「老人医療費の無料化は失敗だった」。数年前、医療改革の論議が白熱化する中、厚生労働者の元幹部が漏らした。73年から実施された無料化は医療費増加をもたらし、国や地方自治体の財政を逼迫(ひっぱく)させ、83年に老人の一部負担が導入された。
老人医療無料化は福祉国家・日本の理想の姿であった。高度成長によって経済活動が拡大する中で、無料化は老後の安心の暮らしを約束する施策だった。
しかし、その結果何が起こったか。医療が受けやすくなり、診療所の待合室は高齢者であふれた。老人を検査漬けにして、多額の収入を得る医師も増えた。「医療はタダ」。高齢者に間違ったイメージを与えてしまったところに無料化が失敗した根源があった。
医療は年金のような保険料の積立金がない。国や自治体と国民の医療保険負担でまかなわれている。高齢者ほど医療費がかかり、実際には現役世代が高齢者の医療を支える。
無料化は理想だが、冷静に高齢化を分析すれば、別の施策があったはずだ。歴史に「もし」はないが、医療改革が必要な今、学ぶべきことは多い。(中部本社代表室長=前社会保障担当論説委員・57歳)
毎日新聞 2008年2月17日