第4回 ネット・エコノミー解体新書
Web2.0を特徴づけるキーワードとして「ロングテール」というキーワードが使われることが多い。通常の店舗では品目数上位20%が全体の売り上げの80%を占めるのが普通だが、ネットのビジネスでは残り80%の品目の売り上げが上位20%の売り上げを上回る(図1)──代表例はアマゾン(amazon.com)だ──というように表現されることが多い。
しかし、ちょっと待っていただきたい。
まず第一に、通常の店舗より多い品目数を扱えるというのは、ホントに「Web2.0」の特徴なのか? ネットのほうが品目数をたくさん扱えるのは、94年にアマゾンが創業されてからずっとそうだったのではないのか?
Web1.0か2.0か、というのは単なる言葉の定義の問題ではあるが、2.0のほうが、より「進んでいる」というイメージを持たれやすい。しかも、「ロングテール」という言葉が、「かっこいい」「最先端」といったポジティブなイメージで語られているので、注意しなければならない。
はたして、「ロングテール」というのは「いいこと」なのか?
「うちもWeb2.0でロングテール化を図りますよ」、なんて言っている経営者の方。「ロングテールをやっている会社に投資しろ」なんて言ってるベンチャーキャピタルの方。ホントにノコノコと「ロングテール」方面に進んでしまって大丈夫?
今回は、その「ロングテールの代表例」とされるアマゾンの財務諸表を見ながら、「ロングテール」が一体どういうものなのか、考えてみたい。
図1●「ロングテール」の概念図
品目別売上の上位20%が「ヘッド」、下位80%が「テール」。「ロングテール」は、「テール」による売り上げが「ヘッド」による売り上げを上回る現象のこと。
まず、アマゾンの損益計算書を、他の主要ネット企業と比較した図2をご覧いただきたい。1ドル=115円として換算した。
アマゾンはグーグルやイーベイよりも売り上げは大きいが、粗利率はたったの24.0%。ネット以前の通販は、健康器具、健康食品、下着など、粗利率が5割とか7割ある商品でしか成立しえなかった。2割ちょっとの粗利の商品でも「通販」できるようになったというのは、確かにネットやIT技術の画期的な成果だとも言える。
ちなみに、日本で書籍や文具を扱う丸善の2006年3月期の連結売上高は834億円。アマゾンよりは1けた小さいが、粗利率は23.9%でアマゾンとほぼ一緒だ。
図3のように、丸善の粗利率とアマゾンの連結粗利率を比べると丸善の方がずっとアマゾンを上回ってきた。日本にアマゾンが上陸したのは2000年11月からだ。それ以降、アマゾンの粗利率は改善しているので、日本の書籍の再販制度がアマゾンの連結の粗利率の向上に寄与したのかとも思ったが、そうではなさそうだ。
セグメント情報をもとに、利益率を地域別に分解してみると、図4のとおり。むしろ、アマゾンの中で粗利率の高いのは北米の事業であり、北米外の事業は非常に利益率が低いことがわかる。
セグメント情報にはこれ以上の細かいデータは出ていない。しかし、北米だけでも5000億円以上の売り上げを計上するようになったことで、書籍やDVDを中心とした市場で圧倒的な「バイイング・パワー」を持つに至ったことが大きいと考えられる。
常識的に考えれば、ロングテールで「少量多品種」になれば、効率は悪くなる。つまり、「ロングテールをやればもうかる」のではなく、「絶対的地位の規模を獲得すれば、ロングテール“でも”利益が出せるようになる」と見るのが正しいのではないか。
また、書籍などのマーケットは、日本でも米国でも「縮小しつつある市場」であるという点にも着目する必要がある。右下がりのマーケットでは「バラ色の未来」は描きにくいから、参入したがる者は限られる。
現在のアマゾンが得ているのは、ロングテールによる「新しいタイプの利益」というよりも、オールドエコノミーでも見られる、成熟・衰退市場で絶対的地位を獲得することによる「残存者利益」であり、「古典的なタイプの利益」なのではないだろうか。
図2●アマゾンとグーグルおよびイーベイの連結損益計算書の比較
各社の10-K(年次報告書)より磯崎哲也事務所が作成。1ドル=115円として換算。
図3●アマゾンと丸善の粗利率の比較
Amazon.com, Inc.の10-Kおよび丸善の有価証券報告書より磯崎哲也事務所が作成。
図4●アマゾンの地域別の粗利率
全体の粗利率および丸善の粗利率と比較。Amazon.com, Inc.の10-Kおよび丸善の有価証券報告書より磯崎哲也事務所が作成。
