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2008年02月10日

大相撲の経済学

■ 書籍情報

大相撲の経済学   【大相撲の経済学】(#1116)

  中島 隆信
  価格: ¥1680 (税込)
  東洋経済新報社(2003/09)

 本書は、「変な人たち」、「珍しい社会」というように「普通の人の目からは特殊に見える相撲の世界」を、経済学的に考えることによって、「その背後に潜んでいる合理性や一般社会にも通じる共通性を見出すこと」を目的としたものです。
 第1章「力士は会社人間」では、「力士が一匹狼というのは誤りであって、日本相撲協会という組織の一員であることを説明する」としています。
 そして、力士たちが、番付や取組の編成、勝敗の判定など「制度上の曖昧さに対してあからさまに不満を口にしたり、改革を要求したりしない」ことについて、「力士が組織の一員、すなわち会社人間であることを認めれば、角界に存在する数々の競争制限的制度の意義が理解できるだろう」と述べています。
 第2章「力士は能力給か」では、「実力社会」が成立するためには、
(1)実力が客観的かつ正確に評価できなければならない。
(2)実力を評価することがその社会全体の利益につながらなければならない。
の2つの条件を満たす必要があるとして、「大相撲というスポーツ界において、報奨制度が『実力社会』的システムになっているかについて検討する」としています。
 そして、「大相撲では番付に応じた給与とは別に『力士褒賞金』という給与がある」として、別名「持ち給金」とも呼ばれるこの給与の最大の特徴として、「成績が良ければ増えるが悪くても減らない」点を挙げ、「角界ではただ単に高い地位にいるだけでは高収入は得られない。しかし、逆にいうなら、現在の地位が低くても、過去の実績があり、十両以上の番付を維持できる実力があれば、若い横綱と大差ない給与がもらえる世界ということもできる」と述べています。
 また、番付について、「能力指標として万全ではない」ため、日本相撲協会は、「粗い階級区分でかつ緩い傾斜の給与体系にしている」と解説しています。
 さらに、褒賞金制度が、「番付の変動によるリスクを軽減し、力士たちに安定した収入を保証するとともに、長く現役を続けることが有利になるような仕組みなのである。他方、若くて能力のある力士に対しては、現状に甘んずることなく、現在及び将来の収入を増やすべくさらに優勝を目指して努力をさせる効果も持っている」と解説しています。
 第3章「年寄株は年金証書」では、「『年寄株』に代表される大相撲の『年寄制度』、いいかえれば現役引退後の力士が相撲協会に親方として残るという大相撲独特のしくみについて考える」としています。
 そして、年寄りとして出世するための要素として、
(1)年寄として勤続年数が長いこと
(2)現役時代の実績が優れていること
(3)相撲部屋を持っていること
(4)横綱・大関を育てた経験があること
の4点を挙げています。
 また、「年寄名跡は一種の年金証書のようなものといえるのではないだろうか」として、現役力士が受け取る所得の低さを挙げ、「その低さは、彼らが65歳の定年までの生活を保障されていると考えれば納得できる」として、「幕内力士は現役のときに稼ぎ出した所得の一部を協会に年金として納め、引退し年寄として協会に残った後で受け取っているのである」と解説しています。
 著者は、「大相撲は現役力士と年寄という『社員』を有する『会社』とみなせるだろう」と述べ、「それは、相撲という特殊技能に秀でれば一生の面倒を見てくれる会社なのだ」と解説しています。
 第4章「力士をやめたら何になる?」では、「企業が設備投資を行い、資本蓄積を通して成長していくように、力士も長い年月をかけて相撲に適した」からだを作り出世していく」としながらも、「力士の資本は相当特殊なもの」であることを指摘しています。
 そして、現役力士が積み上げる人的資本として、
(1)相撲に関する知識やノウハウ
(2)鳥的として相撲部屋で過ごす間に培った「ちゃんこ料理」の腕前
の2点を挙げ、幕内力士の半数以上が引退後も角界で仕事をしていること、2番目に多いのが料理店であることを、「この2つは力士の持つ人的資本の特殊性と深く関係がある。特殊な資本はそれが通用するところでしか使えない」と解説しています。
 第5章「相撲部屋の経済学」では、「相撲協会は持株会社で相撲部屋はそこにぶら下がっている子会社のようにも見える」として、「協会は各相撲部屋に出資し、相撲部屋はその資本金を元に力士育成事業を行い、その成果として関取という配当を協会に渡すといった感じ」に例えています。
 そして、相撲部屋の最適規模に関して、相撲部屋の主な目的として、
(1)なるべく多くの弟子を育成すること
(2)三役以上の力士を育てること
の2点を挙げ、この2つの目的を達成するために、「弟子の量を増やすことと質を高めること」の両立をすることは難しいことを指摘しています。
 また、現在のシステムの問題点として、「あまりに多くのコストを部屋に負担させていること」を指摘しています。
 第6章「いわゆる『八百長』について」では、「角界で八百長の起こるメカニズムを明らかにし、それに対する相撲協会の対処法と効果について述べる」としています。
