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弐把

「いつまで寝ているんだ!」
頭上から降ってくる怒声にふらふらする頭を上げる。
ここは、どこだ?
きょろきょろと辺りを見回していると後頭部を殴られた。
「さっさと服を脱げ!後がつかえているんだ!」
服を脱ぐ?
どうしてだ。
ゆっくりと顔を上げる。
目の前に鬼のような形相をしたしわしわの男がいた。
剛毛が生えた腕が僕に伸ばされる。
サチから借りたTシャツを無造作に掴まれた。
「服を着替えろといっているんだ!聞こえなかったのか、このクズが!」
「喪前誰だお。漏れは喪前なんて知らないお。痛っ。」
殴られる。
手足を振り回しての抵抗も空しくサチのTシャツはぼろぼろに破かれた。
ぎゃあぎゃあと喚く僕に投げつけられた服が床に落ちる。
手の持った棍棒を振り上げる男。
びくりと肩を跳ね上げ僕は投げつけられた服を着る事にする。
ってなんだこれは。
ピンクと紫のストライプ?
悪趣味にもほどがある。
文句を言ってやりたいが、棍棒を振り上げるな。
ふん、僕は優しいから着てやるよ。
いっとくけどお前なんて怖くないから。
ぜんっぜん怖くないから。
マジでマジで、本気と書いてマジと読むから。
あれだ、やくざのお化けだ。
あのあほっぽさがお前にはあるんだよ。
ばーかばーか。
服を着ながら床に散らばるぼろ布を情けなく見下ろす。
あーあ、後でサチに怒られる。
サチは怒ったら怖いってこいつは知らないのか。
椅子でぶん殴るんだぞ、あいつは。
記憶を手繰りようと自分が着ている服を見た。
色はあれだが映画とか漫画とかで見た囚人服そっくり。
マジでここはどこなんだよ。
不安だけが膨らんでいく。
後頭部に来る衝撃。
痛みに振り向けば男が懇望の変わりに蝿叩きを握り締め僕を叩いていた。
「痛、いたた!ちょっ、やめろ、漏れは蝿じゃないお!」
僕は咄嗟に振り下ろされる男の手を叩いていた。
あ、と思った瞬間、男の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
ぶふぅ!瞬間湯沸かし器だお。
「ちくしょう!新入りだからって手加減してやっていたというのに!もう容赦はせん!こうなったらゴキブリも倒せるこいつで成敗してくれるわ!」
「って布団叩きぃ?!布団たたきじゃすばしっこいゴキは倒せないお!隙間からめがっさ逃げられるお!ってかそんなもんで叩かれたら萌えめがねがめがっさ割れるお!粉々んなる!全国の腐女子に示しが付かなくなるお!漏れのチキンハートがブレイブハートになっちゃうお!!」
「うるさい!黙れ!」
「ぎゃあ!」
布団叩きが振り下ろされる。
ちょ、棍棒より痛い気がするのは気のせいですか?
誰か気のせいだといってくれ。
そして、たちゅけてー・・・。



散々布団叩きで叩かれた後僕は解放された。
男に言われた房に向かいながら辺りを見回す。
硬くはめられた鉄格子。
その向こうは暗くて何も見えなあった。
「うう、酷い目にあったお。ここは刑務所なのかお?」
なんとなくそんな予感がする。
それにしてもなんで僕が刑務所なんかに?
僕は父さんの車で買い物に行ったはずだ、父さんと母さんとサチはどこにいるんだ。
男に言われた房に着けばもっさりしたベットの上に倒れこんだ。
脂ぎった中年男のフローラルな香りがする。
笑えねー。
「うう。ここには親切な人はきっといないお。漏れは刑務所に入れられるような悪い事何もやっていないお。ちょっとシャイでメタボな引きもこりだお。」
「あんたが俺のルームメイト?」
突然声を掛けられ驚く。
人がいたのか。
「そ、そうだお。だから何だお。」
小柄な人だった。
長い髪を後ろで一つに束ねている少年。
大きなアーモンドアイとだんごっぱなが特徴的で色白。
ぼさぼさ髪でメタボ一歩手前の僕とは違って女にもてそう。
よし、むかつくからちっさい人と呼ぶことにしよう。
ちっさいおっさんでもいいけど僕の方がおっさんに見えるからちっさい人でいいや。
「あんたさっきさぁ、悪いこと何もしてないっつってたじゃん。自分がやったことすら分からないの?それとここ刑務所じゃないから。更正施設だから。」
首を傾げる僕にちっさい人が溜息をつく。
「分からないなら教えてやるよ。あんた人殺したんだよ。両親とトラックの運転手と大学生のお姉さんと歩道歩いてた老人殺してここに連れてこられたくせに何いい子ちゃんぶってんの。」
「何ふざけた事言ってるんだお?漏れは誰も殺して・・・なんか。」
記憶に浮かび上がってくるのは真っ赤な血の池に倒れている父さんと母さん。
そしてぐちゃぐちゃにぶっつぶれた車とトラック。
鋭いガラス片が、恐らく単車に乗っていたであろう女性の全身に突き刺さっていた。
その隣には脳漿をぶちまけ頭がぺったんこになった老人の死体。
アスファルトの上に飛び散っている眼球、肉片、脳みそ、内臓、血液。
「あ・・・う、そ。」
そんなはずはない、だって僕は父さんと母さんとサチとデパートに向かってたんだ。
それにこの様子は事故の・・・。
ちっさい人が口を開く。
「嘘じゃない。全員あんたが殺した。皆皆あんたのせいで死んじゃったんだ。あの時声を掛けなければこんな事にはならなかったのに。一生、引きこもってれば良かったのにね。」
「サチは、サチはどうした?!」
もし自分が人を殺したというのなら妹のサチはどうなったのだろうか。
さっきの記憶の中にもサチはいなかった。
まさか、あの肉片の中にサチがいた?
ばらばらになって?
まさか、まさか、まさか!
違う、そんなはずはない。
だって僕は誰も殺していないんだ!
殺せるはずはないんだ!
引きこもりでキモくてオタクでメタボで小心者の僕が人殺しなんて大それた事出来るわけがないんだ!
「さぁ、知らないねぇ。ここじゃ死んだ奴以外の情報は入ってこないからねー。」
肩をすくめるちっさい人から手を離し鉄格子の向こうを見上げた。
闇しか広がっていない。
サチ、お前今どこにいるんだ、無事でいてほしいお。


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