「病院には真相明らかにしてもらえなかった」

福島県立大野病院事件で遺族が意見陳述

軸丸 靖子(2008-01-26 07:05)
Yahoo!ブックマークに登録 このエントリーを含むはてなブックマーク  newsing it! この記事をchoixに投稿
 「『天国から地獄』という言葉が、そのまま当てはまる状況だった」――。

 福島県立大野病院産婦人科で2004年12月に帝王切開手術を受けた女性が死亡し、執刀した加藤克彦医師が業務上過失致死と医師法21条違反に問われている事件の第12回公判が1月25日、福島地裁で開かれた。

 公判が始まって丸1年。残った証拠調べを終えて結審となったこの日、初公判から傍聴を続けていた女性の遺族3人が意見陳述に立ち、無念と、加藤医師に責任を求める決意を改めて述べた。

「ミスなかったなら、なぜ妻は死んだのか」

 最初に陳述に立った女性の夫は、手術前に加藤医師から説明を受けたときのことを振り返り、「輸血を用意し、万が一に備えて応援医師も依頼してあるという加藤医師の言葉に、『そこまでしてもらえるのか』と安心して、すべてを託した」「『天国と地獄』という言葉があるが、それがそのまま、当てはまる状況だった」と語った。

雪のつもった福島地裁。公判前整理手続きが行われているにも関わらず、公判は1年を超えた=25日、福島地裁(撮影:軸丸靖子)
 帝王切開手術当日。予定通り、女性が手術室に入って、まもなく赤ちゃんが生まれた。

 「ところがいつまで経っても妻が戻ってこない。看護師に聞いてもはっきりしない。そのうちに奥の部屋に呼ばれて、先生が突然、『申し訳ありません。亡くなりました。いま蘇生しています』と頭を下げた。手術の説明を受けたが、とても納得のいくものではなかった」

 夫が繰り返しのは「責任」という言葉だ。柔らかい語り口ながら、激しい言葉使いで医師を非難した。

 「(結果が悪かった)責任を(患者の身体状況に)転嫁しないでほしい。何が欠けていたのか、なにがミスだったのかを厳粛に受け止めてほしい」

 「弁護側は、医師の処置には問題はなかったというが、問題がないならなぜ妻は亡くなったのか。人間の体はさまざまというが、それに対応するのが医師の仕事だ。分娩室に入るまで健康だった妻はどうして亡くなったのか。病院は不測の事態のための設備を整えているはず。ということは、ミスが起きたのは医師の責任だ」

 「私は、子どもと妻のために、医師の責任を追及する。責任を取ってほしい。取ってもらいます」

警察・検察に感謝する

 続けて陳述に立った女性の父親は、事故後の医師と病院の対応に不信感がつのった、と話した。

 「状況を淡々と説明する加藤医師の姿に疑問を持った。医療記録には、生きたくて必死に頑張った娘(女性)の姿が残っていた。悔しい、何かがおかしいと思って、カルテのコピーをもらった。遺体の解剖は拒否し、悔しさを胸に、病院をあとにした」

 「事故から半年後に病院から示談の話が来たが、時期尚早と話し、交渉は立ち消えた。病院の壁は厚く、なぜ事故が起きたのか、真相が明かされないまま、ただ時間が過ぎていった」

 警察・検察が捜査に動いたことは、遺族にとって朗報だったという。しかし公判で弁護側は、癒着胎盤の発生率は1万分の1程度できわめてまれである、予見は難しい、女性の胎盤が通常より大きく、異常も認められる、とする証言を重ね、医療過誤を否定した。

 これに対し、女性の父親は、「『だから助からなかった』といわれるのは、娘の人権を否定し、誹謗中傷するもの」と断罪。

 「医師不足問題と今回の問題も別問題だ。患者に安心と安全を与える医療を実現してほしい」と結んだ。

 女性の弟もまた、手術中に家族への説明がなかったことを批判し、「その状況に光を差し伸べてくれたのは警察・検察。亡き姉に代わって感謝したい」と話した。

 公判で審理されなかった医師法21条(異状死の届け出)違反については、書面審理となる。次回は3月21日で、検察が論告求刑を行う。弁護側の最終弁論は5月16日。判決はその2、3か月後になる見込み。

