「われわれの仕事は8割が敗戦処理」。誤解を招く覚悟で、取材で知り合った救命医は率直な思いを吐露してくれた。
その医師は、以前はガン専門の外科医だった。患者は60〜70代の高齢者が主で、延命や痛みの緩和に多くの労力が割かれ、消極的な治療に感じたという。その医師は「自分の技術で、これから長く社会で活躍できる人を救いたい」と決意。救命医に転身した。
だが、救命救急の現場では、ガン治療とはまた別の意味での徒労感を感じたという。自殺患者への対応だ。
リストカットの痕が幾重にもある人、市販の風邪薬を100錠以上飲んで中毒になり、意識不明で運ばれてくる人。河川敷で灯油をかぶって火をつけ、生死をさまようほどのやけどを負った人…。
自殺患者の中には精神面の危うさが懸念され、たとえ容体が回復しても他の病院が引き取りたがらないケースも多い。結果、限られたICU(集中治療室)のベッドは満床のまま、なかなか空かない。
「心肺停止になると、必然的に3次救急に運ばれる。蘇生(そせい)技術も発達し、時間がそれほどたっていなければ息を吹き返す患者も多い。だが、よくても植物状態です」
むろん命に軽重はない。だからこそ、「死」を敗北と考える医師にとっては、自ら死を選ぶ人たちが許せない。
「やりがいがある」。「最後の砦(とりで)になれる喜び」。救急医療を志した医師たちの当初の志は、そうした現実の前にかき消されていき、いつしか「敗戦処理」と映るのかもしれない。
自殺が原因で病院に重症患者として搬送された患者の実数はわからない。だが、現場の医師たちは「その数は昔より確実に増えている」と話す。
大阪府東部の救命医は、自殺での搬送の増加を例にあげ、過激な発言と断った上でこんな案をいう。
「自殺での搬送は3アウト制にしたらいい。搬送するのは3回まで。1回目、2回目は診るが3回目はもう診ない」(信)
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