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(4)「迷走」 「難民解消」行脚も限界


 血圧が下がり、意識が遠のいていく。「お願いです。とにかく診察だけでも」。受話器を握りしめる救急隊員の切迫した声が、車内に響いた。弟の苦しむ様を姉はただ、見守るしかなかった。

写真東京消防庁の災害救急情報センターには救急医が常駐。救急隊から患者の状態を聞き、助言する=東京都千代田区で

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 昼夜、救急患者に対応できる「救急告示医療機関」を19カ所そなえる兵庫県尼崎市。昨年7月、マンションで一人暮らしの40代男性が電話で「しんどい」と訴えた。午後9時すぎ、姉がマンションに駆けつけると、ぐったりした状態だった。

 救急車はすぐに来た。隊員が地図を見ながら病院に電話をかけ始める。「専門の医師がいない」「ベッドが空いていない」。次々に断られた。

 自宅前から動けない救急車を消防署前に移した。市消防局職員も搬送先探しに加わったが、見つからない。「お姉さん、すみません」。隊員が何度もわびた。

 15件目で見つかった大阪市内の病院に着いたのは、通報から2時間50分後。「ありがとう」。到着直前に救急隊員が聞き取ってくれたひと言が、弟の最後のメッセージとなった。

 肝硬変。病院ですぐ意識がなくなり、容体はさらに悪化、4日後に亡くなった。受け入れに時間がかかったことが死に直結したかはわからない。

 尼崎市で昨年、病院に5回以上受け入れを要請した救急搬送は936件。03年の143件の6.5倍にのぼる。

 あの時の苦悩は思い出したくない。でも、忘れられない。姉は「二度とこういうことがないよう国は考えてほしい」。

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 救急車の患者がさまよう「救急難民」。状況は首都圏も同じだ。

 川崎市では昨年2月の1カ月だけで、心肺停止状態の4人が搬送を断られた末、死亡していた。聖マリアンナ医科大学(同市)の救急医学教室が消防のデータを調べた。

 うち1人は聖マリアンナの付属病院も受け入れられなかった。当時、別の心肺停止患者ら3人を処置。軽症者も多く訪れていた。調査した医長の境野高資(32)は「できれば全部引き受けたいが、限界がある」。

 救急隊員が周辺の病院を回り、頭を下げる。「もう少し患者を受け入れてくれませんか」。大阪府富田林市の市消防本部が「お願い行脚」を始めて3週間がすぎた。

 昨年末、高齢女性が30病院に受け入れを断られ、翌日死亡していた。収容先確保のため、以前から情報システムの活用に加え、各病院に電話で当直状況を確認するなどの対策を講じてきた。それでも、問題は起きた。

 1月中旬、調査に訪れた総務省消防庁の担当者から告げられた。「状況を改善するため、病院回りをやってほしい」

 意外にも、効果はあった。「富田林は大変でしょう」と要請を断らない病院が増えた。「うれしいが、一時しのぎなのはわかっている」。消防本部の幹部がつぶやいた。

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 30病院の一つだった民間病院の担当者は「あの時、医師が直接、症状を聞いていたら受け入れた可能性が高い」と考えている。本来は医師が救急隊の要請に応じる決まりだが、看護師が電話に出た。当日の医師は2日連続の当直。「医師の体調を心配したのだろうか」

 亡くなった女性の孫で、和歌山県の病院に勤務する男性医師(37)は1月、脳外科から救命救急センターに移った。患者は一晩に30人前後。多忙な日は15分間に患者3人を受けたこともある。

 救急の現場を経験し、わかったことがある。「断った理由には医師の疲弊もあるはずだ。実態に見合った解決策を探らない限り、祖母と同じことが繰り返される」(敬称略)

 《急患の「たらい回し」》 東京消防庁によると、救急車が搬送先を決めるまでに30分以上かかったか、受け入れまでに5カ所以上要請したのは、昨年4〜12月で計2万7678件。搬送総数の6%にあたる。総務省消防庁の統計でも、覚知から医療機関収容までは06年で平均29.8分。96年の24.4分から大幅に延びた。厚生労働省は搬送先探しが困難になっている理由として、傷病が医師の専門外▽手術・処置中▽満床▽医師不在などを挙げている。

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