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壱把

「いい加減学校いけよ、だめがね」
パソコンに向かってネットをしていると部屋のドアが乱暴に開けられた。
入ってきたのは妹のサチ。
僕はめがねの奥で目を伏せる。
学校になんて行きたくない、行ったらまたいじめられるだけだ。
サチは戦えって言うけど僕はサチみたいに強くないんだ。
弱いからネットに引きこもってオタクやってるんだよ。
匿名掲示板でかまってくれる人達だけが僕のトモダチなんだ。
「あいかわらず気持ち悪い部屋だな。」
サチは、僕の部屋中に貼られたアニメやマンガの妹キャラ達のポスターを眺めながらため息混じりにつぶやいた。
でっかく書かれている妹萌えというロゴを大声でサチが読み上げる。
「なんだよこの妹萌えって。兄貴あたしの事んな目で見てんのかよ。」
「安心しろ、サチ。お前みたいなスイーツ(笑)に萌えなんて微塵も感じないお。むしろ死ねお。」
からかいの言葉を投げつけてやったら、サチの顔がみるみるうちに赤くなっていった。
サチの手が僕の百科事典に伸びた。
大きく振りかぶりぶん投げてくる。
だが僕はそれをよけない。
百科事典が僕の頭に命中した。
ナイスコントロール。
「きめぇんだよ、てめぇ!」
「痛いお!実の兄になんて事するんだお。これだからスイーツ(笑)は。」
「妹萌えってただの近親相姦だろ!変態!」
「何言ってるんだお!妹萌えは秋葉が作った世界最高の文化だお。妹萌えってのはツンデレ萌えをはるかに凌駕する破壊力があるんだお。」
ぜえぜえと肩で息をしながらサチが疲れたように僕を見上げてきた。
あ、ちょっと可愛い。
萌えたかも。
「破壊力があるのはお前の存在だよ、糞兄貴。ていうかお前目悪くないのに何でめがねなんてかけてんだよ。」
「これは世の腐女子の方々に世界の中心でめがね萌えを叫んでもらうためだお。」
ほとんど度の入っていない黒ぶちめがねを指で押し上げた。
サチがレンズを人差し指で弾く。
「ていうか黒ぶちめがねなんてダサい。」
「黒ぶちめがねは全国の腐女子の憧れだお。」
「お前きたいなキモオタに誰も憧れねぇよ。」
「まさにスイーツ(笑)。」
「スイーツスイーツうるせぇ!喫茶行って一人パフェでも喰ってろ。」
「おごってくれるのかお?サチもたまには優しいお。」
「誰がおごるか!」
静かだった僕の部屋が途端に明るくなる。
サチは大好きだ。
こんな駄目で引きこもりでキモオタの兄貴を見捨てないから。
こうやって喧嘩を売ってくるのは学校に行けなくなった僕を心配してくれているからだ。
お前のおかげで僕はまだ大丈夫でいられるんだよ。
くすくす笑う僕にサチは頬を紅潮させながら僕のよれよれで破れたTシャツを掴んだ。
「そえより父さんと母さんがデパートに連れてってくれるんだって。兄貴も行こうぜ。ほら着替えて着替えて。って兄貴まともな服もってねぇじゃん。」
クローゼットを開けたサチが驚いている。
サチの横に立ち汚れた衣類を見詰めた。
「だって漏れ外になんてここ一年出てないお。」
「どんだけひきこもり?!」
「知らなかったのかお?」
肩を大きく上下させサチはわざとらしく溜息をついた。
兄ちゃんちょっと傷ついたぞ。
「あたしの服貸してあげる。男でも着れそうなの貸してあげるからそれでいいでしょ。」
僕の部屋を出て行きアイロンの当てられた白い無地のTシャツと穴あきGパンを手に戻って来た。
サチの目の前で僕は服を着替える。
女らしくないっていうか恥を知れって言うか。
実の兄貴とはいえ僕は男だぞ。
まさか他の男にこんな事してないよな?!
もししてたら掲示板に晒して干物にしてやる!
着替え終わった僕の腕を引っ張り早く、と車まで連れて行かれた。
その中にはしばらく顔を合わせていなかった両親がいる。
顔を伏せた僕を強く引っ張りサチは後部座席に乗り込んだ。
両親は黙ったままで車を出発させる。
上下に感じる震動。
久しぶりに見た街は眩しく、そして騒々しかった。
沈黙が気まずく僕はサチの肩を叩く。
「サチ、あそこ見るお。ガンダムの新作のプロモーションやってるお。」
「あー、はいはい。分かった分かった。」
サチは興味が全くなさそうだったが運転している父さんと母さんは僕が指差した方向へと顔を向けた。
サチが唇を尖らせる。
「ちょっと、わき見運転やめてよ。危ないじゃん。」
「いいじゃないか少しくらい。」
「そうよ。コウが外に出てくれるなんて一年二ヶ月ぶりなのよ。」
余計な事いわないでくれ、母さん。
サチが心配するだろう。
サチは乱暴だけど人一倍やさし――。
次の瞬間、強烈なクラクションの音が耳を劈いていた。
「危ない!」
一瞬目に見えたものは迫って来る一トントラックだった。
僕は咄嗟にサチをかばっていた。

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