千葉県・野島崎沖の太平洋で、海上自衛隊の最新鋭イージス護衛艦「あたご」が、マグロ漁に向かっていた同県勝浦市の漁船「清徳丸」と衝突した。清徳丸は船体が二つに割れ、乗っていた父と息子の二人が行方不明になった。
イージス艦は、高性能レーダーを装備し、一度に百以上の目標を追い、ミサイルや大砲などの武器を自動的に選択して迎撃する能力を持っている。これまで海上自衛隊には五隻が配備された。
日本に飛来する弾道ミサイルを迎撃するミサイル防衛(MD)で中心的役割を担う艦もある。日米同盟を象徴する存在だ。漁船との衝突は、一九九三年に導入が始まって以来の重大事故である。
あたごは昨年三月に京都府の舞鶴基地に配備されたばかりで、建造費は千四百億円に上っている。そんな高性能艦が、漁船と衝突するとは信じられない。
米・ハワイでの対空ミサイル発射試験などの派遣訓練を終え、通常の航海態勢で横須賀港に帰投する途中だった。一方の清徳丸は、仲間の漁船数隻と三宅島方面に向けて航海していた。
野島崎沖は東京湾に出入りする貨物船やタンカーが行き交う交通量の多い海域である。事故当時は、曇りで北北東の風約七メートルと穏やかで、視界は良好だった。事故が起きる状況ではない。
イージス艦の艦首付近には衝突したような跡があった。防衛省の説明では、当時艦橋に約十人の乗員がおり、水上レーダーも正常に稼働していた。見張りなどの人為的ミスの可能性が濃厚だ。
横須賀海上保安部は業務上過失往来危険容疑で艦内を家宅捜索した。捜査は事故時の両者の進路や速度、位置関係などが焦点で、証言や航海記録などを分析して海上衝突予防法上の回避義務がどちらにあったか調べる。
吉川栄治海幕長は「衝突前に漁船に気付き、回避動作を取ったと聞いている」と述べたが「どういう態勢で衝突したかは確認していない」と説明した。海上自衛隊も海上幕僚副長をトップとする事故調査委員会を設置した。なぜ事故が起きたのか、徹底的に解明しなければならない。
石破茂防衛相に事故情報が届くまで約一時間半、福田康夫首相には約二時間かかった。時間がかかり過ぎたのは、重大な事故との感覚が鈍っていたからとしか思えない。対応が甘く、危機管理の欠陥があるのではないか。
防衛省は相次ぐ不祥事で信頼は大きく損なわれている。平和な海での衝突事故はますます不信を強めよう。
政府の中央防災会議は、近畿・中部圏でマグニチュード(M)7級の直下地震が発生した場合、国宝百十三件を含む五百八十件に上る国の重要文化財建造物が倒壊か、焼失する恐れがあるという被害想定をまとめた。
京都や奈良など近畿・中部圏には、全国の国宝建造物の約八割、重要文化財建造物のほぼ半数が集中する。文化財への大きな被害が予想される六つの活断層帯を調査対象に被災の可能性を初めてまとめたのも、特に対策が必要と判断したためだ。
京都の清水寺や銀閣寺、奈良の東大寺、法隆寺といった日本を代表する歴史的建造物の多くが地震で失われかねないというのだ。予想以上に深刻な現実を突きつけられたと言わざるを得まい。
耐震化の機運を高め、対策を急がねばならない。文化庁は二〇〇五年度から、国宝と重文に指定した建造物を対象に、耐震診断費の原則五割を補助している。だが、これまでの補助実績は七件にすぎない。補強が必要とされた場合の費用負担を嫌って診断をためらう所有者が多いからといわれる。しかし、手遅れになっては元も子もあるまい。まず耐震診断を早期に実施すべきである。
耐震補強工事は、平均で百五十年に一度とされる全面的な解体修理の際に行われるのが通例という。歴史的建造物の特殊性が障害となって、思うほど耐震化が進んでいないのが現実だ。
文化財にとって地震は最大の脅威である。耐震性強化へ向けた意識改革が必要だろう。併せて、初期消火の態勢強化や延焼防止といった地域ぐるみの防災力も欠かせない。市民や自治体と連携した取り組みが求められる。
(2008年2月20日掲載)