« [書評]人間関係にあらわれる未知なるもの(アーノルド・ミンデル) | トップページ | チャド情勢、本質はダルフール危機 »

2008.02.07

ニューヨーク・タイムズが報道した中国薬剤問題について

 1月31日付ニューヨーク・タイムズの一面報道ということと昨今の日本の騒動もあって、日本でも多少孫引きでニュースにはなったようだが、少しニュアンスが違う部分があり、以前、「極東ブログ: 中絶船、ポルトガルへ」(参照)や「極東ブログ: お菓子のような避妊薬」(参照)で触れた問題とも関係があり、最近この方面に言及していなかったので、国内報道の仕組みもかねて簡単にまとめておきたい。またそういう次第(事実性のみ、孫引き情報、記事が短い、報道検証)なのであえてニュースは全文引用とする。
 まず同日の共同”中国製の薬品にも懸念 米紙報道”(参照)は次のように報道していた。


 31日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、中国・上海の国営薬品会社のがん治療薬が原因で中国国内で薬害被害が深刻になっていることを伝え、同じ会社から米国が経口中絶薬を輸入しているとして懸念を指摘した。
 同紙によると、米食品医薬品局(FDA)と中国の衛生行政当局は、中国での薬害と輸入経口中絶薬とは無関係としているが、米国の消費者保護団体の専門家は「同じ企業の工場はすべて検査されるべきだ」としており、米国で中国製品に対する不信が再燃しそうだ。
 同紙によると、薬害は白血病患者に投与された抗がん剤が原因。2種類の薬を飲んだ患者計200人近くが相次いで下半身のまひなどを訴え、両方の薬に製造過程で別のがん治療薬が混入した結果の副作用と判明した。
 米国が輸入している中絶薬は別の工場で生産されたというが、同紙は中国製薬品で死者が出た例があることや米薬品会社の中国製の薬品成分に対する不信感を紹介している。(共同)

 次に翌日1日付のTBSでは次のように”米紙、中国製経口中絶薬の輸入に懸念”(参照・リンク切れ)と報道していた。

 アメリカのニューヨークタイムズ紙は、中国で去年発覚した抗がん剤による薬害被害を伝え、同じ会社の経口中絶薬がアメリカに輸入されていることに懸念を示しました。
 上海で発覚した被害は、国営薬品会社の抗がん剤を投与された白血病の患者およそ200人が、下半身のまひなどの副作用を訴えたものです。上海の公安当局が捜査を始め、この薬品会社は、去年12月に、衛生部から薬の製造許可を取り消されています。
 ニューヨークタイムズ紙は、この事件を1面で報じ、同じ会社で生産された経口中絶薬がアメリカに輸入されていると指摘しました。
 FDA=アメリカ食品医薬品局は、輸入中絶薬と薬害の関連性を否定していますが、専門家は、「同じ会社の製品は、全て検査すべきだ」として、中国産の薬品への懸念を示しました。(01日09:15)

 時系列的には共同が先になっているが、報道された内容と構成からみると共同は共同なりに、TBSはTBSとして独自に孫引きニュースを作ったようだ。文体は共同のほうがしっかりしているようだが、報道としてみるとTBSのほうがわずかに優れている。共同の「薬害被害が深刻」や「米国で中国製品に対する不信が再燃しそうだ」はやや主観に傾きすぎる。また両方とも「副作用」としているが意図された作用があれば副作用とみてよいが今回の事例では異なる。ただし、こうした報道に問題があるというわけでもないし、報道批判をブログで展開したいということではまったくない。
 ニューヨーク・タイムズのオリジナル報道はWebからでも閲覧ができる。”Tainted Drugs Tied to Maker of Abortion Pill”(参照)である。

BEIJING - A huge state-owned Chinese pharmaceutical company that exports to dozens of countries, including the United States, is at the center of a nationwide drug scandal after nearly 200 Chinese cancer patients were paralyzed or otherwise harmed last summer by contaminated leukemia drugs.

