特集 動き出す「ロースクール」
早稲田大学法学部教授 須網 隆夫
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キーワード解説
ロースクールにおける新しい教育方法
〜専門職養成のための教育方法とは?
始めに
 2004年4月にスタートする法科大学院は、法曹養成制度の中核となる新しい専門職大学院である。
 法科大学院の新しさは、その課程修了によって新司法試験の受験資格が与えられることが示すように、大学での法学教育と法曹資格の取得が直接結び付けられたことにあるだけではない。
 法科大学院では、実務法律家(法曹)の養成という明確な目的を実現するために、これまでの法学部・法学系大学院とは異なる新しい教育方法の採用が予定されている。そして、そのような新しい教育方法の実施は、従来の法学部教育とは異なる少人数教育によって可能となったのである。
法学部の教育方法
 現在の法学部における教育方法は、大別して2種類ある。第一は、大教室における講義に象徴される、教員による一方的な「講義」である。他学部におけるそれと同様に、教員は、法律の体系を学説上の対立がある個々の論点に触れながら説明し、学生は、教員の説明をノートにとる。この方式は、限られた時間内に多くの知識を学生に伝達するには有用であるが、思考力の訓練には必ずしも効率的ではない。
 第二は、比較的少人数の学生を対象に行われる「演習(ゼミ)」である。演習の教育方法は、担当教員によって様々であるが、一つのパターンは、特定の課題について担当する学生が準備の上発表し、その発表を基に他の学生が質問し、また教員がコメントして、全体で議論するという方法である。発表担当の学生は多くの文献を読み、当該論点について深く考え、そのプロセスで法的思考力を養うが、他方発表者以外の学生が準備せずに演習に臨むことも稀ではない。
法科大学院の教育方法―法曹に必要な能力の養成―
 これに対して、法曹養成を目的とする法科大学院における教育方法は、法曹に必要な能力を育てることを目的意識的に追求する結果、これまでの法学部教育とは異なったものとならざるを得ない。法曹が必要とする能力は多面的かつ創造的である。法曹が十分な法律知識を備えていることは当然であるが、他方、法律を知識として知っていれば、法曹になれるわけではない。世間では、法律家といえば、六法を暗記している人というイメージがあるかもしれないが、それはまったくの誤りである。例えば、民事事件での弁護士の活動をイメージすれば、まず弁護士は、依頼者から生の事実を聞き出し、必要な事実調査を行って事実を確定する。さらにその事実に内在する法的問題の所在を突きとめ、これまでの判例・学説を基礎に、法的問題を解決するための方針を考え出す。そして、その方針にしたがって相手方と交渉し説得し、必要があれば、訴訟を含む紛争解決手続を利用することになる。
 このような一連の職務を行うために必要であるのは、体系的な法律知識は当然のことながら、依頼者との面接に必要なカウンセリング能力、法律及び事実についての調査・分析能力、法的問題の解決策を構想する論理的な法的思考力、相手方の説得に必要なコミュニケーション能力であり、さらにプロフェッションである法律家の使命と責任を自覚する必要がある。
 法科大学院は、法曹養成の中核機関として、これらの能力の養成を目的とするものであり、その結果、その教育については、以下のようなコンセプトの転換とそれに伴う新しい教育方法が採用されることになる。通常の法律科目とそれ以外の科目に分けて説明しよう。
双方向性のある講義
 

法律科目の講義の目的は、「法律知識の伝達」から「法的思考能力の養成」にその重点を転換する。この転換に伴い、授業は「双方向性」をキーワードとする、教員・学生間の質疑・討論を中心とする方法によって行われる。

