ユーロ紙幣の表側に、立派な「門」が描かれている。ローマの遺跡か、中世のゴシック様式か。いかにも欧州風の佇(たたず)まいはどこかで見た気がするが、実際には存在しない架空の門である。特定の国の建造物を採用すると不公平だからだ。
▼この空想の門には、扉がない。開け放った空間が象徴するのは、異なる言葉や文化の国々が集まる欧州連合の精神だ。閉ざせば人々の往来を遮る結界の装置となる。開けば内と外が交わり、開放と協調を演出する舞台となる。世界各地にある門は歴史の中で、矛盾する陰陽の二つの役割を果たしてきたに違いない。
▼焼失したソウルの「崇礼門(南大門)」は人を吸い寄せる磁力を放っていた。すぐそばには1万もの店が並び、買い物客や観光客の賑(にぎ)わいが絶えない。石造りの土台をくぐり、地元の食料や雑貨を物色するのは楽しい。敵から都を守るために李氏王朝が築いた城門の意味は、6世紀を経て陰から陽に変わっていた。
▼放火犯の動機は「腹いせ」だという。その心の闇に、芥川龍之介の『羅生門』を思い出す。職を失った男が、生活の糧のため死人の髪を抜く老女に遭遇する。会話の中のある瞬間を境に、ごく普通の男が盗賊に転じる。韓国の惨事も小説も場面は楼閣の中だ。門の役目が変わった現代も、魔性は二階に潜んでいる。