 書き出しは共同やTBS報道とほとんど同じ。またこれに続く段落も同じ。国内の孫引き報道と異なってくるのは三段落目である。

The drug maker, Shanghai Hualian, is the sole supplier to the United States of the abortion pill, mifepristone, known as RU-486. It is made at a factory different from the one that produced the tainted cancer drugs, about an hour’s drive away.

 つまり、その経口中絶薬とはRU-486、つまりミフェプリストン(mifepristone)である。英語版のウィキペディアには詳細な情報がある(参照)が、日本版には存在していない。

Mifepristone is a synthetic steroid compound used as a pharmaceutical. It is used as an abortifacient in the first two months of pregnancy, and in smaller doses as an emergency contraceptive. It can also be used as a treatment for obstetric bleeding.[1] During early trials, it was known as RU-486, its designation at the Roussel Uclaf company, which designed the drug. The drug was initially made available in France, and other countries then followed - often amid controversy. In France and countries other than the United States it is marketed and distributed by Exelgyn Laboratories under the tradename Mifegyne. In the United States it is sold by Danco Laboratories under the tradename Mifeprex. (The drug is still commonly referred to as "RU-486".)

 合成ステロイドであること、RU-486と呼ばれる背景、また米国ないでMifeprex商標のもとにDanco Laboratoriesが製造しているという基本情報がウィキペディアの同項の冒頭に書かれている。
 邦文で読める情報をサーチすると04年の情報だが”経口妊娠中絶薬ミフェプリストンに新たな警告--健康情報”(参照)が詳しい。以下の点は重要なので引用しておきたい。

日本ではミフェプリストンは認可されていませんが、インターネットを中心に代行輸入販売がされていました。個人輸入されているミフェプリストン(mifepristone)には、RU-486(開発時のコード名)、ミフェプレックス(MifeprexTM)(米国)、ミフェジン(Mifegyne)(EU)、息隠(米非司酉同片)(中国)など、いくつかのブランドがあります。厚生労働省は、違法な輸入や入手が多いため、このほどミフェプリストンの危険性を警告し、違法な介在をする、インターネット販売業者の摘発を要請しました。

 数年前の厚労省の懸念だが現状も変わっていないだろうが、この件について最近の国内報道はあまり見かけないように思う。また、ミフェプリストンに中国語の薬剤名がある意味についてはこのエントリでは立ち入らない。
 ニューヨークタイムズの報道に戻るが、この問題はきわめてRU-486に深く関わっている側面があり、結論的な言い方になるが、その部分が日本国内報道には、しかたがないのかもしれないとはいえ、その背景からみた話のスジには関心が向けられていない。
 この部分の記述で私が気になったのは、"the sole supplier"という点だ。もちろん、米国内のRU-486がすべてこの中国の製薬会社からということではなく、中国から輸入しているRU-486についてはこの上海の製薬会社ということだが、それでもウィキペディアに情報があるように、米国内にRU-486の製薬会社がありながら、なぜ米国が中国から輸入しているのだろうかという点だ。普通に考えられるのは、薬価だろう。中国製品が安いということだ。だが、私は違うのではないかと思った。それは記事中央ほどにある次の言及に呼応する。

Because of opposition from the anti-abortion movement, the F.D.A. has never publicly identified the maker of the abortion pill for the American market. The pill was first manufactured in France, and since its approval by the F.D.A. in 2000 it has been distributed in the United States by Danco Laboratories. Danco, which does not list a street address on its Web site, did not return two telephone calls seeking comment.

 RU-486に対する過激な反対運動のため、米国製造社Danco Laboratoriesの所在情報は公開されていない。というか、食品医薬品局(FDA)は保護のためにその情報を意図的に隠蔽している。
 今回の中国制約会社についても同様の配慮がある。

The United States Food and Drug Administration declined to answer questions about Shanghai Hualian, because of security concerns stemming from the sometimes violent opposition to abortion.

