現在位置:asahi.com>社説

社説天声人語

社説

2008年02月14日(木曜日)付

アサヒ・コム プレミアムなら社説が最大3か月分
アサヒ・コム プレミアムなら朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しく)

米大統領選―政治への熱気がまぶしい

 太平洋のこちら側まで、熱気が伝わってくるようだ。

 米大統領選の民主党の候補者選びは、オバマ上院議員が首都や隣接州の予備選を制した。獲得した代議員数でヒラリー・クリントン上院議員を逆転した。

 クリントン氏は今後、テキサス州など代議員数の多い拠点を確保していく戦略で、夏の全国党大会まで決着がもつれ込む可能性も出てきた。

 それにしても、オバマ氏の勢いには目を見張る。支持したのは、若者や黒人だけではない。白人票も互角に分け合い、これまでクリントン氏支持だった高齢者や女性でも支持が急増しているという。

 彼が掲げるのは「変化」と「夢」「希望」といった抽象的なシンボルだ。日本の政治家が言えばいかにも陳腐に響きかねないが、彼の言葉はなぜか米国の有権者の心を揺さぶり、魅了するようだ。

 「黒人のアメリカも、白人のアメリカも、ラテン系、アジア系のアメリカもない。ただアメリカ合衆国があるだけだ」。オバマ氏を一躍有名にした4年前の演説の一節だ。

 人種対立だけでなく、貧富や世代、価値観、党派などの分裂を乗り越え、社会の連帯を取り戻そう。そんなメッセージとして受け止められているのだろう。

 それだけ米国社会の抱えるさまざまな分裂、対立は深く、それを変えたいという思いが国民の間に充満しているということに違いない。

 初の女性大統領を目指すクリントン氏もまた、変化を望む人々の期待を背に受けている。討論会でオバマ氏と壇上に並んだクリントン氏は、黒人と女性が党の候補者指名を争うことの歴史的意義を語り、喝采を浴びた。

 共和党では、保守本流とは言えないマケイン氏が指名獲得をほぼ確実にした。これも「変化」を求める米国民の思いの表れだ。

 今回も記録的な人数が投票所に詰めかけた。政治資金集めでは、小口の献金者が急増している。4年に一度の大統領選挙に燃えるのは米国の常だが、今回は際立っている。

 行き詰まるイラク戦争や景気の落ち込みで、米国民の描く米国の将来像はかつてなく暗い。それを変えるためにこそ、新しい指導者を選ぶ。そこに見えるのは米国民の、政治に寄せる期待だ。政治で社会を変えることができるという楽観主義といえるかもしれない。

 だれが指導者になっても、政治が変わることはない。そうしたあきらめや冷笑主義は、どの国にも大なり小なりあるはずだ。日本も例外ではない。

 だが、この大統領選の熱気はどうだろう。異例の大接戦に専門家の予測も外れがちだ。従来の枠組みではとらえきれない、新たなうねりが米国社会で台頭しつつあるのかもしれない。

 草の根の活力がもたらす変化の中身に、目をこらしていきたい。

南大門炎上―韓国の悲しみを思う

 かつて、こんな社説があった。

 「祖先からうけついだよき遺産は、決して現代人の専有物ではない」

 「国民も国会も政府も、文化国家としての自己の姿を、もう一度直視する必要があろう」

 1950年7月3日、「国宝を焼く」と題した朝日新聞の社説である。

 前日、京都の金閣寺が若い学僧の放火で全焼した。そののち、この事件を素材に三島由紀夫や水上勉が小説を書くことになる。当時の日本人にとって、実に衝撃的な出来事だった。

 こんなことを思い出したのはほかでもない。韓国の国宝第1号で、ソウルの正門として日本人観光客にもなじみの深かった南大門が放火で全焼したからだ。

 金閣寺と南大門はともに14世紀末にできた木造建築だ。幾多の戦乱を乗り越えて生き延びてきた点も似ている。今回の炎上を目の当たりにしたソウル市民が「子孫に顔向けできない」と嘆く姿を見ると、とてもひとごととは思えない。

 南大門は日韓のさまざまな歴史を見つめてきた建物でもある。

 16世紀、豊臣秀吉軍が朝鮮を侵略し、首都の王宮が焼失した。その際、加藤清正らが南大門から攻め込み、東大門からは小西行長らが入った。

 1910年の韓国併合後、日本は王宮を覆い隠すように朝鮮総督府の大きな庁舎を建て、権勢をほしいままにした。

 それでも残った南大門である。修復を繰り返したとはいえ、この巨大な門を見上げると、苦い記憶も含めて、いや応なく過去の日韓のかかわりを思い起こさざるをえなかった。

 そうした建物の修復や防災対策に隣人として協力できることはないだろうか。

 韓国はただちに復元の準備に取りかかるだろう。日本にも木造建築の修復技術などがある。知恵を貸す余地があるかもしれない。

 南大門に限らず、韓国では最近、文化財の火災が相次いでいる。放火も少なくない。その反省も広がっている。

 今回、消防と文化財庁の連携の悪さ、消防士の文化財建築への理解の乏しさが被害を広げたようだ。李明博・次期大統領がソウル市長時代に門の周りを市民広場として整備したのに、防災・防犯の面は手薄だった。

 日本では、金閣寺が放火された前年に法隆寺の壁画が焼失したことをきっかけに文化財保護法ができ、自治体レベルでも様々な取り組みを重ねてきた。

 例えば、京都市消防局予防部には文化財係が置かれ、市民や社寺の連携で「文化財レスキュー体制」ができている。奈良では、県警の文化財保安官が各地の消防と協力して文化財の防犯や防災に目を光らせている。こうした試みは、韓国にも参考になるだろう。

 隣国の悲しみに思いを寄せ、歴史遺産の修復や保護に協力できれば、日韓の溝を埋めることにも役立つに違いない。

PR情報

このページのトップに戻る