…えいっ」
 そのまま、三度、四度としばかれる。が、依然として快感らしきものは芽生えない。
 アリスは試行錯誤するように、強弱の緩急をつけて鞭を振るが、それはやはり、痛覚を刺激するだけで終わる。
 その苦行のような工程を、俺はただただ耐える。気絶でもできればいっそ楽なのだが、一発一発が中途半端な痛みのせいでそれは望めない。そんな矢先。
「えいっ!」
 より強く、アリスの掛け声とともに鎌首を上げた鞭が、俺の皮膚を、文字通り引き裂いた。
 付着した血飛沫を、鞭が返す頭で彼女の顔に飛び散らせる。視線を胸元に移せば、今まで痣程度ですんでいた鞭の痕が、くっきりとそれとわかる裂傷となって残った。
 とはいえ、普段魔物にうける傷に比べれば全然大したことのない規模だ、いってみれば包丁で指を切った程度の負傷だった。
 だからそれまでと同じように、俺はその傷を黙殺した。だが。
「………あ、え…?」
 その有様を見たアリスは、呆然としたように間抜けな声を上げて固まった。
 視線は、手についた僅かな血と、俺の胸の傷を行ったり来たり。
「………ねえ、ゴドー。もしか、して」
 …暫く、そんな動作を繰り返したアリスは、眼下の俺に、何かを尋ねたそうに語りかけた。
 だが、その先の言葉は紡がれない。
「………」
 俺は、目を逸らして知らん振りをする。後に続くはずの言葉は、まぁ、なんとなくわかったからだ。
 普段であればそれを理解したうえで『当たり前だ、痛いんだよ馬鹿』と文句の一つも垂れるところだが、今回は少し勝手が違う。
 …薄々分かってはいた。こいつは、アレイが自分に渡すようなものだから、この鞭が大して殺傷力のあるものではないと思っていたのだろう。だから、嬉々としてこんな阿呆な真似を敢行したのだ。
 対して、俺は自分の痛みがどんなもんかを知らせるのを拒んだわけで。そりゃ遅かれ早かれ、こうなるのは必然だ。

91 :YANA 5/7 ◆H.lqZohyAo :2008/01/27(日) 22:06:43 ID:HgmH0Rt60
「………………ごめん」
 アリスは自分のしたことの意味に気づいたのか、やがて、消え入るような声で謝罪を口にした。
 俯いて、ベッドの端に座り込む。無論、体は俺と反対側。文字通り、『合わせる顔がない』という奴だろう。
 …意地張ったのは俺だしな。実際、こいつの弁を聞く限り、原因は俺にあるようだし。生傷は慣れてるし。別に、こいつを責める気はねぇんだが。
 ………ああ、もう、面倒臭ぇな。ちゃんといってやらなけりゃわからねぇのか、こいつはっ。
「…おい、アリス。気が済んだなら、こいつを解いてくれ」
 痛くてかなわん、と、やはりできるだけ平坦な口調で訴える。
 彼女は暫くじっと座ったままの姿勢だったが、長々と間をおいて、やがてもぞもぞとベッドを降りて、枕元へと手を伸ばした。
 きつく締められた紫色のスカーフを、コツでもあるのか、アリスはするすると容易くもとの正方形の布の形に戻す。
 すかさず―――俺は仰向けになったまま、自由になった右手で彼女の腰に手を回した。
「ひゃっ…!」
 ぐいと引き寄せ、バランスを崩したアリスは再びベッドの上に。但し、今度は俺の横に、添い寝するような形で。
「ちょっと、ゴド…っ!?」
 反射的に体を起こすアリスを追いかけるように、俺も半身を起こす。そして、彼女の体をぎゅっと抱き寄せる。ボンテージの革の感触が、ひんやりと冷たく、新鮮だった。
 彼女の頭は、剥き出しの胸板に、言い換えれば、鞭による傷と痣の群れに押し付けられる。
「ゴ、ドー、いきなりなにs」
「あー…やっぱり、こっちの方が落ち着くな」
 抗議しようとするアリスを遮って、俺は自分でもどうかと思うくらい態とらしく、全ての言葉を強調して口にした。
 アリスの頭は胸に押し付けているため、こいつがどんな顔をしているかわからないが、俺は構わずに台詞を続けることにした。
「お前は短気だし、単純だし、思い込みは激しいし、すぐ暴力に訴えるし…その上、やたらに意地っ張りだが」
 最後のは『あんたがいうな』という言葉が返ってきそうだが。
 俺は羞恥で気が変わらないうちに、自分の率直な想いを、