■ ソクラテス・メソッド
 法科大学院教育は、少人数教育が基本であり、一クラスの学生数は50人程度となる。そして教員は、これまでの学部の講義のように一方的に説明せず、教員の質問と学生の回答の反復によって講義を進める双方向的な講義方法が利用される。このような方法は、一般に「ソクラテス・メソッド」と呼ばれている(注1)。「ソクラテス・メソッド」は、アメリカのロースクールにおいて開発された教育手法である。
 この方法による場合は、学生は毎回の講義に、教員の指示に従った綿密な予習をして臨む。すなわち、判例・論文・参考資料などを編集した教科書(「ケースブック」と呼ばれる)の指定部分(一回の授業あたり数十頁)を予習し、メモを作って授業での議論に備える。
 そして授業では、教員は学生を指名し、例えば、判例については事実関係のどこにどのような争点があるか、裁判所の理由付けをどのように評価すべきかを尋ね、さらに事実関係を変えた仮定的質問にも答えさせる。
 教員は、最初に指名した学生の回答に満足しないと、次の学生に質問を振り向け、かくして延々と質疑が続いていくのである(注2)。
 誰が指名されるかは分からないために、学生は恥をかきたくない限り、真剣に予習せざるを得ず、このような講義への出席により、法的に重要な事実を見分ける能力、結論を正当化し、あるいはそれに反論する論理を組み立てる能力、新しい状況に理論を適用する能力を養っていく。

■ ケース・メソッドとプロブレム・メソッド
 「ソクラテス・メソッド」は、判例を題材に行われる時は、「ケース・メソッド」とも呼ばれる。
 現実の判例ではなく、弁護士が実務で直面するような状況を示した、仮設的な問題事例を使用する方法は「プロブレム・メソッド」と呼ばれ、学生は、問題事例における依頼者の抱える問題の解決を、参照判例・制定法などを考慮しながら考えて講義に臨む(注3)。
 「プロブレム・メソッド」も、教員と学生の対話によって授業が進められる点に変わりない。これらの方法では、法曹に必要な体系的知識の学習の相当部分は、教室外における学生の自主的努力に委ねられる。知識の伝授を重視しないことは奇異に感じられるかもしれないが、法科大学院は大学院レベルの教育機関であり、現在の法学系大学院も、特に知識伝達のための講義は行っていないことを考えれば不思議ではない。学生は、知識については自分で教科書を読むことによって、十分修得できるのである。

臨床法学教育の開発
 法曹にとって必要な多面的能力を養成するためには、法律科目の講義以外の教育が行われる。その中心が、「臨床法学教育(リーガル・クリニック)」である。臨床教育も、70年代以降、アメリカのロースクールにおいて発展した教育方法であり、大学附属病院において医学生に提供される臨床教育の法律家版であると考えればイメージしやすいだろう。臨床教育が欠けた医学部教育は、想像できない。患者を診たことのない医師に自分の命を任せたいと思う患者は、まずいないからである。
 しかし、医師と並ぶ専門職と認識されている法曹の場合には、これまで大学は、臨床教育にまったくノータッチであった。その反省から、法科大学院には臨床教育の導入が予定されている。臨床教育には、大別して三つの種類がある(注4)。

■ クリニック
 第一は、狭義の「クリニック」である。これは、法科大学院附属の法律事務所において、弁護士教員の綿密な監督下に、学生が現実の依頼者のための事件処理に関与する方法である。生きた事件を扱うことは、学生に生きた法を学ばせる機会となるとともに、問題を抱えた現実の依頼者との接触は、法律家の社会的責任を実感する貴重な機会を学生に提供することになろう。
 また附属法律事務所が、無料ないし低廉な費用によって法的サービスを提供することは、これまで費用の問題で弁護士にアクセスすることができなかった人々に法的サービスを行き渡らせる意義を有する。

■ シミュレーション
 第二は、現実の素材を利用して行われる「シミュレーション」である。分野によっては、現実の依頼者のために事件処理を行うことが不可能ないし適当ではない場合が存在する。そのような場合には、実際に起きた事件を素材にした上で、当事者役の俳優から事情聴取したり、模擬裁判を行い、その中で証人を尋問したり、模擬的な交渉を相手方と行う教育方法が考えられる。訴訟実務を学ぶための実務系講義科目でも、実際の事件記録を加工した教材の使用・模擬裁判など、シミュレーション的手法の利用が予定されている(注5)。