 そして、星交換による八百長が成立するための条件として、
(1)力士の力が接近していること
(2)現在の一番の重要度に大きな佐賀あること
の2点を挙げています。
 また相撲協会の対策として、「ごまかしが損になるように設定される条件」である「インセンティブ・コンパチビリティの条件」を整える線に沿った解決策を試行しているとして、
・千秋楽に7勝7敗同士の力士による取組を多く編成する。
・幕内力士と十両力士、十両力と幕下力士の対戦を多く組んでいる。
等の対策を紹介し、さらに「同年齢で同程度の実力を持つ力士同士を同じ境遇で対戦させれば、現在だけでなく将来の取組に関する重要度まで両者でほぼ同じになるため、星の交換による利益の発生する余地はほとんどなくなってしまう」と解説しています。
 著者は、日本相撲協会という会社的要素を持つ組織において、「力士たちがガチンコ相撲をしていないと非難するのは、組織を守ろうとする会社で社員たちが互いに真剣に競争していないことを非難するのと同じではないだろうか」と指摘した上で、「角界の八百長を絶滅することが本当に社会にとってプラスになるのかどうか」を問いたいと述べ、「組織内での競争の程度はその組織のパフォーマンスのよしあしによって判断されるべきだと考える」と述べています。
 第7章「一代年寄は損か得か」では、「力士としての最高の名誉である一代年寄のシステム」について、「最高の名誉とはいってもすべてがバラ色ではないところにこの制度の面白さがある」としています。
 そして、輝かしい実績を持つ千代の富士が平成3年に引退したときに、一代年寄の特典を辞退した理由として、「相撲部屋の継続性」との関わりを挙げ、「一代年寄の場合は後継者選びが難しくなる」理由として、
(1)一代年寄は譲ることができない
(2)弟子の数の減少
の2点を挙げています。
 第8章「外国人力士の問題」では、外国人力士の出世確率がきわめて高いことについて、「選ばれたデータに基づいて議論し、結論を導くことの危険性」である「サンプル・セレクション・バイアス」として、
(1)入門時点で彼らは日本人の新弟子たちよりも高い能力を有していると見るべきである。
(2)モンゴルから日本の角界に入門する若者はすでにモンゴル相撲でかなりの実績を挙げているか、あるいは相撲留学という形で来日し、トレーニングを積んでいる者が多い。
の2つの意味でのバイアスの発生を指摘しています。
 また、外国人力士の流入を制限すべきかという議論に関して、「流入を制限しなくてもこれ以上問題は深刻にならない」理由として、
(1)力士は高給取りではない
(2)特殊資産形成が入門を抑制
(3)年寄株取得の制約
の3点を挙げています。
 第9章「横綱審議委員会の謎」では、「横綱」とは、「大関のうちで優れた力士に与えられる免許であって地位ではなかった」と述べています。
 また、横綱に「負け越したり休場したりしても地位を維持できる」という特権を与える理由として、「大相撲にとって横綱は欠くことができない看板」であることを挙げ、横綱という「公共財」に関して、「最適な供給量を決定するインセンティブを持ち合わせていない」当事者である協会や横綱本人に代わり、「公共財の最適供給量を決定すること」が横綱審議委員会の役割であると述べています。
 第11章「角界の構造改革」では、「競技とは直接関係のないものが相撲全体の雰囲気を形作っている」ことは、「他のスポーツがまねをしようとしてもできない大相撲だけの差別化された要素である」と述べ、「こうした独特の世界を維持するためには、競争を避けるしかない」としながらも、相撲文化の継承を使命とする姿勢を貫くことが大相撲の生き残る道だと主張しています。
 本書は、相撲の雑学本だと思っていると結構本格的な経済学と向き合わなければならなくなる一冊です。でも数式は使いません。


■ 個人的な視点から

 学生時代、たいていクラスに一人は相撲好きなヤツがいて、細かい相撲トリビアを披露していたのではないでしょうか。昔は、スポーツニュースの締めは相撲の取組だったりして、名前は聞いたことがあっても高見山以外はどれも同じように見えてしまって話についていけなかったことを思い出します。


■ どんな人にオススメ?

・相撲はヌルいスポーツだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナー (著), 望月衛 (翻訳)  『ヤバい経済学』
 中島 隆信 『障害者の経済学』 2007年04月29日
 中島 隆信 『お寺の経済学』 2006年03月21日
 中島 隆信 『オバサンの経済学』 2008年01月23日
 中島 隆信 『これも経済学だ!』 2007年07月17日
 中島 隆信 『子どもをナメるな―賢い消費者をつくる教育』 2008年01月29日


■ 百夜百音

ズッコケ男道【ズッコケ男道】 関ジャニ∞(エイト) オリジナル盤発売: 2007

 子供の担任の先生がジャニーズ好きなので、幼稚園で覚えてきてしまいました。それにしても、ウルフルズのカバーではないようです。こういう曲は昔からありますし。

投稿者 tozaki : 2008年02月10日 06:00

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