Web現代トップNews Web Japan > 社会 > 2002.10.30
image 本当に危ない! ゲーム脳が蔓延の恐怖
社会 取材・文:草薙厚子 取材:島田健弘、渡辺江麻
先週のNews Web Japanでは「女性がパンツを見せる」原因として、ゲーム脳が関わっているということをお伝えした。しかし、ゲーム脳の恐ろしさはそれだけにはとどまらない。
「キレやすい」「集中力がない」「注意力散漫」「羞恥心欠如」「その日暮らし」「無気力」という症状がゲーム脳の特徴である。どこか思い当たるところがありませんか?

多くの嫌がらせも殺到
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森昭雄教授(脳神経科学)「きっかけは高齢者の脳波パターン」
7分16秒の動画コンテンツです
森教授が開発した脳波測定器(ブレインモニタ)

最近、急に脚光を浴びてきたゲーム脳だが、どのような脳の状態のことを示すのだろうか。
脳の中で35%を占める前頭葉の中に前頭前野(人間の拳程の大きさで、記憶、感情、集団でのコミュニケーション、創造性、学習、そして感情の制御や犯罪の抑制をも司る部分)という、さまざまな命令を身体全体に出す司令塔がある。この司令塔が、ゲームや携帯メール、過激な映画やビデオ、テレビなどに熱中しすぎると働かなくなり、いわゆる「ゲーム脳」と呼ばれる状態になるのだ。これを科学的に証明したのが東北大の川島隆太教授と日大大学院の森昭雄教授だ。

両氏の実験の手法は異なるが、同様の結果が出ている。
川島教授は、ポジトロンCT(陽電子放射断層撮影)とファンクショナルMRI(機能的磁気共鳴映像)いう脳の活性度を映像化する装置で、実際にゲームを使い、数十人を測定した。そして、2001年に世界に先駆けて「テレビゲームは前頭前野をまったく発達させることはなく、長時間のテレビゲームをすることによって脳に悪影響を及ぼす」という実験結果をイギリスで発表した。この実験結果が発表された後に、ある海外のゲーム・ソフトウェア団体は「非常に狭い見識に基づいたもの」というコメントを発表し、教授の元には多くの嫌がらせも殺到したという。

川島教授の実験結果については、次回詳しくご紹介するが、今回は森教授の成果を中心にお伝えしよう。
森教授は、簡易型の脳波計を開発し、脳が活動するときに出るβ波という種類の脳波を測定して、前頭前野の活動を調べた。脳波は周波数ごとに4種類に分類される。深い眠りのδ波(デルタ波・0.5〜3ヘルツ)、眠気や浅い眠りのθ波(シータ波・3〜8ヘルツ)、落ち着いたときに出るα波(アルファ波・8〜13ヘルツ)、興奮したときのβ波(ベータ波・13〜30ヘルツ)に分類される。

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本誌記者も測定。結果はビジュアル脳

「人の脳波、特に高齢者の脳波パターンをたまたま採っていたら、若い人たちとは違っていました。そこで痴呆老人と若い人たちの違いを調べるためには数値化・定量化しなければいけないということになりました。そのため独自の脳波計を開発したんです。そして、実験的にウチの脳波計のソフトを開発した人たちの脳波を採ったんです。そのときβ波が想定した値よりも低かった。検査した8人全員がそうなりました。それ以外の職業の人たちを計ったら、β波が高く出るのです。そこで、彼らは職業的に画面をずっと見ていて、他者とのコミュニケーションがないことに気付きました。画面を見ることで、一見、前頭前野を使っているように思われますが、実際には使っていないんじゃないかと。日常的にコミュニケーションが少ない、家に帰ってもパソコン、家族とも会話がない。そういう人たちだったのです」


老人性痴呆症と同じ脳波パターン
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ノーマル脳(緑がβ波、黄色がα波。以下同)
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ビジュアル脳
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半ゲーム脳
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ゲーム脳

そこで、森教授は大学生にゲームをさせて実験してみると、β波が出ない者もいたという。その結果、β波がゲームをしてもまったく変わらないタイプの「ノーマル脳」、ゲームをやると下がるタイプの「ビジュアル脳」、β波が不安定で上下している「半ゲーム脳」、最初から低いタイプの「ゲーム脳」という四つのパターンに分類できたという。この中のβ波が低いタイプは痴呆症の脳波パターンと同様だったという。痴呆症の患者は前頭前野が働かなくなるということは定説になっており、実際、前頭前野の脳波の活動を示すβ波が低かったのである。

