一見病死のように見えたが、実は舌骨が折れていた。つまり死因は絞殺だったと分かることがある。解剖してみなければ、正しい死因は見えない。
大相撲時津風部屋の力士暴行死事件では、それが当初行われなかった。愛知県警は検視も司法解剖も行わずに病死と判断した。もし遺族が大学に解剖を依頼しなければ、事件は闇に消えるところだった。
だがこんなことはどこで起きてもおかしくないようだ。昨年、全国で警察が扱った異状死体(交通関連を除く)は約15万5000体。このうち司法解剖が行われたのは約6千体、4%足らずという低さだった。
増やそうにも、肝心の解剖を行う法医学者がいない。全国でわずか約120人。中四国ではほとんどが各県に1人もしくはゼロだ。人員も予算もさらに削減傾向にあるというから驚くしかない。
幸い香川には2人いる。体制的にやや恵まれているのと、県警が積極的に司法解剖に回すようにしているから、昨年の実施は百体に上った。徳島34、愛媛52などと比べると、いかに多いか分かる。
だけど香川だって、これで十分と言える状態ではもちろんない。2人で365日24時間受け入れているが、「倍くらい人手が欲しい」のが現場の本音。解剖率が高いといっても1割にも満たず、先進国としては最低レベルだ。
死者が相手、しかも医師としては金銭的に恵まれていない道を選んだ法医学者には頭が下がる。事なかれ公務員が多い中、香川について言えば、事件を見逃すまいとの警察の姿勢も好ましい。しかし日本の法医学全体は、厄介な病に冒されているように見えてならない。