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2008年02月20日(水曜日)付

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イージス衝突―なぜ避けられなかったか

 大きな鉄の塊のような自衛艦とぶつかったのでは、長さ12メートルの漁船はひとたまりもなかっただろう。船体が真っ二つに割れ、乗っていた58歳と23歳の漁師の親子は、冬の海に投げ出されて行方不明になった。

 千葉県野島崎沖の太平洋で起こった海上自衛隊のイージス護衛艦「あたご」とマグロはえ縄漁船「清徳丸」の事故は、あまりにも痛ましい。双方の大きさや装備を比べれば、これほど圧倒的な差のある者同士の衝突はないだろう。

 イージス艦といえば、高性能のレーダーを持ち、複数の敵の攻撃に同時に立ち向かうことができる最新鋭艦だ。それがどうして目の前を航行している漁船に直前まで気づかなかったのだろうか。なんとも不思議である。

 早急に解明してほしい疑問が、いくつもある。

 この日の海は穏やかだった。夜明け前で暗かったとはいえ、自衛艦のレーダー画面に漁船は映っていなかったのか。

 艦橋の左右にいたはずの見張りは何をしていたのか。一方、漁船の側の注意は十分だったのか。

 自衛艦は漁船に気づいて衝突を避ける行動をとったというが、どのくらいの距離で見つけたのか。気づくのも回避行動も遅すぎたと思わざるをえない。

 現場はふだんから船の行き来が多い海域だ。航行には厳重な注意が必要とされている。まして、事故の直前にも別の漁船が前方を横切っている。それなのに衝突を防げなかったとすれば、どこかに気のゆるみがあったのではないか。

 自衛艦は漁船の側面に直角に近い角度で衝突したようだ。衝突までの経緯によって、どちらにより大きな回避義務があったかが決まるが、自衛艦側に責任がなかったとは言えまい。

 海上自衛隊の艦船による事故といえば、20年前の潜水艦「なだしお」の事故を思い出す。神奈川県横須賀沖で大型釣り船と衝突、釣り客ら30人が犠牲になった。裁判では、釣り船の行動にも問題があるものの、「なだしお」の回避が遅れた責任がより重いとされた。

 今回の衝突事故では、第3管区海上保安本部が、業務上過失往来危険の疑いで捜査に乗り出した。海上自衛隊も事故原因の解明を急がなければならない。

 政府は事故の報を受けて、ただちに首相官邸に「情報連絡室」を設置し、対応にあたった。これは当然のことだが、問題は事故の発生から石破防衛相に報告が伝わるまで約1時間半、首相まで約2時間もかかったことだ。危機管理の観点からは、あまりにも遅い。

 防衛省は昨年の「省」昇格以来、元次官の汚職、インド洋での給油量の隠蔽(いんぺい)疑惑、護衛艦の中枢部分がほぼ全焼した原因不明の火災など、問題続きである。

 こんなことでは、国民の信頼が失われ、自衛隊の存立の基盤そのものが揺らぎかねない。

HD−DVD―教訓生きたスピード決着

 記録容量が大きい次世代DVDの規格戦争が終結した。「HD―DVD」陣営の東芝が撤退を宣言し、ソニーや松下電器産業などの「ブルーレイ・ディスク」陣営が勝利をおさめたのだ。

 規格争いは、やむを得ない面がある。メーカーが技術や販売で激しく競争しており、競争こそが革新を生む原動力だからだ。どれを世界標準とするかは政府などが決めるのでなく、市場での勝敗、つまり消費者の選択に委ねよう、というのが近年の世界的な流れでもある。

 とはいえ、早く規格が統一されないと敗退した規格を買って損をする消費者が多くなるし、買い控えを呼んで新商品の普及も遅れてしまう。

 その点で、以前の教訓が生きたと言えるだろう。70〜80年代のVTRでは、松下などの「VHS」がソニーの「ベータ」に勝利するまで発売から13年かかったが、今回は機器発売から2年での決着だ。世界標準規格を決する試験期間としてはかなり短期間で終わり、消費者への悪影響が少なくてすんだ。

 東芝はHD―DVD機器の購入者に対して、アフターサービスに万全を期す方針という。こうした目配りを今後しっかりと続けてほしい。

 東芝に撤退を決断させたのは、米ハリウッドの映画産業だ。映像媒体の規格に大きな影響力をもつハリウッドで、両陣営の勢力は拮抗(きっこう)していた。ところが、今年に入ってワーナー・ブラザースがブルーレイ陣営の支持を決定したことで、ハリウッドの大勢が決した。

 東芝の西田厚聡社長はワーナーの決定を「寝耳に水だった」とくやしがったが、「もはや勝ち目はない」という判断は冷静で、決断は素早かった。

 90年代後半から世界市場で劣勢を余儀なくされた日本の電機メーカーは、米欧型の「選択と集中」の経営スタイルを採り入れた。西田氏はその代表的な経営者と見られている。特定分野への集中投資では注目されてきたが、こんどは撤退でもそのスタイルを貫いた。

 負けて高い授業料を払った東芝だが、勝ったソニーや松下にしても、勝利の美酒に酔えるわけではない。激しい販売競争の結果、次世代DVD機器が急速に値下がりしており、これから大きな利益を得られる保証はないからだ。

 デジタル映像市場での勝者になることを約束してくれたわけでもない。

 高速・大容量の通信ができるブロードバンドが普及し、インターネットで音楽や映像をとりこめる時代だ。とりこんだ映像を記録機器内蔵のハードディスクにためるだけで、DVDを使わないかもしれない。それどころか、記録媒体にはためず、見たい時だけダウンロードするようになる可能性すらあるのだ。

 デジタル技術の移り変わりは速い。明日の勝者は、きょう負けた東芝になるかもしれない。超スピード競争社会のこわさであり、ダイナミズムでもある。

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