「ノーマル脳」のタイプ:
ゲームをしたことがない人。礼儀正しく、学業成績は普通より上位が多い。

「ビジュアル脳」のタイプ:
ゲームをほとんどしたことがないが、テレビやビデオを毎日1〜2時間見ている人。ゲームをやめたら元に戻る。「ノーマル脳」と同様、学業成績も普通以上の人が多い。

「半ゲーム脳」のタイプ:
少しキレたり、自己ペースといった印象の人が多く、ゲーム中に声をかけると「うるさい!」という返事しかかえってこない。日常生活で集中力があまりなく、物忘れがある。

「ゲーム脳」のタイプ:
キレる人が多い。普段ボーッとしていることが多く、集中力が低下している。学業成績は普通以下の人が多い。物忘れが激しく、時間感覚に欠け、学校も休みがちになる傾向がある。

「β波は脳の局所的な活動なんです。前頭前野が活動すればβ波がでる。あるいは聴覚野でも音を聴いていればその部分のβ波がでる。脳の局所の部分の興奮を反映しているのがβ波なんです。β波の興奮度が高くなれば、脳が活発な活動しているという目安になる。逆にそこの活動性が悪くなればβ波は低下します。そこで、研究を進めていると、痴呆の方はβ波が低いという結果が出た。高齢者の場合、前頭前野から働きが低下していくのです」

森教授は、携帯メールを長時間やっている人やホラー映画やビデオを長時間見ている愛好者も前頭前野のβ波が低下しているという結果も得た。若くして前頭前野の働きが悪くなることを「若年性痴呆症状態」として、高齢者の痴呆症と同じ状態だと結論づけている(『ゲーム脳の恐怖』NHK出版)。これらの研究結果は、11月3日にアメリカ・オーランドでの脳神経科学会で発表され、それと同時にアメリカの全マスコミで公開されることになっている。


前頭前野がにぶるとIQが落ちる
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対戦型ネットワークゲームならゲーム脳にならない?

ゲームが精神に悪影響を与えることは、残虐な少年事件が起こる度に囁かれてきた。1997年に日本中を震撼させた「酒鬼薔薇聖斗」事件がある。「さあゲームの始まりです 愚鈍な警察諸君 ボクをとめてみたまえ ボクは殺しが愉快でたまらない」という1通の挑戦状とともに土師淳君の頭部が中学校の正門に放置された。大人たちは「何故、こんな残虐なことを少年が……」と衝撃を受けた。ゲームの影響が行為に現れた事件といっていい。しかし、事件化しないまでも、ゲームは若者たちの脳に深く広く影響を与えていたのだ。

『平然と車内で化粧する脳』(扶桑社)で前頭前野と羞恥心の関係を結論づけた北大医学部の澤口俊之教授は、最近の若者の様子をこう危惧する。
「問題意識がない、指示を待っているだけ、計画性がない、というような学生が増えました。あきらかに前頭前野の働きがにぶっているような学生が多く、研究どころではないという状況です。これは、各大学の教授の集まりでみんなが一致する現場の意見です。だから、今の大学院生は、入ってきて2年くらいは前頭前野の働きを高めるような教育から始めます。いろんなプログラムを各学生にあわせて毎日行い、研究者としての土台を作るのに2年かかるんです。『最近の若者の様子がどうもおかしいぞ。これはどうも前頭前野の働きがにぶっているのではないだろうか』という仮説から、ゲームと脳に関係性があるのではという研究が始まりました」

さらに澤口氏は前頭前野の働きの低下で、社会に適応できない人が増えているという。
「前頭前野がにぶると、一般的なIQ(知能指数)が落ちてきて、仕事ができない、あるいは長く続かないとか、結婚しても離婚するとか、犯罪を犯すとか、社会的に適応できずにマイナス方向にどんどん進んでいく。前向きなクリエイティブな生き方ができなくなるんです。
そういう人たちが増えているように見えるし、その証拠も出てきている。どうしてそうなってきたのかもようやくわかってきたというのが現在の状況です」

“すぐそこにある危機”は経済だけではなかったのである。このままでは、もし万が一、不良債権処理が何とかうまくいっても“日本沈没”は間近である。

11月13日号では「チェックリストであなたの脳を検証する」をお送りします。

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