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< yuuto nishida > ことの始まりは、12月も半ばになったある日、いきなり蒼井がクリスマスツリーを担いで帰ってきたことだった。 オレはキッチンで片づけものをしてて、岸本と小早川さんはリビングでお茶を飲んでた。そろそろ蒼井が帰ってくるなって思ってた時に、リビングのドアが開いたのがわかった。 「ただいま」 「おう。おかえ――」 小早川さんの声が途中で止まったから、おかしいなと思って作業の手を止め、リビングを振り向いた。 「あ、……蒼井?」 カウンターから見た蒼井の姿に、オレは思いっきり絶句した。小早川さんは口をぽかんとあいてるし、普段顔色を変えない岸本だってまん丸な目をしてた。 普通――クリスマスツリーって、むき出しのまま肩に担がないよな? 「ど……どうしたんだよ、それ」 「スロ屋の景品だったから交換してきた」 「…………」 一瞬、多分オレたちは三人とも理解が遅れたと思う。 「あれ、飾りじゃなくて景品だったのかよ」 心当たりがあったらしい小早川さんが、まだぽかんとしたままで言う。こくんと蒼井が頷く。 「でも、こんなでっかいの担いできたの?」 「別に電車に乗るわけじゃないし。本物のモミの木じゃないからそう重くもない」 きっとオレたち全員の顔に「そういう問題じゃない」って書いてあったと思う。 でもせっかくツリーが来たからってことで、次の週末にツリーの飾りを買いに行くことになった。小早川さんと一緒だ。小早川さんは、恋人の蒼井が持ってきたツリーに飾るんだから自分も選びに行くって言い出したんだけどね。それに、お財布は小早川さん持ちだったりする――ホントにいつも申し訳ないと思ってるけど、小早川さんがオレに払わせてくれるはずがない。 駅ビルに、今の時期だけできてるオーナメント特設コーナーであれこれ物色する。それにしても最近のクリスマスオーナメントってすごいな。きれいなのとかシックなの、おしゃれなの……お店のディスプレイで使いそうなヤツがたくさんある。女の子はすごく喜びそうだ。 「おい、西田。これかわいくないか?」 「うん? どれ?」 目の前に突き出されたのは――極彩色のラメラメのステッキみたいなのだった。何か小さい頃に、子供のお菓子コーナーにあった、派手な銀紙で包んだチョコみたいな。ちょっといい言い方をするとチープで、ちょっと悪い言い方をすると安っぽいかも……。 「そ、それよりさあ、こっちは? ペーパークラフトできれいだよ。雪の結晶の形だよね、これ」 微妙に色の違う白い紙で折られて、ていねいにコーティングされたオーナメントを差し出す。 「ああ、うん。きれいだな。でも地味じゃないか?」 「小早川さんの選ぶのが派手すぎるの」 派手すぎるだけじゃなくてちょっと××……いやその、詳しくは言わないでおこうっと。 「そうか? かわいいと思うんだけどなあ」 あれ。なんか背中丸めちゃうし……。 「こ、小早川さん?」 いじいじとさっきのオーナメントを指先でつついてる。そんな小早川さんを見てるうちに何だか、笑みがわいてきてしまう。 「うん?」 小早川さんがちらっとオレを見る。その顔が心なし、情けない。 「――ねえ、小早川さん」 「何だ」 「小早川さんってさ、昔ホストやってた時、女の子にかわいいとか言われなかった?」 「あー」 小早川さんが軽く首を回した。 「そういえば、何かしらねえけど言われたなあ。全然かわいくなんかねえのにさ。だいたい、大の男を掴まえて何がかわいいんだかな」 オレはとうとう、噴き出してしまった。 気づかないのは本人だけ、ってヤツだよね。 < takami kishimoto > 隣で、ツリーをためつすがめつしながら、西田はオーナメントをひとつひとつ枝に結びつけていく。その横顔は真剣で、それでいて楽しそうだ。まったく、相変わらずこういうことになるとこいつは本領を発揮する。 快適なホームライフというのが昨今雑誌の特集によくあるが、西田はその手本になりそうな奴だった。こまごまと掃除をし、料理を作る。ここにいる連中全員の、居心地のいい場所を作ろうとするかのように。いや、実際そう考えてるんだろう。 最初はただ、ばかな奴だと思った。が、徐々に西田の存在の意味が変わり――いまや俺の特別な位置に来た。 