中国製冷凍ギョーザによる中毒事件で、またも農薬の持つ負の印象が注目されてしまった。「農薬」が「中毒」と対であるかのように強調されて報道された。農業や農産物にとって、歓迎すべきことではないだろう。農家が農薬の安全使用を心掛けるのは当然だが、関係業界は農薬に対するイメージの改善に努めてもらいたい。
事件に関与したメタミドホスは、日本国内では流通していない殺虫成分であり、もし国内で使われていたとすれば、それは「無登録農薬」だ。中国でも最近になって使用が禁止されているから、通常の農薬として利用されていたとは考えにくい。いわば“正しい農薬”ではない。
調査が進むとともに、今回のメタミドホスの混入経路が分かってきた。「故意」の混入も指摘されている。しかし当初はギョーザに使われた野菜に農薬が残留していたのではないかと疑われた。テレビや新聞で、そんな話題が流された。考えられないことだ。
毒性の強さを表す指標として「半数致死量(LD50)」という数値が使われる。体重1キロ当たり、これだけ摂取すると、半数が死亡するという量を表す。飲み物や食べ物と一緒に口から摂取した場合のメタミドホスのLD50は、30ミリグラムほどだ。かなり強いが、日本国内でも同程度の強さの成分を含む農薬はある。しかし残留農薬が付いた野菜を食べ中毒が起きた例は、日本国内では聞いたことがない。
今回は5歳児に重篤な中毒症状を引き起こしている。5歳児の平均体重は20キロほど。LD50に近い量を摂取したとすれば、0.6グラムの成分量が必要になる。かなり少ない量と思われるかもしれないが、そうではない。
市販の農薬は、有効成分だけでできているわけではない。そんな純度の高いものは扱いにくくて商品にならない。剤形にもよるが、たとえば乳剤の場合、「有機リン系なら有効成分は多くても50%くらい」と日本植物防疫協会。しかも使用する場合はこの乳剤を1000〜2000倍に薄めて使う。
0.6グラムのメタミドホスは1.2グラムの乳剤になり、これは散布する時には1.2キロ、すなわち1.2リットルの薬液になっている。1人前のギョーザに使われている野菜はキャベツ、ニラ、ニンニクなど80グラムほどだ。ここに1.2リットルもの薬剤をどのようにして染み込ませるのか。
今回の場合、残留農薬が原因になることなど、あり得なかったのではないか。にもかかわらずその可能性が報道された。それによって“正しい農薬”にも嫌悪感がつきまとうことが怖い。事態が明るみになるにつれ、残留農薬への嫌疑は晴れてはきた。しかし悪くなった農薬のイメージを払拭(ふっしょく)する努力が、関係者には必要だろう。これもひとつの風評被害といえる。