MAINSTREAMⅠ lesson5
メインストリームⅠ lesson5
Is E-mail the Greatest Invention? ─Eメールは最大の発明か?─
①
最近、メールが非常によく使われるようになった。メールは仕事や学校、大学の大多数で通信ネットワークの重要な部分になった。友達や家族と、さらには見知らぬ人とさえコミュニケーションを取るためにメールを利用する個人も多い。ネットのチャットサイトで他の人と出会うこともできる。そしてメールを使うことで互いにやりとりを続けるのである。デートの相手を見つけ、恋をし、結婚するためにメールを利用する人さえいる。世界中の人々とコミュニケーションを取るためにメールを使うことが出来る。メールが考え出される前は、手軽に世界規模のコミュニケーションを取るのは夢物語だった。要するに、メールには素晴らしい色々な利用法があり、世界の人々をとりこにしてきたのである。
②
メールは電話やグーテンベルグの印刷機以来の大発明だという人もいるが、私に言わせてもらえばメールは過大評価されているように思う。なぜみんなはメールがそんなにすごいと思うのだろうか?
たいていの人は「あした一緒にランチしよう」とか「週末はどうだった?」というような“複雑”なメッセージを送るためにメールを使う。指を使って話すのを楽しむのである。同じ町、同じ職場、そして同じ学校にいる人にさえメッセージを書く。おかしくないだろうか?みんなこんなことを書くのにとても忙しそうなのだ。
「やあ、元気?先週末湖に行った?もう行かなきゃ。じゃね。ジル。」
来る日も来る日も、行ったり来たり、このようなメッセージをやり取りしている。「もし私とコミュニケーションを取りたいなら、電話するか会いに来るように。あなたの声を聞くか顔を見るほうがいい。」私はそう言う。
③
メールを使えば相手はいつでもメッセージを読めるのだからその人はその場にいなくてもいい、ということを指摘するメールファンもいる。なるほどそうかもしれないが、留守電も同じことをしないだろうか?友達の声を聞くのとメールの文字を読むのとではどっちが素敵だろうか?私は変だろうか?私はパソコンのモニタのメッセージを読むより人間の声を聞くほうが好きだ。もし手紙を読まなければならないとしたら、タイプした手紙より素敵な手書きの手紙のほうがいい。もし他人の声を聞きたくないとか、お互いに面と向かって話したくないというのなら、私たちは何かを失いかけているとは思わないだろうか?
④
メールのファンはメールは速いということも言う。私はそうは思わない。速い?何と比べて?メールは速くない。速くタイプできる人は1分あたり60~70語をタイプできるが、人間は1分あたり平均200語を話すので、話すほうがずっと速いことは明らかである。メールファンはパソコンを起動させ、メールソフトを開き、タイプし、スペルチェックをし、それから同じ町にいる友達にメッセージを送る。その間、私はすでに友達の留守電に3つ4つの伝言を残すか、あるいは実際に友達に話しかけている。メールファンはまだタイプしているが、私はもうのんびり雑誌を読んだり朝食を取ったりしている。
⑤
もし同じメッセージを34人の人々に送る必要があるなら、電話よりメールのほうが効率的で安くつく。もし南アフリカに住む人とコミュニケーションを取る必要があるなら、たぶん電話よりメールのほうがいい。遠くに住む人と定期的にコミュニケーションを取る必要があるなら、メールはいい考えである。
また障害を持つ人々もメールと現代技術からたくさんの恩恵を受けている。電話は耳の聞こえない人には役に立たないが、彼らにとってメールは偉大なコミュニケーション道具である。驚くべきことに、メールは目の見えない人にとっても役に立つ。音声変換ソフトを使えばメールを聞くことができるが、それは受け取ったメールを声に出して読むものである。さらに音声認識ソフトを使えば、メッセージをタイプする必要すらない。マイクに向かって話しさえすればよく、そうすればそのソフトが音声を文章に変換してくれる。なんて便利なのだろう。
⑥
メールにもたしかにいくぶん価値があるが、基本的に、人々はモニタの前で過ごしていると人間らしくなくなっていくと思う。だから私と連絡を取りたいならメールを送らないで欲しい。その代わり電話して欲しい。あともう一つ。ファックスもどうかやめて欲しい。ファックスも好きではない。/