日本さえ安全ならよいのか・中国国内でも広がる穀物汚染(08/02/18)
小柳秀明 地球環境戦略研究機関(IGES)北京事務所長 1954年東京生まれ。77年東大工学部都市工学科卒。同年環境庁(当時)入庁。20年間環境行政全般に従事。97年JICA専門家として中国へ。中国環境問題の研究や日中環境協力を手がける。2006年7月から現職。
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中国製冷凍ギョーザへの殺虫剤混入事件は、故意による混入の可能性が出てくるなどますます事件性を帯びてきた。日本国内では関連する中国製冷凍食品の回収だけでなく、中国産の食材そのものに対する安全への懸念が日増しに強くなってきている。
一方、中国国内では既に2年前から全国的な土壌汚染による穀物の汚染が中央政府から指摘されており、健康被害も発生している。中国の食材の汚染は、実は我々日本人以上に中国国民にとっては避けることのできない深刻な問題となっている。輸出される農作物であれば検疫制度により発見できる可能性もあるが、中国国内で流通しているものは捕捉されないからだ。
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■衝撃的な発表
2006年7月18日、周生賢中国国家環境保護総局長は全国土壌汚染防止会議の席上、衝撃的な事実を発表した。何と中国全国の耕地面積の10分の1以上が既に汚染されているというのだ。不完全な調査と前置きした上で次のように述べている。
「全国で、約1000万ヘクタールの耕地が汚染されている。そのうち汚水灌漑(かんがい)により汚染された耕地は217万ヘクタール、固体廃棄物(日本の産業廃棄物にほぼ相当)が放置されているため使えなくなっている耕地が13万ヘクタールに上っている」
それだけではない。さらに重要な事実を報告している。
「毎年、およそ1200万トンの穀物が重金属により汚染されていると推計され、直接経済損失だけでも200億元(約3000億円)を超えている」
中国の2005年の穀物生産高は約4.8億トンだから全穀物の約2.5%が汚染されている勘定になる。そしてこれは推計値であり、具体的にどの田畑が汚染されていると特定したものではない。このことは中国国民が知らず知らずのうちに汚染された穀物を口にしている可能性が極めて高いということだ。
| 付近の真っ黒に汚れた川で釣り餌用の貝を採る人<撮影:小柳秀明> |
| | 新中国の汚水灌漑のモデルとされた「瀋陽撫順工業廃水灌漑用水路」<撮影:小柳秀明> |
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■かつて新中国建設のモデルだった「汚水灌漑」
この事実が発表された後、私はかつて汚水灌漑が行われていたという中国東北地方の現場に出かけてみた。汚水灌漑というのは工場からの廃水(通常は何らかの水処理が行われた後の排水)を農業用灌漑用水として利用するというもので、たとえば、化学工場からの廃水には肥料の3大要素である窒素やリンが豊富に含まれるので、作物の育ちが良くなるといわれた。また、水不足の地域では灌漑用水が不足するため、やむを得ず工場排水を使わざるを得ない場合もある。
かつて汚水灌漑用水路に流していた化学工場の排水口<撮影:小柳秀明> |
私が訪れたのは遼寧省撫順市、石炭の露天掘りで有名な町である。
新中国の汚水灌漑のモデルとされた瀋陽撫順工業廃水灌漑用水路は、その起点を撫順市東部のアクリル繊維工場に発する全長71km、その灌漑面積は約1万ヘクタールであった。灌漑方式は灌漑用水路の汚水と周辺の川の水を混合して直接圃場を灌漑するものである。
当初、作物の育ちがよく、収量が倍増したので「廃棄物を宝に変える」農業灌漑のモデルとされた。しかし、長期間にわたる汚水灌漑は深刻な汚染をもたらし、資金を投入して汚染を除去する必要に迫られることになった。なかでも、農地汚染は収量の低下を招き、穀粒中の汚染物質残留量が多く、土壌中の石油類も対照区と比べて20倍も高かった。
地表水と地下水の汚染は、用水路のオーバーフローと浚渫(しゅんせつ)により周辺の川の汚染と川沿いの水源の汚染を招き、400本あまりの井戸が汚染により使えなくなった。汚染地区の住民の発病率と難病発病率が高く、がんにかかる比率、死亡率、奇形児発生率が高いという深刻な健康被害を招いた。
| 今では工場排水が流入しないようせき止められた。左下に見えるのが水質測定用採水器<撮影:小柳秀明> |
| | 水質モニタリングステーション:灌漑用水路の水質は24時間監視されるようになった<撮影:小柳秀明> |
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