  ◇

医師と患者のあいだに横たわる、絶望的な不信感

 丸1年にわたった大野病院事件の裁判が、福島地裁で結審した。

 争われたのは癒着胎盤の予見可能性、胎盤はく離にクーパーを使用した妥当性、胎盤剥離の中止と子宮摘出への移行などという、いずれも高度な医療上の判断の是非。それに、医学の素人である裁判所、弁護士、検察が取り組んでいる。

 有罪となれば、被告である執刀医は「犯罪者」だ。もともと産科は医師が患者から訴えられるリスクが高い診療科だが、大半は民事。それが刑事事件に発展したために「結果が悪ければ罰せられるのか」と全国の医師が猛反発した。おりからの医師不足、医療崩壊に拍車をかける事件として、政界、行政からも裁判の行方が注視されている。

 公判では毎回、精力的な応酬が繰り広げられた。私も初回から取材を続けた。しかし結審まで見て、残されたのは、医師と患者のあいだにある不信の溝の深さへの、単純な絶望感だ。

 産科で「訴訟リスク」が高い最大の理由は、出産という人生最良の瞬間を心待ちにする夫婦が、事故で一瞬にして絶望の淵に突き落されてしまうためだ。

 妊婦は健康な状態で入院する。この点が、病気やけがで入院する人と決定的に違う。その状況で、分娩中に何かが起こると、生まれた子どもに脳性まひなどの障害が残ったり、母体に危険が及んだりする。これが産科医に対する訴訟の多さにつながる(産科無過失補償制度が実施に向けて進んでいるのはそのためだ)。

会見する弁護団長の平岩敬一弁護士=25日、福島県庁(撮影:軸丸靖子)
 今回の大野病院事件でも、女性の遺族は、「天国から地獄」という表現で、こうしたずっと以前から言われている問題を指摘した。

 「病院は真相を明らかにしてくれなかった」「納得のいく説明がなかった」という指摘もまた、小説『白い巨塔』の時代から言われている医療界の問題だ。

 もう何年も前から、医療機関には医療安全対策を講じることが求められている。そのマニュアルには、何か起きたらリスクマネジャー(事故防止や事故対応の担当者、医師や婦長クラスの看護師が多い)がすぐに患者・家族に知らせ、病院長以下が直接、迅速に対応するよう、書かれている。遺族への説明には、リスクマネジャーや病院長らが同席し、担当医1人に任せない。こうした気配りが、医師―患者間の信頼関係を維持し、医療事故を“紛争”に発展させないための最善の策だからだ。

 弁護団代表の平岩敬一弁護士は、「本当は、遺族へのケア――『これはこういうことなんですよ』と説明してくれることが、必要なんだと思う」ともらす。

 それは、司直が手出しする話ではなく、医療界が率先して担うべきことではないだろうか。

 大野病院事件の遺族の意見陳述には、ここまでこじれずに済んだのでは、と思われる部分が多々ある。無論、患者側にも問題はあるだろう。医療に何かを求めるなら、もっと医療を理解しなければならない。そもそも日本の医療は多くを求められるレベルにない。そのことが、一般に知られなさすぎることも事実だ。
 
 医師と患者が、互いに理解を怠ってきた長年のツケが、この事件に回っているのではないか。加藤医師、女性の遺族とも、その被害者なのではないかと、思われてならない。


軸丸 靖子 さんの他の記事を読む

コメントを書く マイスクラップ 印刷用ページ メール転送する
総合29点(計47人)
※評価結果は定期的に反映されます。
評価する

この記事に一言

more
評価
閲覧
推薦
日付
kosuke
149
0
02/01 17:09
ちぃ
173
1
01/30 21:07
れい
233
14
01/29 11:25
ちぃ
235
6
01/28 20:10
kosuke
263
0
01/28 14:07
むー
301
18
01/28 11:54
Ronnie
380
15
01/28 01:10
林田力
478
7
01/26 12:37
タイトル
コメント

オーマイ・アンケート

バレンタイン、あなたはいくつもらえましたか?
OhmyNews 編集部
0個
1個
2個
3~10個
10個以上
本命チョコをもらえたから数は関係ない!