社説
医療事故調/捜査とどう距離を置くか
診療行為で患者が亡くなったとしよう。病院はミスを否定するが、遺族は納得しない。公正・中立な機関が原因究明に乗り出し、結果を公表する。再発防止にとどまらず、医療への不信解消にもなるだろう。
これが、厚生労働省が設置しようとしている医療事故調査委員会である。
現在はそんな組織がないから、遺族は裁判で争うか、泣き寝入りするしかなかった。それが深刻な医療不信を招いたことは、いうまでもない。
そうした意味でも、信頼の置ける第三者機関を設けることに異論はないだろう。問題は中身であり、どんな機能を持たせるかである。ところが、厚労省の試案や論議に目を向けると、期待よりも医療現場の委縮につながらないかと心配が先に立つ。
試案によると、事故調は医師や法律関係者らで構成し、「診療行為に関連した予期しない死亡」を扱う。現在は医師法に基づき警察への報告を義務付けているが、これを事故調への届け出に一本化する。
個別の評価は委員会の下に設ける地方ブロックが行い、遺族からの申し出による調査も可能とする。遺体の解剖、診療記録の評価、遺族への聞き取りなどから、死因や死に至る経緯、要因を突き止め、調査報告書にまとめて公表する。
調査の手順を明確に示したのは評価できる。だが、調査報告書が刑事手続きで使用されることもあるとした点は、事故調のあり方にかかわる重大な意味を持つ。捜査との関係はより慎重にすべきだろう。
組織の中立性が疑われるだけではない。訴追の恐れがある中で、真実を話せるだろうか。責任追及に傾けば、真相究明という本来の設置目的から大きく外れる。
医療事故調の設置論議は、二〇〇四年の妊婦死亡事件がきっかけになった。帝王切開で出産した妊婦が死亡し、医師が逮捕された。「不可抗力ともいえる事例に結果責任だけで医療に介入するのは好ましくない」と日本医学会が抗議し、中立的な届け出機関の設置を求める声が高まった。
厚労省の試案は、届け出機関の設置には応えたが、捜査とどう距離を置くかという点で、なお議論の余地を残している。
事故調を厚労省の下に置けば、組織としての独自性が問われる。また、遺族に参加してもらうなら、どういう形がいいのか。こうした点についても、もっと踏み込んだ議論がほしい。
検討が始まって一年。法制化を急いで不十分なものにするより、医療への影響を見極めてからでも遅くない。
(2/11 08:51)
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