アマゾンは約1兆円の売り上げがあるが、表1のとおり、利益率は日本の小売業大手とさほど変わらない。アマゾンは、「ちょっとだけ利益率のいい、一回り小さめのヤマダ電機」といった規模の会社であることがわかる。
株式の時価総額も、2006年8月18日現在、ヤマダ電機の約1兆2000億円に対して、アマゾンは約1兆4000億円(122億ドル)で同程度。もちろん、グーグル(約13兆5000億円、1174億ドル)、イーベイ(約4兆5000億円、392億ドル)には、大きく差をつけられている。投資家も、「ネットだから」という理由で、アマゾンに対して店舗型の業態を大きく上回る期待をかけているというわけでもなさそうだ。
もちろん、1兆円もの売り上げや500億円もの営業利益を獲得するというのは立派なものである。しかし、アマゾンがこの利益率になったのは、ここ4年の話であって、それまでは創業以来ずっと大赤字だったことも忘れてはならない(図5)。
つまり「アマゾン」になるための道のりには、ネット上での猛烈な競争による「死の谷」が延々と広がっているのである。
「先駆者であるアマゾンが道を切り開いたことで、EC(電子商取引)用のパッケージも多数現れ、アマゾンと同じことが今ではより安い金額で行えるようにはなっている」、という反論があるかも知れない。しかし、厳しい競争が存在すれば、コストが下がっても、その分、売り上げ単価が削られてしまうので、やはり利益率は下がって企業の体力を奪うのである。
ポイントは、市場で「他社が参入する気も起こらないような絶対的なポジションを獲得すること」であって、「ロングテール」が直接、利益を運んできてくれるわけではないのである。
表1●アマゾンと日本の小売業大手の連結損益計算書の比較
各社の10-Kおよび有価証券報告書より磯崎哲也事務所が作成。1ドル=115円として換算。セブン-イレブン・ジャパンは、持ち株会社化する前の2005年2月期の数値を用いた。
図5●アマゾンの売上高および営業利益率の推移
Amazon.com, Inc.の10-Kより磯崎哲也事務所が作成。1ドル=115円として換算。
「アマゾンのようなロングテール」をやろうと思ったら、売上高が数千億円以上といった、その市場での「ガリバー」を目指すとともに、数年間、ものすごい赤字を計上しても投資家を説得できるだけの「インベスター・リレーション力」が必要である。数十億円、数百億円といった程度の物販売上を目指して、「アマゾン的に」ロングテールな領域に踏み込むことは、まったくお勧めできない。
数十億円程度までの物販ビジネスを志向するなら、「ほかが取り扱っていない独自性の高い商品」を扱うべきだろう。それは、ロングテールといえばロングテールではあるが、基本的には大昔から存在する「ニッチ」戦略に過ぎない。しかも、ネットなので、既存のビジネス以上に、その「ニッチ」の中で圧倒的な存在感を確立しない限り利益の確保は難しいだろう。
以上、連載の第2回、第3回で紹介したグーグルやイーベイと、アマゾンのビジネスモデルがまったく違うことがおわかりいただけたかと思う。ベストセラーになった「金持ち父さん貧乏父さん」になぞらえれば、グーグルやイーベイは、コンピュータやネットを使うことで、相対的に自分の力はあまり使わず、小さな企業や個人の力をうまく活用していることで自動的にキャッシュがポケットに入ってくる「金持ちロングテール」である。
それに対して、アマゾンは「自分で」仕入れ物流から販売まで行っており、アフィリエイトやレビューなど、ネットならではの手法を駆使してはいるものの、グーグルやイーベイに比べれば、相対的に消費者の力を利用する割合が小さく、自分で努力しなければならない割合は大きい。
むしろ前ページの表1に示したセブン-イレブン・ジャパンのほうが、売れ筋情報や物流の情報処理を生かす「ネット企業」として、個人や小規模企業のフランチャイジーの力をうまく活用しており、アマゾンよりもよほどグーグルやイーベイのビジネスモデルに近いように見える。
繰り返すが、「死の谷」を渡りきったアマゾンはすごいし、筆者自身も、最近はアマゾン以外で本を買うことはほとんどなくなった。こんな便利なサービスはないし、アマゾンが世界の人々に与えた影響は計り知れない。
ただ、そのイメージが強いからといって、「Web2.0」や「ロングテール」という「バズワード」に踊らされてはいけない。財務構造を考えずに効率の悪いビジネスの泥沼に踏み込むと、「アマゾン」になるつもりが、「貧乏ロングテール」のワナに陥ってしまう危険性が高いので、十分、ご注意を。