「―――――――――俺は、お前をこうして抱きしめてると、幸せだぞ」

 一息に、言い切った。

92 :YANA 6/7 ◆H.lqZohyAo :2008/01/27(日) 22:09:08 ID:HgmH0Rt60
「――――――」
 …長い沈黙が訪れる。アリスは無言のまま、ただ俺の腕の中に納まっている。
 何だか、胸の辺りが熱い気がする。…いや、気恥ずかしさもあるが、そういうのではなく。こう、お湯の入った瓶を押し付けられるような。
「…ゴドー」
「ん…っっ!」
 優しく、真下から名を呼ばれる。だが、返事を返そうとした途端、胸にくすぐったい感触が走る。
 反射的に、視線を胸へと落とす。
「…何をする」
「…傷。痛そうだから」
 アリスは一度だけ、頬を恥ずかしそうに紅潮させて俺を見上げた。そして徐に、突き出した舌で―――鞭で裂けた傷を撫で上げた。
「っく」
 傷の染みるような僅かな痛みと、肌を這う舌の粘液と無数の小さな突起の齎すもどかしさが、触角を刺激する。
 アリスはそのまま、胸板に顔を近づけて、ぺろぺろ、ぺろぺろ…と傷の、歪に皮が捲れて隆起した縁や、赤く滲んだ肉の裂け目を丹念に舌でなぞる。

93 :YANA 7/7 ◆H.lqZohyAo :2008/01/27(日) 22:10:05 ID:HgmH0Rt60
 ただ傷を治すだけなら呪文を使えばいいものを、敢えてそうしないのは、こいつなりのある種の意趣返しというべきか。
 ボンテージドレスに身を包んだアリスが、俺の傷を舌で愛撫する。その光景と感覚は、何ともいえないほど背徳的で、蟲惑的で―――。
「むぅ」
 俺は、いつものようにただ唸るしかなかった。
「…ばか」
 唾液と血を啜る合間に、アリスがぼそりと文句を口にする。…まぁ、否定はしねぇが。
「悪かったな」
 いつもの調子に戻ったか、と溜息とともに返事をしてやる。
「…がんこもの」
「うるさい」
「…お子ちゃま」
「お互い様だろ」
「…さびしんぼ」
「誰のせいだ」
 …今、なんだかどさくさに紛れて物凄く恥ずかしいやり取りをした気がする。
 アリスは尚も傷を舐め続けるが、俺を罵倒する声は数を経る毎に小さくなっていく。そして―――、

「―――――――――大好き」

 最後に、聞き間違いなんじゃないかというほどの小さな声で、そんなことを言われた気がした。


 〜了〜 

94 :※YANA  ◆H.lqZohyAo :2008/01/27(日) 22:12:58 ID:HgmH0Rt60
テーマ:女王様モードな感じで
アリスはMなのでSにはなりきれません(酷い挨拶だ
六分割じゃ入りきりませんでした、スマソ。
というわけで、前スレ>>688さんのを採用させていただきました、他の皆さんも含めて、ネタ出しありがとうございました。

因みに鞭の傷を舐める、というシチュエーション。
単純に俺の趣味だったはずですが、聞けば小説版5でビアンカとリュカ(5主)が同じことやってたそうな。なんてこった。

尚、タイトルの英語の使い方が絶望的に間違ってますが、これは意図的な、ほぼ造語に近いものなので勘弁!