我ながら不思議だが、悪い気分じゃない。穏やかだがあたたかい日常を楽しめるなんて、俺も変わったものだ。 ふっと、手にしたペーパークラフト調のオーナメントに目をやる。セレクトショップにありそうな、シンプルだが凝った作りだ。 「案外まともだな。このオーナメント」 「うん? ああ、だってオレがほとんど選んだもん」 「おまえが選んだにしちゃまともだって言ってるんだよ」 「えー、何だよそれ」 西田が少しむくれた顔をした。 「小早川さんに選ばせたら、すごいものになってたと思うよ」 「ああ――まあ、そうかもしれないな」 いつか西田が、俺たちのものも含めマグカップを買ってきた時に、小早川が選ぶのはことごとくとんでもないのだと――ずいぶん後になって話してくれたことがあった。それから俺も何度か小早川の買い物につき合ったが、まあ確かにあまり洗練された趣味とは言い難い。 しかし、それすら魅力に見えるというのは、小早川の人徳かもしれないが。 「あ、これこれ。このトナカイさ、ちょっと蒼井に似てない?」 言われて、西田の持ったオーナメントを見る。無表情な――とはいえ表情豊かなトナカイというのもどうかとは思うが――くせに、どこか含蓄深そうに見える顔つきはなるほど蒼井を思わせた。 「ああ。わかる気がする」 「だろ? だから買ったんだよね、これ」 西田はいっそう楽しそうに、ツリーの枝にそのトナカイを飾りつけた。 「で、こっちは小早川さん」 「サンタクロース?」 笑みを浮かべた、おなじみのサンタが大きな袋を背中にしょっていた。 「ちょっとにやっとしてる感じが似てない?」 サンタのわりにはきざな表情をしていて、そこはなるほど小早川を思わせた。 「あの人の気前のよさはサンタ並みだからな」 「あはははっ、そうだね」 ひとしきり笑ってから、西田の顔がいたずらっぽい表情に変わった。 「で――これ。これが岸本」 「え?」 西田が差し出して来たのは――白いオーナメントだった。しかも、二つ。 「天使……?」 「メガネの天使って珍しいよね。で、こっちがビフォーで、こっちがアフター」 西田の言う『ビフォー』はすまし顔、『アフター』はやわらかな笑顔を浮かべている。 「何のビフォーアフターだよ」 「決まってるじゃないか。その――」 西田がそこで言葉に詰まり、真っ赤になった。 「その、オレの……恋人になってから……だよ」 「まったく、何照れてるんだか」 頬をつつくともっと真っ赤になった。 「俺、こんな顔してるか?」 「してる」 まだ頬を赤らめたまま、西田は断言した。 「すっごいやさしい顔で笑うよ」 「そうかな」 身に覚えが――ないわけは、なかった。ただ、素直に認めるのはあまりおもしろくない。 「おまえの欲目じゃないの」 「そんなことないよ。オレはちゃんと知ってるもん」 煽るとすぐむきになる。西田はどこまでもまっすぐだ。 「まあ、いいや。おまえの思いたいように思いなよ。――ところで、おまえ似のはないわけ」 「え」 西田がきょとんとした顔をした。 「……考えてなかった」 「何だよ。みんなのは選んだくせに」 「だって、自分が何に似てるかなんてわからないよ。人が見るからわかるんだよ」 「――ああ」 手元にいくつか転がっていたオーナメントの中から、俺はひとつを拾い上げた。 「おまえはこれだな」 小さな、ジンジャーマンクッキー。大きく口をひらいて、笑っている。 「何も考えてなさそうなところがそっくりだ」 「えー。それひどいだろ」 それは言い換えれば、天真爛漫で純真無垢。 俺がこれまで、ある意味軽蔑してきて――だからこそ憧れた資質。それを持っている、西田。 「誉めてるんだよ」 「全然誉めてないじゃんかー」 心の中ではね――そうこっそりとつけ加えて、むくれた西田の頬に軽くキスをする。 「っ……」 西田が一瞬硬直する。唇のふれた場所は熱かった。それは、部屋の暖房のせいだけではないだろう。 「さあ、あとちょっとだ。飾っちゃおう」 「え――あ、うん」 もうすぐ小早川と蒼井が帰ってくる。クリスマスまでまだ数日あるのに、うまそうなシャンパンとつまみを仕入れたらしい。イブにはどれだけのものを買い込んでくるのか見ものだ。 今までこんな十二月を過ごしたことはなかった。が、それもまた一興かと俺は思う。 きっとこれも、ひとつの幸せのかたちだろうから。 back to top |