 ここで私のまた推測なのだが、なぜRU-486の製薬会社が保護されるのかなのだが、当然他の薬品どおり保護されるべきだというのがあるとして、どうも中絶の比較的容易な選択の権利を守ることの副次的なあるいは従属的な保護のようでもある。さらに推測を延長するのだが、中国製薬会社からの輸入は薬価よりもRU-486のある種イデオロギー的なサポートの一環なのかもしれない。そして、今回のニューヨークタイムズの報道にもその背景のニュアンスが感じられる。
 話を今回の事件に絞ると、国内孫引き報道にもあるように中国制薬剤への不信というのはある。たとえばファイザーは品質の問題から中国から薬剤の素材は輸入していないとのことだ。

One major pharmaceutical company, Pfizer, declined to buy drug ingredients from Shanghai Pharmaceutical Group because of quality-related issues, said Christopher Loder, a Pfizer spokesman. In 2006, Pfizer agreed to evaluate Shanghai Pharmaceutical Group’s “capabilities” as an ingredient supplier, but so far the company “has not met the standards required by Pfizer,” Mr. Loder said in a statement.

 日本の製薬やサプリメントといった分野でどうなっているかは私はわからない。
 もう一点、これはニューヨークタイムズの報道で啓発されたのだが、今回の問題は中国の病院の問題でもあるというのだ。

“Many people thought there was a problem with the hospitals,” said Zheng Qiang, director of the Center for Pharmaceutical Information and Engineering Research at Peking University. “It wasn’t until later that they discovered the problem was with the medicine.”


Family members at the No. 307 hospital have counted 53 victims in Beijing, and say they were told that there were least 193 victims nationwide. It is unclear how many were paralyzed, because the authorities have not released an official figure. Relatives have joined to share information and advocate for the victims. Based on interviews with several families in Beijing and Shanghai, it appears that about half of those injected still cannot walk.

 被害者当然病院に収容されているのだが、その病院から情報があがってこない現状がある。
 広義に言えば、情報の問題がある。特に、中国では国家や分散された権力主体による隠蔽が問題になる。
 余談だが、情報という点では日本では、今回の中国製毒入り餃子では解毒や診断の点で、東京(地下鉄)サリン事件の教訓が生かされていたかは報道からはよくわからない。毒入り餃子はテロだという声も聞くがそうであればテロの教訓が生かされていたのかの反省が先行すべきだろう。

|

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/657/40032348

この記事へのトラックバック一覧です: ニューヨーク・タイムズが報道した中国薬剤問題について:

コメント

餃子中毒よりも大きな社会問題となる、家畜飼料カビ毒汚染問題を▼http://newscafe.ne.jp/q?i=mypage/yonda&ncid=ygqz725mtt&resn= ---(C)NewsCafe[無料]に書き貯めて有ります。この問題は昨年三月と五月に参院農水委員会で、共産党の紙智子議員が質問しましたが当時の農水大臣は否定し、七月の質問主意書へは安部総理名で問題無いと回答してます。しかし農場での現場試験では立証され、汚染が事実で有ると認めた輸入飼料商社や元飼料商社獣医師等の証言も有ります。政官財が癒着して隠す危険な消費者問題の為にメールしました。失礼します。

投稿 マイコトキシン | 2008.02.12 13:00

厚生労働省のリンク先。
平成16年10月25日 厚生労働省医薬食品局
個人輸入される経口妊娠中絶薬(いわゆる経口中絶薬)について
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/10/h1025-5.html

医薬品等を海外から購入しようとされる方へ
http://www-bm.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/kojinyunyu/index.html
ミフェプレックス(MIFEPFEX)(わが国で未承認の経口妊娠中絶薬)に関する注意喚起について
http://www-bm.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/kojinyunyu/050609-1c.html

投稿 hoge | 2008.02.14 10:03

東南アジアに偽マラリア薬がまん延、「ジュピター作戦」で判明 国際ニュース : AFPBB News
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2350286/2636628

投稿 ゴンベイ | 2008.02.14 12:58

コメントを書く