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クローズアップ2008:新型インフルエンザ発生の恐れ 予防策、決定打なく

 毒性の強い高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)の人への感染がアジアを中心に拡大している。インドネシアでは感染による死者数が100人を超えた。家族内などでの「人から人への感染」も報告され、人への感染力が強い新型インフルエンザ発生への危機感がかつてなく高まっている。日本を含め各国が対策を急いでいるが、効果的な予防策は見当たらないのが現状だ。【関東晋慈、ジャカルタ井田純、ジュネーブ澤田克己】

 ◇ウイルス変異、強力に

 03年末以降、世界保健機関(WHO)に報告された感染者はインドネシアやベトナムなど14カ国で360人に達し、226人が死亡した。昨年12月には中国で、死亡した男性と父親の間で「家庭内での密接な接触」による「人から人への感染」が起きた。

 なぜ、人への感染が増えているのか。

 鳥インフルエンザウイルスは本来、ヒトの細胞にはくっつきにくい性質を持っている。現在は大半が鳥からの感染だ。しかし鳥の間で流行が続き、人への偶発的感染を繰り返すうちに、ウイルスの変異によって「人から人へ」の感染力が強い新型インフルエンザが出現する可能性がある。

 外岡立人(とのおかたつひと)・小樽市保健所長は「昨年12月から鳥インフルエンザが拡大傾向にあり、鶏に触れただけで感染した例もある。かなり人に感染しやすくなっているのは事実で、変異しつつあるのではないか」と懸念する。

 インドネシアでは、初めて感染者が確認された05年から昨年まで3年連続で2ケタの感染者・死者を記録した。今年もすでに9人が死亡し、死者数は103人にのぼる。感染症専門のスリアンティ・サロソ病院(ジャカルタ)のイルハム・パトゥ医師は「市民に『病気で死んだ鶏に触るのは危険だ』という認識がないのが最大の問題」と指摘する。

 家庭での養鶏が一般的なインドネシアでは放し飼いの鶏が珍しくない。同国政府は昨年2月、ジャカルタなどの住宅地での家禽(かきん)類飼育禁止を決めたが、立ち入り検査が行われたのは当初だけだ。

 タイ、ベトナムではインドネシアよりも先に患者が確認されたが、鶏の大量処分で感染拡大を抑えた。インドネシアでは、飼い主に十分な補償を払う予算がないために処分が徹底されず、ウイルス残存を許す結果になったとみられている。

 また、医師でもインフルエンザの知識が乏しく、正確な診断がされない場合もある。先月、ジャカルタ近郊で発症した32歳の男性は初めはデング熱と診断された。鳥インフルエンザと判明した時には手遅れだった。遺族は「適切な治療を受けていれば命は助かったはず」と告訴した。

 ◇国民の1/4感染想定--日本

 新型の流行に備えて政府は05年、行動計画を策定した。国民の4人に1人が感染し、最大約2500万人が医療機関を受診、約200万人が入院すると想定する。スペインかぜの致死率(2%)を基に最大約64万人が死亡すると推定している。

 計画では、ウイルスが特定でき次第、ワクチン製造を始め、全国民に接種する。ワクチン製造元の一つ、阪大微生物病研究会の多田善一・観音寺研究所シニアマネジャーは「フル稼働すれば半年後には供給を開始し、その後、1年以内に国民全員分を製造できるだろう」と話す。

 厚生労働省の専門家会議が策定した対策ガイドラインによると、まずワクチン接種を受けるのは、医師や救急隊員など「医療従事者」と、消防士、電気事業者ら「社会機能維持者」。その後に一般国民となるが、優先順位は状況に応じて判断するという=表。

 政府は鳥型ウイルスから作ったワクチン1000万人分、抗インフルエンザ薬タミフル2800万人分を備蓄。タミフルに耐性を持つウイルス出現に備え、別の抗インフルエンザ薬リレンザの備蓄を現在の60万人分から135万人分に増やす予定だ。

 だが、計画の甘さを指摘する声もある。国立感染症研究所の岡田晴恵研究員は「新型は致死率がスペインかぜよりも高い10~20%となり、死者が200万人を超す恐れがある」と指摘する。

 ◇必需品備蓄を

 新型が国内で発生した場合、どう対応したらいいのか。厚労省は「手洗いを励行し、不要不急の外出や集会を避けるなど、通常のインフルエンザと同じ予防策が重要だ」と呼びかける。

 家庭でできることは、2週間程度は生活できる食べ物、水、医薬品の備蓄。海外で大流行した場合も、輸入減少で生活必需品が不足する恐れがある。厚労省は「外出しないですむよう食料や日用品は準備しておく方がよい」と説明する。

 ◇瞬時に大流行

 人類は20世紀、インフルエンザの「世界的大流行」を3回経験した。スペインかぜ(1918年)、アジアかぜ(57年)、香港かぜ(68年)だ。WHOは現状を「68年以降のどの時点よりも世界は大流行に近づいている」と位置付けている。

 WHOの「世界インフルエンザ事前対策計画」による警報フェーズ(段階)で現在は人から人への感染が「ないか、極めて限定的」という第3段階だ。しかし、現代は国境を越えた人やモノの動きが活発なグローバル化時代。新型が発生すれば数日で世界中にウイルスが広まると予測される。人から人への感染が「増加している」第4段階に突入したら「アッという間」に世界的大流行の第6段階まで進みかねない。

 WHOのハートル報道官は「ウイルスは常に変異を続けており、人から人への感染力をいつ持つようになるか予測するのは不可能だ」と話す。

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 ■厚労省のガイドラインが定めるワクチン接種の優先順位

(1)重症化や死亡を可能な限り抑えることに重点を置く場合

 a 成人や若年層に重症者が多い場合

  医学的ハイリスク者→成人→小児→高齢者

 b 高齢者に重症者が多い場合

  医学的ハイリスク者→高齢者→小児→成人

(2)日本の将来を守ることに重点を置く場合

 a 成人や若年者に重症者が多い場合

  小児→医学的ハイリスク者→成人→高齢者

 b 高齢者に重症者が多い場合

  小児→医学的ハイリスク者→高齢者→成人

 ※医学的ハイリスク者=呼吸器や心臓血管系の疾患を持つ患者

毎日新聞 2008年2月15日 東京朝刊

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