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声優界に欠かせない名脇役として第一線で活躍を続ける緒方氏。 |
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「僕は大衆演劇や人情物が大好き。日本人に欠かしてはいけない部分だと思っている」と徹底した勧善懲悪の時代劇を題材にした舞台公演を続けている。 |
俳優から声優の道へ
1970年にTVアニメ『ゲッターロボ』のバッド将軍役で本格的にデビュー。以降、声優界に欠かせない名脇役として第一線で活躍を続ける緒方氏。芸歴36年目を迎えた今も、『名探偵コナン』(阿笠博士役)や『あたしンち』(父役)などの人気アニメや、『ざわざわ森のがんこちゃん』(お父さん/かっぱ役)といった教育番組で、存在感と親しみのある声をお茶の間に届けている。一方、NHKの小学生向け国語番組『ことばあ!』には、“おがちゃん”として自ら出演。その優しい笑顔とキャラクターが子供たちの間でも人気を博している。誰もが必ずその声を耳にしたことのあるベテラン声優の緒方氏だが、もとは役者を志望して芸能の世界に入ったという。
「初めは役者を目指して舞台に立っていました。そんなとき、ある舞台の演出担当者が、『声が独特でおもしろいから、声優をやってみないか』と勧めてくれたのが、声優の道に進むきっかけとなりました」
1942年、九州の福岡で生まれた緒方氏は、小さい頃から“ひょうきんな子”と言われて育ち、いつしか喜劇役者を目指すようになる。そして中学を卒業すると、その夢を実現させるべく上京する。
「中学を卒業したときは、実家がまだ旅館をやっていたんです。生まれ育ったのが炭鉱町だったのですが、もしあのとき景気がよければ、今の私はいないでしょうね。おそらく板前になっていたと思います。炭鉱が潰れ、町はさびれたけれど、私もそのままさびれるわけにはいきませんでしたから(笑)」
先に家を出ていた兄たちを追って東京へ。そして役者への第一歩を踏み出そうとするものの、そこには大きな壁が立ちはだかっていた。
「体は小さいし、田舎弁も丸出し。オーディションには落ちまくりましたね」
しかし、そのくらいではへこたれない。東京の定時制高校に2年遅れで入学した緒方氏は、在学中の4年間に“弱点”を自らの努力によって克服する。
「高校時代に東京出身の友達を作って、意識的にしょっちゅう話をするようにしました。そこでなまりを指摘してもらうようにしたんです」
こう聞くと、誰でも努力家で真面目な青年の姿を想像するだろう。しかし、それをあっさり否定するこんな意外なエピソードを披露してくれた。
「実は、高校も補欠で入ったんです。中学を卒業してから2年くらい、勉強なんて何もしていなかったんだから。それでいきなり高校受験でしょ。いくら定時制でも受かるわけがない。でも生徒数が少なかったらしくて、補欠で入れてもらえましてね。学校も補欠、演劇界も補欠。全部が補欠人生(笑)」
こう言って朗らかに笑う緒方氏。どんなときでも心に余裕を持ち、人生を前向きに楽しんでいることが、その柔和な表情から伝わってくる。
「たとえ初めは補欠でも、続けていくうちに、パーソナリティーやエンターテイナー性が認められるようになりましたから。主役がはれるタイプではないので、脇をガンガン幅広く攻めていったのです」
こうして“名脇役・緒方賢一”が誕生したというわけだ。ずらりと並ぶ出演作リストが、彼がこの世界でいかに長きにわたって必要とされてきたかを物語っている。自分と向き合い、自分を知ることで、緒方氏は自分に適したベストなポジションを作り上げていったのだ。
“役者”としてのもう1つの顔
声優として活躍するかたわら、役者としても舞台に立ち続けている緒方氏。「劇団すごろく」の座長を務めて、早21年を迎えるという。徹底した勧善懲悪の時代劇にこだわっており、毎年6月と10月に行われる定期公演を楽しみにしている熱心なファンも多いと聞く。
「もともと、僕は大衆演劇や人情物が大好き。日本人に欠かしてはいけない部分だと思っている。劇団でもそれはずっと貫いてきていますね」
10月の公演では、芝居のほかにも、歌と踊りのグランドショーが付く。お客さんが紙テープを投げたり、小銭をおひねりにして投げたりと、客席も巻き込んで大盛り上がりをみせているようだ。
「でも、やるほうは大変(笑)。負担が倍になるからね。だから年1回で十分なの」
そう言いつつも、体力作りのために階段を二段ずつ上がるように心掛けたりと、早くも10月公演に向けて意欲を燃やしている。ほとんどが40代という団員たちを率いる64歳の頼もしき座長。その底知れぬパワーと芝居にかける情熱には、敬服せずにはいられない。
若手の育成でエネルギーを“吸収”
緒方氏の活動はさらに後輩の育成にも及んでいる。忙しい合間を縫い、声優を目指す若者たちが通う専門学校で、ここ5年ほど定期的に講師を務めている。
この日、インタビューを行った「東京メディアアカデミー」も、彼が講師を務める学校の1つだ。学生とすれ違うたびに、「お疲れさまです!」と気持ちのよいあいさつが構内に響き渡る。夢を追う若者たちの熱いエネルギーが学校全体に満ち溢れているようだ。教える立場である緒方氏も、学生から刺激を受けることが多いという。
「どちらかと言えば、私は枯れていく方で(笑)、若い人と触れ合うことでエネルギーをもらいますね。発想にしても、“エーッ、そういうふうに考えるか!?”といった驚きや発見が得られるので、非常におもしろいですよ」
「九州人だから、若者のエネルギーを“吸収”するんです」と、得意のダジャレを交えて飄々と語る緒方氏。スカイブルーの地に色とりどりの朝顔が描かれた鮮やかなアロハシャツを着こなすその姿は、若者に負けないくらい生き生きと輝いている。その若々しさの元は、服装だけでなく、常に作動しているそのアンテナにもあるようだ。
「新しい情報は常にキャッチしようと心がけています。時流にちゃんと乗っていかないとね。古いものを大事にしていくのも、それはそれでいいのだけど、やはり新しい感覚をどんどん取り入れることが必要ですよね」
「すべてが芸につながることばかり」――大好きな芝居にどっぷりと漬かり、芸のためなら常に努力を惜しまない。その一方で、柔軟な姿勢を忘れず、いつも楽しく前向きであること。緒方氏の若さと元気の秘けつは、そんなところにあるのかもしれない。
取材/文 高間裕子
(08/08)