95 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/27(日) 22:15:19 ID:wpeyBNKg0
YANA氏乙です!
これは何ですか、読んでいるとニヤニヤしてしまう。
傷を舐めるというシチュエーションのエロさに目覚めた今日。

96 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/28(月) 15:11:27 ID:Y09MjezhO
俺の書き込みがテーマになってるワロタ
ありがとう、ありがとう

俺以外にテーマ書いた人ごめんなさい

97 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/28(月) 20:04:56 ID:XfJ/zZi10
YANA氏GJ!

8/7,9/7,10/7・・・
を詳細に描写してくださいw

98 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/29(火) 13:27:23 ID:PDUbtlJPO
ゴトーが資本主義の豚に!?

99 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/30(水) 11:05:55 ID:Dgb6+QjX0
>>97>>98から
「YANA氏、続きをSETUMEIせよ!SETUMEIせよ!」
て絶叫するシャーマンの群れを妄想した

怖っ

100 :CC ◆GxR634B49A :2008/01/31(木) 02:20:31 ID:t8IF7n3k0
うむぅ。どうやら1月中にもう1話は無理っぽい。
まぁ、もはや誰も1月中とか期待してなかったでしょうけどw
って、笑い事じゃないですね。なんとかしたくは思ってるんですが。
次回でこれでは、次々回はもっと大変なことに。。。

101 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/31(木) 15:07:47 ID:EALs++nC0
大丈夫、一日1レスしか読んでないからまだ読み終わってないよ!(ヲイ

102 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/31(木) 16:21:41 ID:9bvwtVgD0
>>101 その発想はなかったわ!

103 :CC ◆GxR634B49A :2008/01/31(木) 18:48:35 ID:t8IF7n3k0
ですよね〜。
1日1レスで換算すると、毎日投下とそれほど差は無い。。。いやいやいやw

104 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/01/31(木) 21:04:40 ID:EALs++nC0
しーしーしの後やなしのがあるからまだ全然持ちますよ‘ノ3‘)ボソ

105 :CC ◆GxR634B49A :2008/02/01(金) 03:46:36 ID:hzE2LuAp0
ですよね。大変助かります。。。とか、自分で言っちゃいけないんだろうなw

106 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/02(土) 16:54:49 ID:/rXUxnBDO
喉が痛い

107 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/03(日) 23:38:31 ID:Xgm3/4KT0
つイソジン

108 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/04(月) 02:04:42 ID:2eR1uJm00
っタリウム

109 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/04(月) 02:13:14 ID:X1fR5rOv0
っメタミドホス

110 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/04(月) 12:34:37 ID:2eR1uJm00
お前らまとめてキアリー

111 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/04(月) 18:56:48 ID:2eR1uJm00
と思ったら言いだしっぺ俺だったΣ(ノ∀`)

112 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/05(火) 02:07:58 ID:LpVjnssq0
バカヤロー

113 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/05(火) 09:06:17 ID:Gv7ES80LO
理不尽だなww

114 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/05(火) 09:06:29 ID:SOo9ViJ30
干す


115 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/05(火) 23:52:38 ID:2mcz46Ez0
もうすぐ最下層保守

116 :CC ◆GxR634B49A :2008/02/06(水) 06:47:50 ID:F5BEmKC80
warota

代替マシンがようやく修理から戻って、やっと躾もなんとなく終わりました。
また忙しくなる予定だったんですが、一転してそうでもなくなったのでw
今週中を目処にどうにか進めたいと思います。
ただ、どうも躾に手間を取られ過ぎたせいか、はたまた新マシンに慣れてないせいか、
なにやら思うように指が動かなくて焦るZE

117 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/06(水) 12:16:11 ID:Dow92zijO
分かった1日2レスにペースアップするよ

118 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/06(水) 23:54:43 ID:gzMEbOw80
通りすがりで捕手

