英検3、4級レベルの初歩を学ぶ英語のテキストが、大学で活用されている。入試が多様化し、英語の学力試験を受けずに入学できる大学も増えたことから、学力が低迷する傾向にあり国公立大を含め300を超える大学で採用されている。【岡礼子】
◆力のバランスは良い
川崎市にある明治大農学部の教室。2年生必修の英語の授業では、樋渡さゆり准教授が大学生向けの基礎テキストを手に、学生たちに「主語をHeに変えてみて」と尋ねている。授業は習熟度別に5クラスに分かれ、このクラスはもっとも基礎的な英語を学ぶ。学生は18人で中国からの3人の留学生もいる。
樋渡准教授は「文法や単語の力は昔の学生があったが、読み書きや聞いたり話したりする力のバランスは今の学生の方がある。聞く力があり、大学で勉強を続けていれば、必要な語(ご)彙(い)力は伸びる」と期待する。
樋渡准教授が使っていたテキストは「English Quest」(Basic)で、06年に桐原書店から出版された。「Intro」と「Basic」の2種類があり、英検4級レベルの「Intro」では「アルバイト探し」「ネットでチケット手配」など大学生らしいエピソードで疑問文、比較級などを学ぶ。英検3級レベルの「Basic」と合わせ、1万5000部出版され、国公立大を含めて延べ190大学で採用された。
◆不徹底な文法教育
大学生向けの基礎テキストは00年に初めて南雲堂が「English Primer」を出版した。編集部内から「内容が易しすぎるのでは」と心配する声もあったが、出版部数は約15万部に達し、昨年は高専を含め、120校で採用された。「大学生向けテキストとしてはかなり多い」(南雲堂)という。
滋賀大の真鍋晶子教授は、推薦入学の学生向け授業と滋賀県立大の1年生の授業で「English Quest」を使っている。「高校で基本的な文法教育が徹底されていないようだ。言語を理解する基礎的な力が非常に下がっている」と懸念する。
また、東京電機大の内田らら講師は学生に英文を読解させたり、文章を書かせたりした際、文法を正確に理解していないことに気づき、「English Quest」をテキストに選んだ。内田講師は「文法の基礎を段階を追って学習できるので、役に立った」と話す。
◆反復学習も不足か
長崎大の吉村宰准教授は、90~04年に出題された大学入試センター試験の英語の問題から、文法の設問を使って、学生の英語力の変化を研究した。その結果、96年を境に偏差値が10程度落ちたという。吉村准教授は「97年以降は学習指導要領などで、コミュニケーションが重視されるようになって文法の学習量が減ったのが原因ではないか」と説明する。
中高の英語教科書を出版する東京書籍の千石雅仁・英語編集部長は「教科書では文法の学習内容は変わっておらず、英語の力が身についていないのであれば、授業時間数が減り、反復学習が足りなくなったためではないか」と指摘する。15日公表された新学習指導要領案では、中学で学ぶ単語数が300語増えて1200語になることから、千石部長は「英語の学習のカギになる語彙力も好転するのでは」と期待する。
◆検定と現実にズレ?
日本英語検定協会によると、英検4級は「中学中級」、3級は「中卒程度」、2級は「高卒程度」。この基準は、10年前と変わっていないが、「英検2級が『高卒程度』という基準は、現実と合わなくなってきているのではないか」との声も聞かれる。同協会は教科書の内容が改訂された時などに、単語数や内容などを調査しているが、今のところ、検定試験の難易度は調査結果によって大きく変更しないという。
試験科目がリポートや論文だけの「AO入試」や、推薦入試など学力試験を受けずに入学する学生は年々増える傾向にあり、文部科学省によると、07年度約25万人に上る。
千葉商科大の酒井志延教授(外国語教育)は、「日本の英語教育は大学受験によって支えられた面がある。受験競争が以前ほど厳しくなくなり、進学塾や予備校などに通う機会も減った。その結果、学ぶ単語数が減ったのが、英語力が低下した最大の原因」と分析する。
◇学力を引き上げる責任がある--メディア教育開発センター・小野博教授
テキスト「English Quest」シリーズを監修した小野博・メディア教育開発センター教授に学生の英語力について聞いた。
04年から大学でのクラス分けや補講の必要性を測るため、大学生の英語力を調査している。04年度は17大学約5000人、07年度は24大学約1万人が参加した。その結果、04年には準2級が最多で、少数だが2級レベルの学生が多くを占める大学もあったのに対し、07年にはほとんどが3級レベルだった。
AO入試や推薦で大学に入学した学生の中には、学力が低い学生がいる。昔は国立大学に英検3級レベルの学生はいないと言われたが、いま大学の先生たちは「たくさんいる」と感じている。
学生の基礎学力を調べると、その大学がどのような入試をしているか分かる。以前は、大学による学力差はあったが、学内には同程度の学力レベルの集団がいた。
入試が多様化し、勉強しなくても入れるようになったことで、大学にとってはある意味で入試の意味がなくなったと言える。学力が低い学生を引き上げるのは大学の責任だ。
毎日新聞 2008年2月18日 東京朝刊