■ エクスターンシップ
 第三は、外部の受け入れ先に学生を一定期間派遣し、受け入れ先で実務に関与させる「エクスターンシップ」である。
 受け入れ先は、法律事務所・企業法務部はもちろん、官公庁、地方自治体、労働組合、その他のNPOなど、法律家を必要とする各種組織団体に及ぶ。派遣期間が短い場合には、単なる見学に終ってしまう危険もあるが、附属法律事務所の収容人数には限界があるのが通例であり、その必要性は否定できない。学生への教育を受け入れ先に任せきりにするのではなく、法科大学院側に、受入先の指導担当者と連携し、学生の状況を的確に把握し、学生を指導・監督するという積極的な姿勢が必要であろう(注6)。
 これらの臨床教育は、それ以外の講義科目と関連付けられていることにも注意が必要である。具体的には、カリキュラム中には、実務系の科目が置かれており、学生に臨床教育への参加を準備させる役割を果たすことになる。
 例えば、依頼者との面接・相談、また相手方との交渉の技法は、法曹に不可欠な能力であるが、今までの教育システムでは正面から取り上げられたことはなかった。これらの各種技能は、「ロイヤーリング(法曹技能)」と呼ばれる科目の対象となる。例えば、「弁護士面談・交渉の技法」という科目において、依頼者との面接・相手方との交渉を学生間でロールプレイによって行うことは、クリニックにおいて現実の依頼者と面接する準備ともなろう。
最後に
 専門職養成のための教育は、その専門職に就くために必要な能力の検討を前提に進められざるを得ない。法科大学院における新しい教育方法も、そのような発想に基づいて構想されている。ただし、専門職の養成を目的とすることは、専門職の実務を教えることではないことを確認しておく必要がある。
 法科大学院の場合にも、もし実務をそのまま教えることが目的であるのであれば、現在の司法研修所における教育でかなりの部分は十分であるかもしれない。実務の現状に対する批判的観点の獲得にこそ、大学における法曹養成教育の意義があるのである。
 もっとも、大学が法曹養成を正面から目的とするこれからの時代は、研究機関であるとともに教育機関である大学の教育力の質がより厳格に問われることにならざるを得ない。卒業生に対する評価は、法科大学院の教育に対する評価に直結するからである。その意味では、大学はまた新たな課題を背負わされたことになるのだろう。
注1
須網隆夫『グローバル社会の法律化論』(現代人文社・2002年)166頁。

注2
丸田隆「アメリカのロースクール教育」月刊司法改革4号(2000年)57頁。

注3
マイロン・モスコヴィッツ(宮澤節生監訳・畑浩人翻訳)「法学教育における「プロブレム・メソッド」」月刊司法改革17号(2001年)46頁以下。

注4
宮川成雄「実務教育の意義と内容―実務基礎科目と臨床法学教育の可能性」法律時報75巻3号(2003年)49・50頁。

注5
法科大学院協会設立準備会、カリキュラム・教育方法検討委員会「法科大学院における実務基礎科目の教育内容・方法等について(中間報告案)」(2003年2月1日)。

注6
千葉恵美子「エクスターンシップ―基本設計」NBL761号(2003年)8頁以下

執筆者略歴
1979年
東京大学法学部卒業
1981年
弁護士登録(第二東京弁護士会)
1988年
コーネル大学ロースクール修士課程
修了(LL.M.)
1988年〜94年
ベルギー・ブリュッセルで弁護士活動
1993年
カトリック・ルーヴァン大学法学部
大学院修士課程修了(LL.M.)
1994年
横浜国立大学大学院助教授
1996年
早稲田大学法学部教授
(現在に至る)
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