119 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/08(金) 18:00:46 ID:jSt+Z3m90
追いすがりで触手

120 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/08(金) 20:31:50 ID:3s/o1Vj30
パーン!!( ‘д‘)⊂彡☆)д`)

121 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/09(土) 21:48:10 ID:bDkSwcHp0
インフルエンザA型ほす・・・

122 :CC ◆GxR634B49A :2008/02/09(土) 23:36:16 ID:/v2i/uTL0
つ【薬草?いいえ、ケフィアです】

(・3・)あるぇ〜、土曜日がもう終わるよ?
え、あれ?土曜日だよね、終わるの?
頭おかしいw すんごいスランプ中です。。。orz
でも、どうにか回復してきたっぽいので、もうしばらくお待ちくださいすみません

123 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/10(日) 04:52:27 ID:mlgYzFWK0
なあに。外は一面雪景色。
ゆっくりまったりのんびりやって下さい。

124 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/10(日) 11:12:23 ID:K5X+6QWrO
まだ18レスくらい読んでないから1日1レスに戻しますね

125 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/11(月) 22:52:29 ID:A91o1QG30
別に保守したいわけじゃないんだからね!

126 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/12(火) 13:30:37 ID:6uypC6ry0
追いついたぞー!
ほしゅ

127 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/13(水) 01:10:07 ID:1QV+Ck/6O
やっと>>50まで読みました

128 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/13(水) 20:27:57 ID:XjA4dRTG0
アリスワードのまとめはhttp://www.geocities.jp/game_trivia/dq3/以外にないのかな

129 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/14(木) 11:19:44 ID:Z9HmQveCO
ないんじゃない?

130 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/14(木) 22:43:37 ID:vsf2MWiyO
伝説のAge爺

131 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/15(金) 00:33:03 ID:hH+OIr9y0
上げやがったな・・・最下層まであと僅かだったのにもうっ!

>>128
>>1 CCまとめサイトのログから読める

132 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/15(金) 11:10:03 ID:j8DpWDhuO
このスレより低いスレぜんぶageればいいんだよ

133 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/16(土) 04:08:39 ID:8tbUUPdhO
迷惑だなんてレベルじゃねえな

134 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/16(土) 10:08:07 ID:BYS/hirlO
ししし読了ほしゅ

135 :CC ◆GxR634B49A :2008/02/17(日) 02:38:58 ID:qpgh89P60
まじゅい。。。今までで最悪に書けない。。。orz
内容は決まってるのにここまで筆が進まないとは、
この筋立てじゃ駄目だと私のゴーストが囁いてるのかしら。。。
明日もちょっと用事があるので、今週中はリームーでした。てへっ☆
すみません、今回は(も)そのまま生暖かくお待ちください。。。orz

136 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/17(日) 08:14:07 ID:pu1iCNYqO
少佐乙

137 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/17(日) 21:47:54 ID:LEuO2C7j0
>>135
無理に書いて自分で納得いかないようなものになったら目も当てられないから、マッタリと進めてくださいな。無理は厳禁。

138 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/17(日) 22:14:20 ID:6ekU22a00
調子悪かったら、無理せずまたノレる時を待つ
で調子良い時は一気にやっちまう、でおk

139 :CC ◆GxR634B49A :2008/02/18(月) 00:03:52 ID:ugaY9LPl0
人の情けが身に沁みる(´Д⊂
お言葉に甘えつつ、なるべく早くお届けできるようにじたばたしてみます。
面目ねぇ。

140 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/18(月) 07:52:46 ID:+Y5P8JMbO
俺しししの作品なら3ヶ月は待てる自信があるぜ!

141 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/19(火) 04:44:23 ID:4jp8FWAOO
よし、それじゃ俺が間をもたせるためになにか書いちゃうぞ!

チラシの裏に('A`)

142 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2008/02/19(火) 19:11:54 ID:2+/CfqP40
ざんねん、ここがチラシの裏だ

保守

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